六百億円持っている男の話(仮)
橋本
第1話 前書き
二十年間生きてきた俺の記憶よりも古くから、中原さんは俺の実家に出入りをしていた。中原さんというのは、俺の祖父の会社の顧問弁護士であり、祖父が設立した弁護士会計士事務所の代表でもあった。
俺の祖父は主に不動産の売買を生業としており、千葉県の港湾地区、東京都の東側、神奈川の真ん中、その他関東一円に土地と建物を多数有していた。そのため、仕事上、弁護士の中原さんはいなくてはならない存在だった。
俺は大学二年生の神谷一樹。千葉県内に事業を展開する神谷グループの会長の孫だ。俺の父親は三年前に、母親は俺が産まれて間もなく死んだ。俺は厳しい祖父母に溺愛されながら育てられたのだ。そして父の死後、祖父のたっての願いから、俺は祖父の会社を継ぐ約束をした。大学も、祖父が理事長を務める千葉市内の私立大学に進学した。祖父が死んだのは俺が大学に入学した矢先だ。心臓病であっという間だった。
祖父の葬式には、信じられない数の人が来た。地元の土建屋、建設業者はもちろん、祖父が役員を務める会社、グループ傘下の子会社、取り引きのあった会社、祖父が設立した病院や高齢者施設、国会議員、警察、ヤクザ、地元の名士の集まり、そして遺産目当ての連中。県外からも弔問の客は後を断たなかった。俺は弁護士の中原さんの紹介のもと、その人たちの延々と続く挨拶を聞いた。皆、口を揃えて同じことを言った。
「会長、何卒よろしくお願い申し上げます」
俺の傍らに、名刺が山のように積み重なっていった。そして、そのときはまだ自分の受け継いだものの重みを知らずにいた。それがわかり始めたのは葬式から半年後、俺が大学二年になる春頃だった。
祖母が痴呆になり、俺との二人暮らしでは面倒を見切れなくなったため、俺は祖母を施設に入居させる決意した。そのことを中原さんに相談しに行くと、そこで衝撃の事実が通達された。
祖父母の遺産は六百億円あるということ。そしてそれを相続する権利のあるものは俺一人だということだ。
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