「再開」のち「出会い」

 バベル王国––––––。

その歴史上最も偉大と称される人物、五代目バベル王国国王であり別名『破壊の英雄王』

彼の成した偉業によりバベル王国は安寧の時を過ごしてきた。

そんなバベル王国を震撼させる事態がこのセカイにエリヤが訪れると同時刻に起きていた。

現バベル国王である『ユリウス・フォン・バベル』の元に焦燥の表情を浮かべ駆け寄る兵士の姿。

「国王!大変であります!け、剣が、大剣が––––––」

「落ち着け、どうしたと言うのだ」

「ギ、『ギデオンの大剣』が、消えました‥‥」

「な…何?!消えた?消えたとはどう言うことだ?!あの大剣は『英雄王の剣』は聖霊器でありながらギデオン様の魂が篭りし大剣、何人たりともその剣に触れることの叶わぬ英雄の剣だぞ!持ち去ることなど出来ぬはずだ!」

「そ、それが目撃した兵の話によると、『ギデオンの大剣』があった封印の間より強い光が発せられ、兵が扉を開け確認したところ大剣より眩い光が放たれ、光が消えると同時に大剣も消失していたとの事であります!!私もこの目で確認致しましたがやはり台座に大剣はありませんでした!」

「なんと……なんと言う事だ、我が国が他国から侵略を受けずに済んでいるのは『大剣』の力によって守られているからだぞ……」

『破壊の英雄王ギデオン』彼は自分がこの世から去った後のバベル王国の行く末を案じ、その死に際に自らの力と魂を聖霊器に宿し国を守るべき礎となった。

ギデオンの力は『誓約』自らが打ち立てた信念と理想の為、自国の民を守り己が信じる正義を為すための誓い、この『誓約』に仇なす全ての悪意を打ち滅ぼす圧倒的な力。しかしその『誓約』を違えば守るべき全てを失う諸刃の剣。その強大な力によりバベルは中立を宣言しても尚バベルの民を脅かさんとする脅威から守られていたのだ。

「この事は極秘とする、直ちに箝口令を!絶対に口外してはならぬ」

「はっ!心得ました!」

「この事がもし他の国に、特に帝国に知れれば……多くの血が流れ、国が滅ぶぞ……」

「斯くなる上は、彼の国の後ろ盾が…いや、ならぬ…誇り高きバベルの民が他国に屈するなど…」

兵士の顔が青ざめていく、永きに渡り平和な時代を過ごしてきたバベル王国は、戦争になる可能性など考えてもいなかった。王国を守る強大な力に頼り、事実バベル王国は国王を含め傲慢になっていたと言わざるを得ない。

平和に浸りすぎた貴族や民は娯楽や快楽を求め、軍に志願する者たちも減少の一途を辿っている。今他国に侵略されようものならバベル王国は抗うすべも無く蹂躙されるだろう。

「どうしたら……どうしたらいいのだ………あぁ神よどうか私をお護りください」

なす術もなくユリウスはただ震えるしかない。激動の時代が幕を開けようとしていた。


ギルボア山を一日足らずで降りてきたエリヤは宿場町『ハラン』へ向かう街道を進んでいた。街道といっても特に整備されている訳ではなく草原の中に自然とできた道という感じだ。

ハランまでの道のりは『賢人の知恵(ウィズダム)』で頭の中に浮かんだマップを頼りに向かっている。

「あぁ〜さっきの運動で腹減ったなぁ〜しかしゴブリン弱すぎ」

ゴブリン達を斬り伏せていった感覚が蘇り、エリヤの口元に不敵な笑みが浮かぶ。

「もっと戦い甲斐のある奴出てこないかな……そろそろ人間の悪党とかテンプレ的に出てきてもいいんじゃないか?」

その表情はもはや同じ人物とは思えない程狂人的な様相だった。

「ギデオン?いい加減シカトはやめろって、魚さばいたのは誤っただろ?暇なんだよ」

『––––––』

「チッ……使えねぇな」

遠目に町が見えてくる、途中街道の左手に広大な森が広がっており独特な雰囲気を醸し出している。

迷いの森と言われると納得しそうな雰囲気が漂う。街道からその森にかけて木々が疎らに立ち並び雑木林となっていた。

「あぁ、歩くのだりぃ。飛ぶ魔法でも考えるかな……それよか町にいっても金持ってないじゃん俺!多分このセカイにも金はあるだろうし……」

「あと、言葉とか大丈夫か?会話ができないのはちょっとな……」

「賢人の知恵(ウィズダム)」

知識の魔法を行使する、欲しい情報が瞬間頭の中に駆け巡った。

「なるほど、このセカイの通貨は『銅貨』『銀貨』『金貨』ねわかりやすくて良いな、主にバベル王国から発行される通貨がこの辺りの主流なのか、後は国によって違う…ただ基本的に『金貨』『銀貨』『銅貨』に変わりはなくて刻印によるんだな、特殊な刻印魔法が付与されているから偽造は不可、ちょっと部質変換で作れるかもって期待してたけど、このセカイ独自の刻印魔法はやり方がわからないと真似できないな……」

「言語は、一部地域を除いて基本的に同一言語か、一部地域ってのが気になるけど……まぁいいや、言葉どうするかな〜聖霊器の力で翻訳してくれてたり––––」

その時、木々の合間から男の叫び声が聞こえた。

「待て、コラァ!!」

「可愛がってやるから、コソコソ逃げてねーで出てこい!!」

明らかに粗暴な感じで人間の男が手に剣や斧を持ち4人掛かりで誰かを追いかけている。

「うん、問題なさそう。普通によく聞くセリフが聞こえた」

「それより、なんだ?黒い服着た……女の子?追われてるのか?」

黒いフードを被った少女が不意に立ち止まり、追いついた男達に囲まれた。

「テンプレ来たよ〜御誂え向きじゃん、フフフ金がなきゃ奪えばいい、相手が悪党なら問題ない、人助けにもなるしな、あの子可愛いかな……可愛いといいな」

「やっと諦めたなクソガキ!」

「今からその体に、大人をナメたらどうなるか、じっくり教え込んでやるよ、ひひひ」

男達は舌なめずりをしながら、少女を舐め回すようにねっとりとした視線で見つめる。

「あぁ、まごう事なきザコのセリフだ、今助けに––––」

エリヤが男達に向かって駆け出すと同時に少女がフードを脱いだ。黒い猫耳に馴染むような黒髪、少しくせ毛のショートヘア、青空を切り取った様な空色の瞳、陶器の様に真っ白な素肌、すぅっと通った小さい鼻が可愛い印象の少女。胸元に控えめのフリルをあしらった可愛らしい白のシャツで、フワッとしたベージュの短パンに黒のショートブーツを履いて、羽織った外套の裾から黒の尻尾が見え隠れしている。

「黒い猫?マジで猫耳少女じゃん!テンション上がってきたぁ、しかも超絶可愛い!っと見とれてる場合じゃないな……んっ?!」

黒猫の少女を助けようと駆け出した瞬間エリヤは息を呑んだ。

少女の表情が焦りの色など微塵も漂わせず眼前の敵に獣ような殺気を叩きつけている。思わずその気配に立ち止まってしまった。

男達はニヤニヤと笑いながら黒猫少女に下卑た表情で詰め寄る。

「なんだぁ、その目は?まぁいいさ、今から俺たちがドロドロに汚してやるからよぉ、へへへへ」

黒猫少女の視線がゴミを見る様な視線で男達を睥睨する。

「––––黙れ『モブ』……消えろ『モブ』……死ね『モブ』……」


「モ?モブ?今あの子『モブ』って」

確かにこいつらどう見てもモブキャラだが、何でこのセカイの奴がそんな単語を……

「何訳のわからないこと言ってやがるんだ!変な語尾つけてんじゃねぇ田舎もんがぁ!!」

馬鹿にされた事だけはわかったようで、男達はいきり立ち手に持った武器を振り上げ一斉に襲い掛かった。

「………?!」

男達が迫り来る中『黒猫少女』の眼光がこちらを捉えた。突然目が合いエリヤは戸惑いつつもその瞳を見つめ返す。

黒猫少女は訝しむような表情をして、エリヤから視線を逸らし目前まで迫った男達を見る。

刹那、残像だけを残し少女は一瞬で男達の後ろに回り込んだ。男達は何が起きたか理解できずに慌てて後ろを振り返ると、周囲に拳大の黒い球体を数個浮かべた黒猫少女が男達を睥睨しながら佇んでいる。

「何!?魔法?しかも無詠唱だと!?」

男達は驚きが隠せない様子で黒猫少女を見た。

次の瞬間、黒い球体が男の一人に腹部めがけて飛び込む、男の体は強烈なボディブローを食らったように体を折り曲げると全身が宙に浮いた。そして一拍置いてからあり得ないほど吹き飛ぶ、それはもうあり得ないほど……500メートルくらいは確実にぶっ飛んだ。

他の男達はその光景に呆然とし、状況を理解出来ないまま恐る恐る黒猫少女の方に首を回すと。

「へっ」という顔で男達に人差し指を突き立て、クイックイッと指を曲げた。

男達の顔が次第に赤くなりプルプルと震え、いきり勃つ。

「調子に乗ってんじゃねぇ!おいこっちも魔法で行くぞ!」

「お前ら足止め––––」

そう言い終える前に残りの男達に黒い球体が直撃し、一人は地面に全身をめり込ませ、一人は肩に当たった黒い球体により、その肩を180度反対方向に曲げられそのまま空中で高速回転し、見るも無残な姿で地面に落ちた。

残った男は流石に無理と悟ったらしく、真っ青になり逃亡を図ったが黒猫少女が黒い球体を前に突き出すと後ろ向きのまま男が吸い寄せられるように飛び込んで––––––。

黒い球体に男の背中が触れると同時に少女は掌底の突きを黒い球体越しに男の背中目掛けて放つ。

「破っ……」

その場で男の全身から聞いたことも無いような悍ましい音がして、その場にグニャリと崩れ落ちた。おそらく全身の骨が粉々に砕けたのだろう、生きているかどうかすら怪しい。

「うわぁ、絶対関わっちゃいけないタイプの子だ」

エリヤはそっと踵を返しその場から離れようとするが、不意に背中から声がした。

「………ねぇ」

エリヤがハッとしてぎこちなく振り返ると、強烈なジト目でこちらを見上げる黒猫少女がいつの間にか真後ろに。

怖っ!でも近くで見ると余計可愛いなぁ〜生ネコミミ…感動だ…

そんな事を考えながらおずおずと返事を返す。

「へっ、え〜と、何かご用でしょうか?」

黒猫少女はジーっと顔を見た後、瞳を閉じてスンスンと鼻を鳴らし呟いた。

「……やっぱり、彼と同じ……匂い……でも」

黒猫少女は目を開くと少し強張った表情でエリヤに問いかける。

「……だれ?……なぜ、彼と同じ匂い……」

言い終えた少女の表情はどこか憂いを帯びて、その儚さに胸が締め付けられる。

「え?匂い?よくわかんないけど俺はエリヤだ、ところでお前強いな?さっきの魔法どう––––」

「……そう、別にあなたに興味はない…教えるつもりもないし」

「……馴れ馴れしい…顔がムカつく………死ぬ?」

言い終わる前に俺の心はさっきの男達以上に砕かれた、怒涛のラッシュだ。美少女にここまで言われると、いかに屈強な戦士でも膝をつかざる終えない。

「死ぬ?って、あのなぁ人が下手に出てたら調子に乗りやがって、だいたい質問してきたのはそっちだろうが!って、おぉい!人の話を聞け!勝手に帰るなぁ!」

黒猫少女はもう飽きたと言わんばかりに、踵を返してさっさと森の方に歩いていく。


「……なに?……死ぬ?」


まさかのカウンター、しかし二度も同じ手は喰わん。俺はよろける体を、持ち直し気丈に振る舞う。

「人を自殺志願者みたいに言うんじゃねーよ、色々聞きたい事はあるが、お前……名前は?」

何を思ったのか俺は名前を聞いていた、可愛いからというのもあるが……聞いておかなきゃ行けない気がしたんだ。

「……レイン」

「ぇ……今なんて」

ドクンと胸が波打つのが聞こえる、全身が熱を帯び胸が熱くなる様な––––

「っつ…また…頭が」

急激な頭を刺す様な痛みに襲われながら、黒猫の少女その懐かしく愛しい、名前を聞いて胸のあたりがズキズキと痛むのを感じ一瞬呆然と立ち尽くす。

気がつけば、黒猫少女……『レイン』は姿を消していた。

「レイン……なのか、まさか……いや、そんな筈はないレインは死んだ、偶然にしては重なりすぎだが、あり得ない……ほんと、笑えない冗談だよ……」

エリヤの知っている『レイン』は猫だ、獣人ではない。

ただ……心の奥に引っかかる言葉『彼と同じ匂い』

まさか、と期待が再びよぎるが……あり得ないと頭の中で一蹴した。

湧き上がる感情を隅に追いやり、エリヤは目の前に転がる無残な男達に目をやる。ピクピク痙攣しているので生きているだろう。

「あんた達もご愁傷様だな……何でこうなったかわからんが、相手が悪かったよ、ただ俺も入り用でねっ!」

そう言いつつ俺は転がる男を蹴り飛ばし仰向けにして、懐を弄り目当ての物を探す。

「お、あるじゃん、銀貨5枚に銅貨10枚か……シケてんな」

ちなみにこのセカイにおいて金貨10枚程度が兵士や平均的な商人などの報酬相場だ。

俺は全員の有り金を徴収し、その場を後にする。

「まぁ悪党だからな、問題ないでしょ。総額で銀貨35枚と銅貨12枚か、飯ぐらいは食えるだろ。後は稼ぐ方法考えないとな」

エリヤは町に向けて再び足を向ける。


森の中を颯爽と駆ける黒猫の少女『レイン』は動揺と戸惑いに混乱し胸を締め付ける痛みに耐えながら自然とこぼれ落ちる涙を懸命に拭い、ひたすら森を走っていた。

不意に立ち止まり、レインは唇を噛み締め天を仰ぐ。

「……なんで、なんで……彼の匂いが……でも、あれは……懐かしい…優しい匂いは……」

「……あいたい……あいたいよ」

レインの涙腺は崩壊し、大粒の涙が次々とこぼれ落ちる。一瞬レインの頭にエリヤの顔がよぎった。

「……違う!!……絶対に違う…あいつは……あいつの目は……彼は…絶対に––––」

「……あんな目をしない」

レインは頭をふるふると振るい脳裏に浮かぶ考えを打ち消して、決意する。

「……絶対に彼ともう一度……会う」

「……そのためなら……彼と同じ匂い」

「………あいつは……嫌い……でも……何かわかるかも」

「––––––ゆうま」

レインは何かを考え込むようにしばらく佇んでいたが、その表情に期待と不安を宿らせ、来た道を振り返り颯爽と駆け出す。すがる様に…絞り出す様に最愛の人の名を呟き、噛み締めながら。


その頃エリヤは宿場町『ハラン』に到着していた。

ここは『バベル王国』の領土である為、多くの種族が行き交っている。

ここ『ハラン』は元々争いを望まない温厚な獣人族が集まった小さな集落に過ぎなかった、しかしバベル王国が栄えると同時に多くの旅人や商人達がこの場所を経由する事で徐々に町として発展し、今では旅人にとって憩いの場所となっている。その為、安価な宿や食事処が充実しているのだ。

町の入り口に関所などは無く誰でも自由に出入りできる様になっている。

そんな『ハラン』の町入り口付近、感極まった様子で行き交う人々をキョロキョロと観察する人物……エリヤがいた。

「うほぉ、本当に獣人だぁ。しかもこんなに沢山!皆んな可愛い!ここは天国か!?フレンズか!」

当然男性の獣人もいるのだが、今エリヤの視界には全く入っていない。

そして往来のど真ん中で一人叫んでいるエリヤを見る獣人女性の視線は間違いなく変質者を目の当たりにした時のそれだ。

「うわ、何あれ?こわっ」

「目合わせちゃダメだよぉ危ない人だよ…」

そんな声が辺りからチラホラ聞こえてくるが、夢の様な光景に絶賛興奮中のエリヤには届かない。

エリヤを避ける様に辺りから人がいなくなって、やっとエリヤは我に返った。

「ちょっとはしゃぎ過ぎたかな……あぁ獣人美少女達から凍る様な視線を感じる」

「と、とりあえず町に入ろう、うん……そうしよう」

舞い上がり過ぎて、恐ろしくイタイ状態であった事に今更気付き、羞恥に悶えながらも町に入る事にした。

気を取り直して街に足を踏み入れると、煉瓦造りの建物が軒並み連なっていて中世イギリスの様な街並み、情緒ある石畳みが美しく、より雰囲気を演出している。

そして行き交う人々は獣人だけではなく。

「背の低い小人の様なおじさん……ドワーフか?後は耳の尖った美女……エルフ!?」

またテンションが振り切りそうになるのを抑え、辺りを観察する。

「頭にツノが生えたこれまた妖艶な美女は…魔人族か?こうやって実際に生で亜人を見ると本当に違うセカイに来たんだな〜と実感させられる…」

「目にいいねこのセカイは…見てるだけで幸せ」

獣人の子達を見ていて気付いたことがある、先程会った黒猫の少女……レインは耳と尻尾以外は殆ど人間だった。それがここで見る獣人達は若干動物寄りな奴ばかりだ、個体差はある様だけど大抵は足が獣だったり体の一部が動物に近い感じがする、あの子は珍しい感じなのか……

もう一つは…何というか街並みや、行き交う人々の服装が古くない。古いと言うと語弊があるが、強いて言うなら…昔っぽくない、と言う感じか…想像だと女性は丈の長い布のワンピースの様な格好かコルセットを閉めたドレスって感じだったが、案外皆さんラフだった。

獣人の女性は特に露出度が高い……まぁ、ありがたい話ではあるが。俺のいた世界に着ていったとしても、多少浮くかな?程度の違和感しかない。

街並みも所々にオープンカフェがあり、そこで女の子達が女子トークに花を咲かせていたりする。すごく小洒落た雰囲気だ。以前の世界の様なハイテク感こそ無いが、決して『過去』に来た様な古さも無い。

海外の観光地にいる様な感覚……

「違う文化を歩んで来たセカイって事なんだよな……たまに、カメラ見たいな物で自撮りっぽい事している奴とかいるし……理想が崩れるからやめてくれ」

違うのはちょいちょい武装した奴がいる所か…これは前の世界、特に日本では絶対ない光景だ。

腰に剣ぶら下げて歩いてたら間違いなく職質されて直ちに連行される。

「腹が減ったな〜どこか入ってみるか……」

とりあえず腹を満たす事にした俺は一頻り街中をぶらぶら歩いてみたが、何処もかしこもオシャレでいい雰囲気の……男一人で入るにはハードルが高すぎる店ばかり……なんで無駄に『映え』な店が多いんだ……

「こうなったら露店だ!きっと店先で串焼きとか売っている店があるはず…」

「何処かにそんな店は……あった!!」

ふと目をやった先には熊?みたいな恰幅のいい『おばちゃん』が「いらっしゃい」と声を張り上げながらいい匂いを漂わせ店先でまさに串焼きっぽいヤツを売っている。

「いらっしゃい!お、いい男だね、うちのタレ焼きは絶品だよ!一本銅貨2枚だ?買ってくかい?」

あぁ…なんだろう、この『おばちゃん』から与えられる安心感。右も左もわからないこのセカイで、今この『おばちゃん』だけが味方な気がする。

「あ〜3本くれ、おばちゃん……俺、あんたの事忘れないから、頑張れよ」

「まいどあり!なんだい?おかしな子だね〜まぁありがとねっ一本サービスしとくよ」

こんなに『おばちゃん』に心安らいだのは初めてだ……

「ところで、あんた結構腕の立ちそうな雰囲気だけど『ユニオン』に所属している冒険者かい?」

「ゆにおん?なんだそれ?」

「あんた、そんななりして、とんだ田舎もんだねぇ」

おばちゃんが若干可哀想な物を見る様な視線を送ってくる。

まだこのセカイに来たばかり…なんて流石に言うとややこしいのでそこは合わせておく。

「ま、まぁな…それよりそのユニオンってなんだ?」

おばちゃん曰く

『ユニオン』とは何処の国にも属さない独立機関で、その役割は国の警備や魔獣の討伐、重要人物の護衛から運送まで多岐に渡る。

国はユニオンに加盟する事により、それらの仕事をユニオンに依頼する事が出来、加盟国の国民であれば個人の依頼も可能。支部の拠点や管理費は国が出資する事になるが、軍などの整備がされてない小国にとってユニオンに加盟する事は最早必須であり、大小問わずこのセカイに置ける殆どの国が加盟している巨大組織らしい。

「ユニオンに所属するだけで、色々融通されるからね、腕に覚えがあるなら入って置いて損はないよ?、まぁ所属するには『バベル』で試験を受けないとダメだけどねぇ」

「おばちゃん、やけに詳しいな?助かるよ」

「まぁ昔は私も色々と無茶したからね……ところであんた、今日の宿は決まってるのかい?」

おばちゃん過去に壮絶な人生を歩んでいそうだ……それより宿か、全く考えてなかった。そもそも今の所持金で足りるだろうか…今後の資金の為にも『ユニオン』ってのには所属していた方が良さそうだな。

「まだ何にも決めてないんだ、色々セカイを旅したいんだけど、バベルにはここからどれくらいかかる?」

「そうさねぇ……馬車なら3日、徒歩で1週間てところかね…それより宿が決まってないなら、これも何かの縁だ、私のやってる宿にお泊まり。安くしとくから、一泊銀貨3枚でいいよ」

おばちゃん優しいなぁ…人の温かみって久しぶりな気がする。銀貨3枚が安いか高いか基準はわからんが、まぁ足りるし問題ないだろう。

「おばちゃん助かるよ、1泊頼む」

「あいよ、まいどありそこの路地が見えるだろ?その角を曲がった先に『いこいの森』って宿がある。あんたの事は受付に伝えておくから、好きな時に来ていいよ、あんた名前は?」

『いこいの森』……なんと健康ランドちっくなネーミング……まぁおばちゃんだしな馬鹿にするのは失礼だろう。

「俺の名前はエリヤだ、よろしく頼む」

「エリヤ……はて、何処かで聞いた名だね…、まぁ良い名前じゃないか。あたしは『おばちゃん』で良いよ、他にわかんない事があったら遠慮なく聞いとくれ」

「あぁ、それよりおばちゃんとこのタレ焼き本当に美味いな!何の肉だ?」

「そうだろう?一応この街の名物だからね!羊の肉だよ秘伝のタレにじっくり漬け込んだ自慢の一品さ」

羊?そうか、異世界と言ってもここは元々俺のいた世界と一つだったんだよな、同じ家畜がいても不思議じゃないのか。じゃぁ飯も訳のわからない生き物食べなくて済むんだな!これはかなり嬉しい、食の事は心配してたが杞憂に終わりそうで何より。

そんなほのぼのとした時間をおばちゃんと過ごしながら絶品タレ焼きに舌鼓を打っていたら何やら通りから喧騒が聞こえてきた。

「てめぇ、何処見て歩いてんだ、ぁあ?!」

「女とイチャついて調子乗ってんじゃねぇぞ、コラ」

騒がしい方に視線をやると、柄の悪そうな二人組の人間に弱々しい感じの獣人の男とその彼女らしき獣人の女性がわかりやすく絡まれていた。

「うわぁ…またベタな、このセカイはあれか?テンプレ祭りか?」

「てんぷ?何だいそれ?ここいらは色んな奴らが集まる宿場町だからね、たまにああ言う血の気の多いやつがいるんだよ、あんまり関わるんじゃないよ?」

「そうだな〜とりあえず様子見てくるよ、おばちゃん色々ありがとな」

「まったく、無茶すんじゃないよ〜、若いねぇ羨ましい限りだよ」

俺はおばちゃんに軽く手を振りテンプレ展開真っ只中の現場に近づいた。

彼氏らしき男が必死に彼女を庇いながら、謝り続けている。

「ご、ごめんなさい、勘弁してください」

「あぁ?お前はもぅ良いよ、許してやるから、そこの女おいてさっさと消えろ」

「そ、それだけは勘弁してください……お金なら、お金なら払いますので」

「は?金はもらうに決まってんだろ?お前ら薄汚い獣人が人間様に怪我させて、こんくらいで見逃してやるんだから感謝されねぇとな?」

男達の言動を見る限り獣人より自分たちの方が上だって思考が植え付けられてんだろうな。

目立ちたくはなかったが助けるか?と思案していた所に–––––。

「そこまでです!」

凛とした女性の声が響いき緊迫状態の空気に割って入る。

声のした方に目をやると、颯爽と人混みをかき分ける美少女が一人。

白み掛かった淡い桜色のロングヘアーに碧眼の大きな瞳が真っ白な素肌に良く映える。美人というより、可愛らしい印象だ。時折髪の間から少し尖った耳の先端が覗く。身長は160センチぐらいか、見た目は17〜18前後。

白く靡くスカートからはスラリとした華車な足、胸元にはシルバーのプレートをつけているが、窮屈と言わんばかりに零れ落ちそうな双丘が存在を強調している。

腰には銀の細剣を携え、その見た目は女騎士といった感じだ。

「騎士?可愛い子だなぁ…ただ……けしからん程デカイな、全くもってけしからん……女の子一人で大丈夫か?」

美少女は獣人の男女を庇うように前に立ち、男達に向けて力強い眼光を放ちながら声を張り上げた。

「わたしは、魔法剣士エステル!弱いものイジメはわたしが許しません…今すぐに降参しないと、この魔法剣士エステルが成敗しちゃいます!」

あ、イタイ子だ……魔法剣士推し過ぎだし、2回言ったし、チンピラさんも、うわぁイタイ子来たって感じでちょっと動揺してるよ……

「あなた達も、この魔法剣士エステルが来たからにはもう大丈夫ですからね!」

あ、目逸らした…助けられたくないよね、いくらピンチでも知り合いと思われたくないもんね……

可愛いのに‥‥なんて残念な子なんだ。

微妙な空気の中、凄まじいドヤ顔で鼻をフンっと鳴らす美少女こと魔法剣士エステル。

「何なんだ、いきなり現れて、ガキは引っ込んでろ!それに魔法剣士ってお前ダサすぎるだろっ」

「おい、本当のこと言うなって可哀想だろう?魔法剣士ちゃんも俺らと遊びたいんだよなぁ?ひひひ」

二人組は魔法剣士エステルを舐め回すように見ながら下卑た笑い声をあげる。

何でザコキャラってセリフが毎回同じなんだろうか……でも魔法剣士は…自分で言っちゃうと、ちょっとアレかもなぁ……ただ本人は、あれだけ推しなんだ、ダサいとか言われたら流石に怒るんじゃないか?

魔法剣士エステルはきょとんとした顔で首を横に傾げながら頭にハテナを浮かべている。

「え?魔法剣士以上にカッコいい物なんて、この世に存在するわけないじゃないですか」

あ、本気だ……この子ダサいとか恥ずかしいとか微塵も思ってない。むしろ、この人達バカなの?って顔で見てる。

「チッ、エルフ風情が、もういいお前も一緒に遊んでやるからそこの獣人女と一緒にこい」

男は、魔法剣士エステルの腕をつかもうと手を伸ばす––––。

パシッとその手を魔法剣士エステルは弾いた。その瞳は先程までの可愛らしさなど微塵も感じさせない、冷静で真剣な瞳。

「先ほどから聞いていれば、エルフや獣人さんを軽んじる発言が見受けられますが、ここはバベル領だと言うことをお忘れですか?ここでの差別的な言動は罪に値しますよ?証人も大勢いますし」

魔法騎士エステルは冷静に怒気の籠もった声で男二人を相手に一歩も引かず言い放った。その姿にいつの間にか出来ていたギャラリーの中から声が上がり始める。

「そうだ!人間も獣人も関係ない!」

「お前らみたいな奴がいるから人間が誤解されるんだ!!」

「この街から出て行け!!」

口々にただ見ているだけだった人々から声が上がり始める。

集団心理とは面白い、つい先ほどまでは我関せずといった具合に距離を取っていた者達が、一人の発言を皮切りに次々と強気な姿勢に変わって行くのだから。

流石に部が悪いと感じた二人組は怨嗟の籠った眼差しで魔法剣士エステルを一瞥すると「チッ、このままで済むと思うなよ」とありがちな捨て台詞を吐いてその場から去っていった。

次の瞬間魔法剣士エステルに賞賛の拍手が送られる。

「いいぞ、魔法剣士!よくやった」

「カッコよかったぞ、嬢ちゃん!」

『魔法剣士エステル』は思っても見なかった賞賛に少し恥ずかしそうな表情をしながらも「いやぁ参りましたねぇ、えへへ」と満更でもない様子でその場を後にした。

「可愛いけど、中々やるなあの子、ああ見えて意外と切れ者かもな」

「ただ、このままって感じでは終わりそうにないよな…あの二人組相当キレてたし」

俺は少し気になったので、当巻きにエステルの様子を見ながら行動を観察していた。決して怪しい行動ではない、一人の美少女が危険かもしれないのだから、これは怪しい行動ではないのだ。

と、自分に言い聞かせながら、どう考えても怪しい感じで後を付けていると。

少し人気のない通りに出た所で、いかにもって感じの裏路地の曲がり角に、手書きの張り紙が貼ってある。

『魔法剣士様限定!!ご招待』と汚い字で書かれ、ご丁寧に矢印で裏路地を指している。

バカなの?あの二人バカなの?

流石にないわぁ、と感想を抱きつつエステルを見ていると。

めっちゃ食いついた……キラキラした目でその紙を見つめ、何の限定で何処にご招待なのかも分からない矢印の方向にルンルンとスキップしながら入って行く。

もっとバカな子だったよ、あんなに可愛いのに…なんて残念な子……

とりあえず後を追いかけると、薄暗い路地裏の袋小路、そこに3人の人影が見えた。案の定先程の二人とエステルだ。

「ははは!引っかかったな、バカなエルフめ」

いや、お前らも同じカテゴリーに入るからね?十分バカだよ?

「あなた方はさっきの!魔法剣士限定商品は嘘だったのですか?!」

あぁ、そういう自己解釈をされてあったのね、魔法剣士限定商品って何だよ……

「引っかかるお前が悪いんだよ!」

あ…グゥの音も出ないね、確かに。

「卑劣な……何が望みですか?!……まさか魔法剣士になりたいのですか?」

「ならねぇよ!どんな頭してんだオメェは!」

「まぁ、とりあえず俺ら二人の相手をしてもらったら後はどっかに売り飛ばすかなぁ。魔法剣士ちゃん」

一人の男が舌舐めずりをしながら卑猥な目線でエステルの胸元を凝視している。

「なるほど、そこまで言うなら仕方ありませんね…いいでしょう、この魔法剣士エステルが成敗して差し上げます!」

そう言い放つとエステルは腰に下げた細剣に手を掛け、抜き放った。

「はんっ!剣抜いたってことは命はいらねぇってことだよな?後で命ごいする羽目になっても後悔するなよっ」

「ひひひ、あんま傷つけんなよ、楽しみがなくなる」

そう言うと男は剣を抜く、もう一人は高みの見物といった具合に頭に後ろ手を組みヘラヘラと下卑た笑みを浮かべている。

エステルを見ると、やる気満々という感じで剣を構えながらちょっとイラっとするドヤ顔だった…構えを見る限り中々様にはなっているが……

俺はいつでも飛び込めるように体制を取りつつ物陰から見守り––––––。

先に飛び出したのはエステルだ、細剣を振り上げ真正面から斬りかかる。

「速攻ですっ」

男は余裕でエステルの剣を受け止めると「フン」と鼻を鳴らし横に薙ぎ払う。

不遜な物言いからザコキャラと思っていたが、そこそこ腕は立つらしい。余裕の表情でエステルの剣をいなしている。

「フフフッ中々やりますね、ではこれでどうですか」

「秘技!エステルファイヤーブレード!!」

うわぁ!恥ずかしい名前叫んでる!自分の名前を必殺技につけてるよ…もう痛くて見てられない。

薄っすらと炎を纏った細剣を上段に構えそのまま真正面から突っ込んでいく。動きが丸わかりだ、これは……余裕で受け止められた。

このままじゃ不味いな、俺は刀の柄に手を添え意識を高める。

「さっきから、ガキの遊びじゃねぇんだぞ!!」

男はエステルの細剣を力強く払い、キィンと疳高い音が響き手からこぼれ落ちたエステルの細剣が男の足元に転がる。男がニヤリと笑みをこぼしその細剣を蹴飛ばしながら嘲笑混じりで言い放った。

「剣も碌に扱えねえくせに、大層な得物持ってんじゃねェか、俺がもらっといてやるよ」

「さぁ…お楽しみと行こう––––––」

俺は剣が落ちた瞬間駆け出そうとしたが、その足を思わず止める。エステルの纏う雰囲気が明らかに先ほどまでと打って変わり異様な感覚に陥った。

男もそれに気がついたのか、軽口を叩くのをやめて本能的に後ろに飛び退く。

エステルは俯いたまま、濃密な殺気を漂わせ……俯いたままのエステルが呟くように口を開いた。


「魔法剣士から‥剣とったらダメだよねぇ?ねぇ?」

男はそんなエステルの豹変ぶりを見るなり一瞬たじろぐが、気を引き締め直して剣を構える。

高みの見物を決め込んでいた男はイマイチ状況が呑み込めてないらしく、「何、訳のわかんねぇ事を」と軽口を叩こうとして剣を構えている男に「辞めろ!これ以上刺激すんな、死ぬぞ!」と遮られた。

––––––瞬間。

エステルがゆらりと身を揺らし、その姿が一瞬ブレたかと思うと男の眼前から消え、男はとっさに身構える……刹那、下顎に凄まじい衝撃が走り、男の意識は飛んだ。

エステルは一瞬で男の懐に身をかがめて潜り込み、真下から男の顎を掌底で打ち抜いたのだ。

そして宙に浮いた男の身体、そこへエステルは『トンッ』と軽く跳躍し間髪いれずに、強烈な後ろ回し蹴りを男の鳩尾目掛けて放つ––––––。

男は息を勢いよく背中から壁にぶち当たり、衝撃で壁にヒビを入れその半身が僅かにめりこむ。

一瞬の光景––––、片割れの男はエステルの攻撃を視認することすら出来ず、壁に打ち付けられた相方を見て絶句する「やばい、ここにいたら死ぬ」そう男の本能が警鐘を鳴らしエステルの方を見るとエステルは相方を睥睨しながら佇み右手を天に向かって掲げていた。

そして男はエステルの掲げた手の先を見て絶句––––。

「権限せよ……『風撃(エアーショット)』」

初級魔法『風撃(エアーショット)』はごくありふれた風属性の初級魔法であり、拳大の風の塊を相手に飛ばし着弾と同時に衝撃を放つ魔法だ。

初級といっても使い手によってはヘビー級ボクサーの一撃を凌駕する。

しかし男が息を呑んだのは、その魔法自体ではない。同時に展開された魔法の『数』だ、いくら初級魔法でも同時に展開するのは至難の技、いかに一流の魔導師であろうとも三つの魔法陣を展開するのが限界であろう。

それを目の前の美少女は詠唱を破棄した上で、二十以上の魔法陣を瞬時に同時展開したのだ。通常前衛の戦士が時間を稼ぎ、やっとの思いで行使する魔法……それをあれだけの近接戦闘を披露した直後にこれだけの魔法技術を見せられれば絶句する他ない。

エステルは軽く右手を振る、壁に打ち付けられた男を睥睨するその瞳に先程までの可愛らしさなど片鱗もなく、無機質に殺意を向ける冷え切った瞳だった。

エステルによって展開された『風撃(エアーショット)』が倒れる男目掛けて次々と着弾しては男の体にヘビー級の連撃が一発一発殺意を込めて打ち込まれていく。

様子を見ていたエリヤは、その場に踏みとどまり冷や汗をだらだら流していた。

「こえぇよ、魔法剣士エステル…マジで怖いよ」

剣士じゃないじゃん『拳士』じゃん…なんで剣持ってるの…あの子。

レインといい、エステルといい…このセカイの美少女はブッとんでる……守る必要無し。

そう定義付け、心で愚痴っていると、奥にいた男の片割れが攻撃しているエステルを横目に死にそうな形相で逃亡を図ろうとしている。男は風の魔法を足元に纏い風圧による推進力で、エリヤのいる路地の出口目掛け飛ぶように向かってきた。

「へっ!逃すかよ」

俺は刀を構え、脱兎の如く逃亡しようとする男の前に立ち開かる。

「人間か……」

『殺せ…首を斬り落とせ…削ぎ落とせ…殺せ…殺せ』

エリヤを『黒い感情』が支配していく、初めて人を斬る……エリヤの肌がひりつく様な感覚を覚え次第に身体中の血液が沸き立つよな感覚に支配され––––。

「邪魔だぁ!!どけぇ!」

男が目を血走らせ、必死の形相でエリヤの前まで迫ってくる、エリヤは恍惚の笑みを浮かべ刀を振りかぶり男の首筋めがけギラつく刃をを振るう––––––。

瞬間、エリヤが刀を振り下ろすよりも早く、逃走を測った男にエステルがいつの間にか追いつき、男の頭上…途中で拾ったであろう細剣を振りかぶっていた。

エステルは細剣を握りしめたまま、その拳で男の背中を殴りつける。

一撃––––、男の背中目掛けて放たれたエステルの拳は男の背中を軋ませ石畳の地面に一撃で減り込ませた。

…だから、あんた何で剣持ってんの?

盛大に突っ込みたい気持ちはあったがそんな事を今口にすれば、多分怪我では済みそうにないのでグッと堪え目線を上げると、エステルの顔がエリヤの顔前にあった。鼻先擦れ擦れの距離に、息を呑むほど可憐な美少女…少し顔を前に出せば唇が届きそうな距離––––。

しかしエステルの碧眼は無機質のまま。

怖い、怖い、怖い!めっちゃ怖い!

エリヤにそんな余裕は皆無であった、目の前の殺戮美少女に対してどう反応すべきか、エリヤのスペックがフル活動し導き出した最適解。

「つ、強いな、流石『魔法剣士』エステル」

エステルの顔が一瞬俯き、ニパァッと満面の笑みを浮かべてキラキラした瞳をエリヤに向ける。

「そ、そうですかぁ〜?いやぁ最初はずっと私の事つけてたから…この人達のお仲間さんかなぁ?と思ってたんですけど、逃げてきた『この人』を止めようとしてくれたから、違うのかな?って思って。もしかして…私の事……助けてくれようとしてたんですか?」

エリヤはホッと胸を撫で下ろし、エステルを見遣る。

その表情は先程の殺戮人形のような表情とは打って変わって、可愛らしい美少女そのものだ。

ちなみにそんな屈託のない笑顔ではしゃいでるエステルさんは先程地面にめり込ませた『この人』の上に普通に立っている。

エリヤは少し照れ臭そうに頬をポリポリ描きながら答えた。

「いや、まぁあいつら、何かやらかしそうだったし…エ、魔法剣士エステルなら大丈夫だろうとは思ったが、心配だったんで様子を見てたんだ」

エステルは『魔法剣士』と言うフレーズに身をくねらせ頬を紅く染める、美少女な事も相俟って反則的に可愛い。

「あ、ありがとうございます!私の事気遣って下さって……お気持ち、本当に嬉しいです…ただ」

「ただ?」

「ごめんなさい、女の子の後ろをコソコソ着けてくる人って…なんていうか、正直キモいって言うか……初めてお話しするのに呼び捨てって言うのも…馴れ馴れしいですし、苦手というか…生理的に無理……ですね、本当にキモいです」

屈託の無い全力の笑顔で俺に微笑みかけながら、悪意などかけらも感じさせない様子で辛辣な言葉を投げかけるエステル。

俺は路地の奥で壁に上半身をのめり込ませている男以上にボコボコにされ、膝から崩れ落ちる。

「あのぉ、女の子の足元でしゃがむとか……本当にキモいですよ?」

優しい声音で耳に髪を掛けながらエリヤの目線にしゃがみ込むエステル。


エリヤは完膚無きまでにトドメを刺された…魔法剣士エステルとの衝撃の出会い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る