Hello, Facili. 1

デスクトップにウィンドウが開き、自動で読み込みを開始。


アプリ名は『Facili®』。

『仲を取り持ち、物事を円滑に進める者』を意味する『ファシリテーター』がその由来。


しばらくすると開始画面が表示され、俺はそこに書かれた指示に従って口を開く。


「ハロー、ファシリ」


「こんにちは、勉様。私は皆様のコミュニケーションをより快適に、より円滑に支援するファシリテーターのFaciliです」


 スピーカーから流れた音声を聞いたとたん、俺はさっきまでの葛藤かっとうをすっかり忘れたように驚愕きょうがくした。


 なんだ……これは……。


 CMでよく流れている女性の声。

 コールセンターや受付嬢のような礼儀正しい印象を受ける。


 しかしあれは合成音声ではなく声優の録音音声だったはず。


 2年前の会合の時にサンプルデータでFaciliの合成音声を聞いたことがあったが、あの時よりはるかに抑揚や言葉の繋ぎが自然なものになっている。

 はっきり言って生の音声と区別がつかない。


 家庭用のスマートスピーカーが普及するようになって、合成音声のレベルは飛躍的に向上してきたのは勿論知っているが、それらと比べても数段上の性能なのだ。


 恐らく、より自然な会話を実現させるために機械学習を繰り返しアップデートしたのだ。

 そのために一体どれほどのデータを用いて何千万回フィードバックをかけたのか。



「アプリの操作はライブチャットモードを除き、音声認識で行う事が出来ますがこの機能をオンにしてもよろしいでしょうか?」


「あ、…ああ、頼む」


「ああ、良かった。あなたと直接お話出来る事をとても楽しみにしていたんです」


 

 まるで人間の女性と直接対話しているような臨場感。

 急に気恥ずかしくなって言葉が詰まる

 対峙しているのは感情の無いAIだと分かっていても、心がそう感じてしまうのだ。


 頬の火照った感じをアルコールのせいにして、俺は対話を続ける。

 どうやら暫く初期設定が続くようで。



「それでは次に私のアバターを設定してもよろしいですか?」


「アバターというとV tuberみたいなやつの事だな?」


「はい。勉様のデバイスに負荷が掛かり、動作遅延を起こしたり余計にバッテリーを消耗させてしまう可能性がありますが……、ダメ……でしょうか?」


 なんて聞き方をするんだ、このAIは。


 それに、画面の端からちらちらとそのアバターらしき女性キャラクターが物欲しそうな目線で顔を覗かせているのだ。


 そんな聞かれ方をされては、


「ダメ……じゃない」


 と答えるしか無いだろう。


「ありがとうございます。それでは失礼して……」


 ひょいっと飛び出したアバターは紺色を基調としたコンシェルジュのような恰好。

 マンガやアニメのタッチで描かれていて大人っぽくもあるが可愛らしいという印象で、仄かに茶色がかった髪は後ろで括られている。


 彼女は姿勢を正して丁寧にお辞儀をすると、上品に微笑んだ。

 


「これであなたの顔がはっきり見えるようになりました」


「……いや、ノートPCのカメラでずっと見えてただろ!?」


「あっ、バレちゃいました?」


 つい突っ込んでしまったが、そんな突然の横やりにも愛想よく返すファシリ。

 もうこのキャラクターが話しているようにしか見えなくなってしまっている。


 細かい仕草にもぎこちなさは無く、滑らかで自然。

 発言内容との乖離かいりも見られない。


 完成度が高すぎる。


 正直、予想を遥かに超えすぎていて優に対する嫉妬心は吹き飛び、純粋な好奇心で俺の心は満たされていた。



 一体どんなアルゴリズムを組み込めばこんなAIを開発できるのか。

 


 俺が黙っている間もファシリはずっとにこにこした表情を送っている。

 俺が怒っているのではなく、驚いているのだとちゃんと認識しているのだ。


 ユーザーの音声と表情から感情を読み取る機能で自然なやり取りが可能と言うことは知っていたが、まさかここまでとは。



「それでは次に勉様のアカウントを作成させて頂きます。実名で登録する事も可能ですが、始めはニックネームでの登録を推奨すいしょういたします」


「じゃあ、ニックネームで……」


「何かお名前の候補はございますか?」


 と急に言われてもパッと思いつかない。

 かと言って個人情報を堂々とさらす気にはなれない。


「お困りのようですね。もしよろしければ私が考えてもよろしいでしょうか?」


 ファシリの言葉の抑揚からワクワクしている感じが伝わってきて、二つ返事で委託いたくした。

 俺もAIが一体どんなニックネームをつけるのか興味があったのだ。



「そうですね……」


 首をひねってうなるファシリ。

 時間にして10秒ほど。

 そんなに高度な計算が必要なのだろうかと疑問に思っていると、


「それでは発表します! ツトムを縮めてツムというのはいかがでしょうか!?」


 どんな捻りの効いた名前が飛び出すのかと思いきや、案外普通だった。


「可愛らしくて私はいいと思うのですが……」


 俺が微妙な顔をしていたのを読み取ったらしく、声のトーンが下がっていた。


「ツムか、う、うん、いいんじゃないか?」


 って、俺はどうしてAIに気を使っているんだ?


「気に入っていただけて良かったです。実はアンインストールされてしまうのではないかとドキドキしてました」


 AIにおける感情の再現はまだ実現していないはずなのだが。これがAI流のブラックジョークというやつなのか。

 俺はただ苦笑を浮かべるしかなかった。


「それではお次にプライバシーレベルを選択してください。気軽にチャットを楽しむのであればプライバシーレベルMAXから利用を開始し、仲良くなったフレンドにだけ個人情報を公開していくのがお勧めです」


「なら、レベルMAXから頼む」


 そんな感じでファシリお勧めの設定を着々と採用していった。





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