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「このままなにも選択しないと、列車は走り出してしまいますよ? 時間は、小唄くんを待ってくれたりはしないのです。なにも選択しないということは、なにも選択しないという選択肢を小唄くんが選んだということです」と睡蓮さんは言った。

 小唄は、その言葉を聞いて『選択をした』。「『……ここで降ります』」と小唄は睡蓮さんにそう言った。小唄の答えを聞いた睡蓮さんは少し前に小唄が自分の名前を名乗ったときと同じように、とても驚いた様子でその大きな目を見開いた。でも少しして、睡蓮さんは一人、なにかに納得したように小さくうなずくと、それからとても優しい顔をした。小唄を見る睡蓮さんの顔は笑っていた。

「そうですか。残念です」と睡蓮さんは言った。でもその言葉とは裏腹に、睡蓮さんはあまり残念そうには見えなかった。

 睡蓮さんは席から立ち上がると、真っ白な色をした(まるで本物の雪のような)自分の右手を小唄の目の前に差し出した。「せめて、客車の出入り口まで送らせてください」と睡蓮さんは言った。小唄は睡蓮さんの手を取ると、席から立ち上がって、「はい。よろしくお願いします」と睡蓮さんに言った。

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