38

 それは降り出した雪のせいなのかもしれないし、音楽を作り出すほどの力を持つ風が止んでしまったからなのかもしれないし、単純に小唄の耳が寒さで聞こえなくなったからなのかもしれない。……理由はわからない。でもとりあえず小唄の世界は無音になった。無音の世界の中を小唄はひたすら歩き続けた。小唄の頭の中にはなんの音楽も流れてはいなかったし、こういうときに、どんな音楽が流れたら良いのかを、小唄は判断できるほど音楽に興味も知識も持っていなかった。小唄はそのことを少しだけ後悔した。もっときちんと音楽のことを勉強しておけばよかったと思った。もっとたくさんの音楽を楽しんで聞いておけばよかったと思った。そうすればこの無音の世界の中でも、小唄は音楽を奏でることができたはずなのだ。

 小唄は足を止め、その場で一度、空を見上げた。

 そこに星は見えなかった。睡蓮さんの教えてくれたさそりの星はどこにもなかった。しかし、それは当然のことだった。空からは雪が降っている。『雪が降っているということは、空に星は見えない』ということだ。それは当たり前のことだった。だけど睡蓮さんは星を探せと小唄に言った。『暗闇の中に光る星』を見つけろと言った。小唄は睡蓮さんに星を見つけると約束した。だから小唄は雪の降る夜の中でも、……ずっと星を探していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る