第2話 アホロテとアンドロマリウス

 シェリルの隣に立つリリアンヌが小さく動いた。腰に下げている短剣を構えたのである。そんなリリアンヌの様子に、シェリルは口元を緩めた。

「大丈夫よ。私の強固な結界もあるんだから」

「……そうね、でも足手まといにはなりたくない」

 合流したヒポカにも符を与え、術を発動させる。念の為の符をいくつか手にし、シェリルは悪魔二人へと視線を移した。




「マリウス」

「何だ」

 襲撃を待つ悪魔たちであったが、その気配はない。動きのない状況にアンドレアルフスは飽き始めていた。

「威嚇でもしてみろよ。

 そしたら出てくるんじゃないか?」

 剣先をざくざくと砂に突き刺しながら、適当な事を言う。アンドロマリウスは溜息を吐いて、じろりと彼を睨んだ。

「変に刺激してまずい事になっても困る」

「俺たち、弱くないし、シェリルだって弱くない。

 困る事なんてあるのか?」

 アンドレアルフスは剣をくるりと一回しし、アンドロマリウスの首筋へと剣先を移動する。その動きに合わせるように、アンドロマリウスは一歩後ろへ移動した。

 喉元すれすれで剣先をかわして槍を構える。

「俺に攻撃してどうするんだ」

「暇・つ・ぶ・し」

 アンドレアルフスは口元を歪めて剣を構え直した。向き合うような形となった二人だが、互いを見てはいなかった。

「あいつらも丁度出てきたし、良い暇つぶしにはなっただろ?」

「まあな」

 アンドロマリウスの視線の先には、砂に支配された土地だけが見えているはずだった。しかし、今見えているのは赤みがかった紫色の肌を持つ、巨大な生物だ。のっぺりとした頭に、人形の目のようなつぶらな瞳が四つ。

 とっくの昔に退化したはずの目が、じっと二人を見つめていた。


「結構大物だな」

 アンドレアルフスの茶化すような言い方はアンドロマリウスをいらつかせるかと思われたが、彼は軽く頷いて同意すると槍を投げた。命中したか確認する間もなく槍を追いかけるようにして走る。

 アンドロマリウスの動きを合図に、アンドレアルフスも動き始めた。

 アンドロマリウスの手から離れた槍は、獲物の眉間へ深々と刺さっていた。彼は槍に力を込め、一気に引き抜く。

 赤黒く粘度のある液体が砂漠を汚した。

「ギュイッ」

 アホロテの鳴き声に、アンドロマリウスが振り向いた。そこには、剣をかざして防御の形を取るアンドレアルフスの姿があった。アンドロマリウスが倒したアホロテより、さらに大きな個体である。

 アホロテはミミズのような体にトカゲのような頭、砂漠の地下を自由に動き回る為のモグラのような手を持つ。その全身は鎧のように鱗で覆われている。

 もちろん、今アンドレアルフスの剣で止めている手も頑丈な鱗で覆われている。剣でなぎ払っても大したダメージは与えられない。

 アンドレアルフスもそれは分かっているらしく、不適な笑みを浮かべて重心をずらした。


 少しずつアホロテの手がギチギチと剣に削られながらスライドしていく。ほぼ同じ速度でアンドレアルフスの片足が砂に沈んでいった。

「マリウス、こいつの他にもどっかに潜んでやがる」

「分かっている。

 お前の真下にもいるしな」

 アンドロマリウスは槍を構え直し、ゆっくりとアンドレアルフスの方へと近付いていく。

「こういう時こそ、シェリル様の能力を発揮してもらうさ」

 アンドレアルフスの言葉に、アンドロマリウスの歩みが止まる。ちらりとアンドロマリウスを見た彼は、すぐにアホロテへと視線を戻した。その顔には華やかな、しかし毒のある笑みが浮かんでいる。

「シェリル様特製術式はどうかねっ」

 アンドレアルフスが長剣の柄に掘られた術式をなぞる。途端、術式が光り、術式の開放による魔力の風が巻き起こった。アンドレアルフスの金糸も舞い上がり、彼の美しくも残酷そうな笑みを一層引き立てている。

 暴れる馬のような風はアンドレアルフスと対峙しているアホロテへと向かっていった。

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