第6話 アンドレの一族と派手な悪魔

 シェリルの目には、アンドロマリウスの姿が見えていた。中央にいる男の後ろに、影のように控えている。アンドロマリウスは通りを回り込み、静かに合流していたのである。

 それにも気が付いていないようだった。

「情熱的な友達でもいるのか?

 楽しませてくれよ。なあ?」

「お前たちのした事の対価には、これで十分だろう」

 アンドロマリウスの声に、シェリルの方を向いていた四人が振り返る。アンドロマリウスは振り払うような動作で、三人の男の内の二人を路地裏の壁へと飛ばす。

 残りの一人は首を絞めない程度に掴んでしまう。

「熱くなるほどでもないな」

 壁に身体を打ち付け、倒れた二人はうめき声を上げていた。毎回シェリルも思う所であるが、悪魔という存在はいつでも規格外だ。

 鍛え抜かれた肉体を持つ人間にしかできないような事を、簡単にやってのける。

「……そうね」

 呆れるほどあっけない決着に、シェリルは溜め息のような返事をするしかなかった。


「んぐ……」

 呻き声を耳にしたシェリルは倒れている二人の男を見下ろし、汚い物を見るかのように顔を歪ませる。

「簡単には懲りないと思うけど、もうこんなのはしない事ね」

 そう言うなり、シェリルは女性の背に手を添えて表通りへと促す。二人との距離がある程度離れると、アンドロマリウスは掴んでいた男を放した。どさりと重い音を立てて地面に落ちる。

 一瞬固まった男だが、倒れている二人を見捨てて奥へと転がるようにして去っていった。

「シェリル様ですよね?

 助けていただき、ありがとうございました」

「え?」

 にぎやかな喧騒の中へと戻ってきた途端、女性が口を開いた。顔を見て名前が分かる、それはカプリスの街に住んでいる者であれば当然の事だ。

 しかし確認するように礼を言われるのも不思議な感じである。


「商館の館長に仕える一族の娼婦です。

 先代が我ら一族はシェリル様にお世話になっているから、会う時がくれば礼を欠く事のないようにと」

「あー……なるほど」


 どうやらシェリルが助けたのは、アンドレアルフスに仕える一族であったようだ。アンドレアルフスに仕える一族、彼らは変わり者の集団である。

 高い所が好きで、アンドロマリウスを恐れながらも心酔し、女ならば進んで身を売り、男ならば商館の運営に携わる。

 一族の中の男でも、変わり種は身を売る事もあったが、それは稀であった。単純に、売れる期間が短いのが理由である。

 その為、自然と男女の仕え方に差が出ているのだが、やれる事を効率よくした結果である。もちろん、効率さえ良ければ、女でも身売りをせずに商館に関わる仕事をする事さえある。

 一族の中では、男女の差はなかった。

 とにかく、自分の為という訳でも、売られてしまったという諸事情でもなく、アンドレアルフスの為に生きてる事に特化した一族なのであった。


 整った顔立ちに小さめの鼻。小さいがぽってりとした唇。よくよく彼女の顔を見てみれば、確かにどことなくあの血筋を感じさせた。

「シェリル、彼女は……」

「アンドレの一族だって」

 シェリルの一言で通じたようだ。二人のもとに戻ってきた彼は、頷くと女性に声をかけた。

「リリアンヌ、アンドレとはどこで待ち合わせている」

 名乗ってもいなし、ここにいる理由も何も話していない。そう彼女は思ったのだろう。一瞬息を詰め、それを取り繕うかのように口元をぴくりと動かした。

 感情制御がうまい。シェリルは内心でさすがは変わり者の一族だと感心する。リリアンヌ――シェリルは彼の言葉で知った名前だが――は、しれっと答える。

「主は喫茶店です。

 よろしければ一緒に行きませんか?」

 更には二人を誘うのも忘れない。相変わらず抜け目のない、完璧な一族だ。アンドレアルフスに対しては、という意味だが。

「案内を頼もう」

 アンドロマリウスが応えれば、彼女はにこりと笑みを浮かべた。数百年前から変わらない笑みだった。




「面白いのを連れて戻ってきたな」

 喫茶店で、ある意味人目を引く男がいた。アンドレアルフスである。元々人の視線を追えば、簡単に見つかる程に美しく目立つ悪魔だ。だが、今回注目されている理由はそれとは異なるものに違いない。

 ヒマトに加え、クロマを装飾物のように身に纏った、派手な格好だったのだ。

 クロマとは、ヒマトを薄手にしたものだ。ヒマトに比べると遮光性はやや劣るものの同様の使い方ができ、ヒマトよりも通気性がよく、染色もしやすい。その為、お洒落な人間が好んで身に纏うものである。

 そこはまだ良い。だが、ヒマトの方は単色ではなくて模様の入ったなかなかな代物で、あまり流通はしていない上に目立つ。

 ここまで派手なヒマトは、シェリルも初めてだった。人々が服装に気を取られるのも分かる。


 この状態、あるいはあのファッションに慣れているのか、リリアンヌはさっさと主人のもとへと移動した。

「アンドレ様、ただいま戻りました」

「おかえりリリアンヌ。

 二人もこっちに来いよ」

 声を掛けられたアンドロマリウスとシェリルは顔を見合わせた。アンドレアルフスの姿は、センスは悪くないのだが、やけに目立つのだ。

 目立ちたくない。それが二人の本音だったが、アンドレアルフス相手には、断る理由になりそうもなかった

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