Hello, Haruharu. 1
ピコン♪
『ハルハルさんが入室しました』
ポップアップメッセージとともにエリア内に小さな扉が現れ開く。
光のエフェクトが消えてそこに現れたのは可愛らしい小鳥。
優しい桜色の羽をもち、胸は白の羽毛でハート形の模様。
ワンポイントで極彩色の羽毛が羽の中で輝いていた。
フォルムもただのゆるキャラと違って洗練されている感じがするし、他のアバターと比較してもデザイン性が高い印象を受ける。
そうやってまず視線を持っていかれ、それに追従するようにカーソルが伸びた。
『ニックネーム:ハルハルさん』
『性別:女性』
『年齢:22歳』
『職業:大学生』
ハルハルさんか。アバターにぴったりの名前だ。
肝心のコメントは……。
『まだFaciliさんを始めたばかりで右も左もわかりません。お話は得意じゃなくて、頭の回転も悪いのでモタモタしてみなさんを怒らせてしまうかもしれません。こんな私でよかったら話し相手になって下さい』
少し控え目すぎる気もするが、とても人が良さそうだ。
コメントの印象のせいか、アバターまでも話し相手を探してキョロキョロしている気がする。しかし、あいにく他のユーザーはほとんどチャット中のアイコンがついていて取り合ってもらえなそうだ。
「ファシリ、このハルハルさんとチャットしてみたいんだが……」
「わかりました。それでは申請を送ります。コメントはどのように致しますか?」
「自分で入力させてくれ」
口に出すのは何となく恥ずかしいから。
「わかりました」
俺は当り障りなく、『自分も始めて間もないですが、話し相手になっていただけるとありがたいです』とだけ添えて申請。
今どきの女子大学生ってどんな話題を振ったら喜ぶのだろうか。
そんな事を考えては妙にドキドキしながら返事を待った。
しかし、すぐに応答はなく5分が経過する。
「ひょっとしてメッセージに気づいていないのか?」
「そうではないようです。少し迷っているみたいなので、もう少しだけお時間を与えていただけると助かります」
そうか、ファシリにはモニターの向こう側が見えているんだ。
俺がこうして待ちぼうけている間にも、ファシリはハルハルさんと会話して相談に乗っているのだろう。
「わかった。急かすつもりはないからゆっくり考えてもらったらいい」
「ありがとうございます。私の交渉術に期待していてくださいね」
そう言って張り切る姿を見せるファシリ。
ただ会話を申し込むだけで交渉術を駆使しないといけないってどんだけ嫌煙されてんだよ……。
まあ、さすがにそんな皮肉は言わないだろうから他意は無いと思いたい。
そうやって口に出さずにさらりと流して腰を据えて待つ。
それからしばらくするとポップアップ音が鳴った。
「チャット申請が受理されました。1対1チャット画面に切り替えます」
するとアバター同士が接近。それに合わせるようにカメラもぐっと近づいて背景は足元の僅かな草原を残して真っ白になる。
チャットウインドウに映っているのは棒人間と綺麗な小鳥とファシリだけだ。
こちらから声をかけようかと思ったが、ハルハルさんの頭の上に『……』の吹き出しが現れ、入力中であることを察して待ってみる。
『話しかけて下さってありがとうございます。それと返事が遅くなってしまってごめんなさい。怒ってないですか?』
「ひどく怯えているような気がするんだが、ハルハルさんに変な伝え方をしたんじゃないだろうな?」
「そんな、滅相もないですよ。勉さんの良さをこれでもかと売り込みましたから」
ぐっと親指を立てるファシリ。
その妙な自信が不安なんだよな……。
俺は気を取り直して返事を綴る。
『怒ってないので安心してください。ゆったりとお話しできたらいいと思っていますし、特に時間に追われている訳でもないのであまりお気になさらずに。』
こんなところか。
「無難ですね」
「別にいいだろ、無難で」
面白い事や気の利いた事が言えたらいいが、生憎俺はつまらない人間なのでそういった事は期待しないで貰いたい。
『そう言って頂けると助かります。そう言えば自己紹介がまだでした。私はハルハルと言います』
ハルハルさんも無難な返し。これでいいんだ。
返事をしようとするとハルハルさんから続けざまにコメント。
『あ、もちろん本名じゃないですよ!?』
いや、あえて言わなくてもわかる。が、これはひょっとして笑いを取りに来たのか?
だとしたらどう返すべきか。これはスルー……したら可哀そうな気もするし……。
「どうやらお困りのようですねぇ」
フッフッフと怪しい笑みを浮かべながらファシリが割り込む。
俺の表情から察したのだろう。
「勉さん、ここでチュートリアルの続きです。右上のウインドウを見てください」
確か、レコメンデイションボードだったか。
そう言えば実際に使ってみたらわかるとか言ってたな。
ファシリが指さす方へさっと目線を移すと、そこにはいくつかの文章が書き加えられていた。
① 『ご親切にどうもありがとうございます』
② 『なんだ、てっきり本名かと……。あ、ちなみに俺の方は本名です(嘘)』
③ 『もちろんわかってますよ(笑)。ちなみに本名は何て言うんですか?』
「なんだこれは」
俺は呆れた声をこぼしながらも、システムの概要自体は知っている。
ベストアンサーシステム。
主にコミュニケーションが苦手な人向けの機能で、相手のコメントに対する模範解答をファシリがあらかじめ用意してくれるシステムだ。
「これはベストアンサーシステムと言いまして――」
知ってる。
「俺が言いたいのそういう意味じゃない。なんだこのラインナップは……」
何を勘違いしたのか、良くぞ聞いてくれましたと言わんばかりに胸を膨らませてファシリは答える。
「今回は三パターン用意しました。①は社交的、②はユーモラス、③は積極性といったコンセプトで選んでみました」
「そうか、じゃあ③で……って、そういうことじゃない!」
① はいい。②は若干うざいがまだ許せる。
だが、③はいくら何でもグイグイ行きすぎだろ!
「お気に……召しませんでしたか?」
体を縮こまらせて震えるモーションが胸に突き刺さる。
俺は気を削がれ、今一度冷静になって考える。
ファシリのこの選択肢はあくまでデータの蓄積に基づいて機械的に抽出されているだけ。
俺からしたらグイグイ行きすぎな気がするが、出会いを求めて頻繁にファシリを利用する人にとってはまどろっこしい前置きは邪魔なだけなのかもしれない。
しかしだ。
まだちゃんと話をしたわけではないので断定はできないが、おそらくハルハルさんは奥ゆかしい感じの性格。故に③は悪手中の悪手で引かれる可能性が高い。
ハルハルさんはまだファシリを初めて間もないと言っていたから、ファシリがハルハルさんの性格を理解していない可能性は大いにありうる。
とまあ、いろいろと懸念はある。
ただこれだけははっきり言っておこう。
「俺は別に出会いを求めてるわけじゃないぞ」
「え?」
ポカーンと口を開けて固まるファシリを俺は冷たい目線で見据える。
「てっきり、年下の女性が好みなのかと……」
「人をロリコンみたいに言うな!」
即座に否定。
まあ、モニターが目的だと言っていなかった俺も悪いのかもしれないが。
「えーと……はい。了解しました。つまり純粋に年下女性との会話を楽しみたいということ……ですね?」
なんか微妙に気を使われている気がするし、女性に限定する必要が無いのだが、まあ、それはとりあえず今はいい。
下らないやり取りに余りにも時間をかけすぎていた事に気づいたのだ。
「俺が直接入力する」
「あっ……」
「なんだ? 『あっ……』て」
「さっき、勉さんが『③で』、と仰ったときに送信してしまいました」
俺ははっとしてハルハルさんのアバターを見やる。
『……』のマークとアバターの熟考するエモート。
「勉さん……いえ、勉様。大変申し上げにくいのですが……」
「なんだ?」
「ハルハルさんは反応に困っているご様子です」
そら、見たことか。
達観した感想は一瞬のこと。
俺は瞬きも忘れる勢いで一心不乱にキーボードを打ち込む。
『あの、今のは俺のコメントじゃなくてですね、ファシリが勝手に、いや、俺が選択したのは事実なんですが、誤ってといいますか、その、下心とかは決してなくて純粋に会話を楽しみたい所存でありまして、あの、えーとにかく不快な思いをさせてしまって本当にすいませんでした!』
もう何を打ち込んだのかもわからないまま、秒速の謝罪。
それから両手で顔をマスクしてクールダウン。
少し落ち着いてから、ちらっと謝罪文を読み返してみる。
……うん。終わったな。
「勉さん……見苦しいです」
「お前が言うな!」
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