15

 小唄はゆっくりと息を吸い、それをまた、ゆっくりと吐き出した。

 奥歯を噛み締め、ぎゅっと手のひらを握り込んで、小唄は前に進んで行く決心をした。客車のドアを開けてその中に入った。……誰もいない。客車の乗客は零人だった。小唄はよく磨かれている、まるで高級な木製家具のような客車の中を乗客が座るために使用する椅子の背もたれに手をかけながらゆっくりと前に、前に、進んでいった。

 一台の客車を通り過ぎて、小唄はドアを開けて客車の外に出た。客車を出た先には次の客車のドアがあった。小唄はもう一度、その場で深呼吸をしてから、気合いを入れ直して、そのドアを開けた。次の客車の中に入った瞬間、小唄はぎょっとして固まった。そこには『一人の女の人』がいた。その人は客車の通路の真ん中に小唄に背中を向けて、背筋をぴんと伸ばした姿勢で立っていた。真っ白な服を着ていて、とても美しい黒髪が腰の位置まで伸びていた。その人はまったく動こうとしなかった。客車のドアは開け閉めするときにそれなりに音がしたから、その女の人は誰かがこの客車の中に入ってきたことに気がついているはずだった。でもその人は小唄のほうを振り返らない。小唄はその女の人の後ろ姿に恐怖を感じた。できるなら後ろの客車に逃げ込みたいと思った。でも小唄はそれをしなかった。小唄は女の人の背中から目を離さないまま、後ろ手でドアを閉めて客車の中に侵入した。臆病者の小唄にそんな勇気ある行動ができたのは、全部古代魚のおかげだった。古代魚は小唄の心の内側に、とても大きな力を残し、それを小唄に与えてくれたようだった。その事実が、まるでいなくなった古代魚が自分の中に今もいてくれているような気がして小唄はなんだか嬉しくなった。

 小唄はゆっくりと前に進んだ。

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