第3話 夫人の腕前
夫人と話し込んでいたアンドレアルフスは、彼女に保存食を頼んでいたようだ。夕食の時にはどっさりと干し肉や諸々の食料、布等の雑貨がテーブルの脇に寄せられていた。
シェリルが代金を確認すると、破格だった。夫人にそんな金額では安過ぎる、妥当な金額ではないと言えば。
「いーのよ、美人な人間を拝めるだけで十分さ!」
と、にこにこと本当に嬉しそうに笑う。これ以上言っても意味はないと察したシェリルは、夫人の言い値で買い上げたのだった。
そんな高待遇をされていたが、食事の方は至って普通だった。メルツィカのトマト煮に似たスープが出される。肉が少ない代わりに野菜がふんだんに使われていた。ここではメルツィカは貴重なのだろう。
トマトの他にはピーマンやタマネギ、豆は二種類で、ひよこ豆とマグロマティカが使われていた。
豆と言えば、レンズ豆のハンバーグにムング豆と香辛料で作られたカレーソースが添えられている。
シェリルは香辛料のバランスが好みではなかったようで、スープには手を着けずにひたすらハンバーグと格闘していた。
「シェリル、もったいぶって食べるなよ。
俺様が食べちゃうぞっと」
シェリルの真剣な様子を見ていたアンドレアルフスが、多く残っているハンバーグにフォークを刺した。シェリルがアンドレアルフスの方に顔を向けた瞬間、ハンバーグを奪う。
「あっ」
彼女が戸惑いの声を上げれば、アンドレアルフスはこれ見よがしにハンバーグを一口で口内に納めてしまう。
「ん~ふふんあ」
もごもごと咀嚼しながら言うが、誰も聞き取れない。だが、満足そうに食べている様子のアンドレアルフスに、シェリルは苦笑した。アンドロマリウスはそもそも興味がないといった様子でメルツィカの入ったトマトスープを食べ続けている。
意外に食べるのが早いリリアンヌは、ハンバーグもスープも食べ終え、バクラバと呼ばれる焼き菓子を切り分け始めていた。
焼き菓子を渡され、シェリルは取り繕ったように笑みを浮かべて礼を言うと、先ほどの事はなかったかのようにスープへと手を伸ばす。スープを口に含み、少しだけほっとしたような表情を浮かべたのだった。
大した会話もなく食事が終わった四人は揃って部屋へと入る。入った途端、シェリルがリリアンヌに問いかけた。
「ねえ、今時の人間って……美人には破格で物資を売るものなの?」
リリアンヌは、きょとんとした表情でシェリルを見つめる。そしてアンドレアルフスとアンドロマリウスの抱えていた荷に視線を移して首を傾げた。
「これだけを即座に用意するとなると、流石に……
ここってどちらかと言えば過疎地だから普通なら割高になるはずよ。
だから、格安って言っても普通の金額になってしまうのが妥当だと思うけど」
「なんだか気持ち悪いわね」
そう言いながらもシェリルは荷袋を開き、中の物を分け始める。ヒポカに括り付けている袋に詰め込んだ。大量に渡された物資を入れたいくつもの袋はずっしりとしている。
「ま、貰える物は貰っといた方が良いぞ」
アンドレアルフスが気楽そうな声で言えば、リリアンヌがそれに賛成した。
「そうね。
万が一、これに裏があっても私たちに手を出して無事じゃないのは向こうだろうし」
旅に慣れてきたのか、彼女が過激な発言をしたのにシェリルが溜息を吐く。アンドロマリウスは何か他の事を考えているかのように窓から外をじっと見つめていたが、振り返って口を挟んできた。
「――どちらにしろ問題ない」
あっさりとした彼の回答に、シェリルは苦笑する。三人とも意見が一致しているならば、と彼女はこの話題を終わらせた。
そしてその代わりにとシェリルが口にしたのはアンドレアルフスへの礼だった。脈絡のない礼に、彼が首を傾げた。
「あ?」
「食事の時よ。
私があのハンバーグが苦手なの知って、代わりに食べてくれたんでしょ?」
彼女がそう言うと、アンドレアルフスは金糸を弄りながら笑った。
「あんたがそう思うなら、それで良いさ。
あのゲテモノみたいなスパイスの配合、正に悪魔向きだったし?」
「……まあ、上品な味ではなかったな」
アンドレアルフスの酷い言葉に、アンドロマリウスが補足する。二人共正直な言い方過ぎて、シェリルだけでなくリリアンヌも苦笑するしかなかった。
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