第2話 愛で育てる

 アンディを持ち上げて右肩に乗せたアンドロマリウスは、シェリルに左腕を差し出した。

 砂漠へ来た時と同じ様に飛び立てば、アンディが声を上げる。

「わぁっ! すごーい!」

「特別に飛んでくれてるんだから、大きな声はやめてね?」

 アンドロマリウスが眉をしかめたのを見て、シェリルは咄嗟に声を掛けた。特別、という響きが良かったのか少年は嬉しそうに頷いた。


 町の入り口まで、大した時間はかからなかった。二人を地面に降ろすと、シェリルはアンディの手を握った。見上げてくる少年に彼女は笑いかける。

 アンドロマリウスはアンディの家を知っているかのように先に歩き始め、二人は後に続いた。町の商店街の近くに、アンディの家はあった。

 その家だけ窓から明かりが漏れており、住人が起きている事を示している。かすかだが食べ物のにおいがする。

 アンドロマリウスの言う通りにアンディの母親は料理をしながら待っているようだ。


 先を歩いている悪魔がその家の扉をノックすると、慌ただしく扉が開かれる。手前にいるアンドロマリウス、そしてシェリルと彼女が手をつないでいる少年へと視線が移る。

「良かった……!」

 両手で口元を押さえて涙を浮かべる母親に、少年の眉が下がった。シェリルが繋いでいた手を離せば、ゆっくりと母親の方へ歩み寄る。

「母さん、ごめん」

「あんたが戻ってこなくて、どれだけ心配したかっ!

 ほら、おなか空いているだろう?

 待っている間に温めておいたのよ」

 アンディをしっかりと抱き締める。抱き合う母子の奥には、ほっとしたような表情の父親が見えた。


 ひとしきり再会を喜び合うと、アンディを家の中へ入れ、母親が二人に向き直った。

「本当に、息子を見つけてくださってありがとうございました。

 あの子は遅くに授かった、大切な子なんです」

「……それでつい、厳しめに育ててしまっているということか」

 アンドロマリウスの声は、母親にはうまく聞こえなかったらしい。

「はい?」

「いや、アンディが厳しすぎると呟いていた。

 厳しくするなとは言わないが……」

 そこで彼は一呼吸置く。そして母親に向けて微笑んだ。

「理由くらい教えて、大切で愛している事を伝えてやると良い。

 子供には、一番最初に愛を教えてやるんだ。

 それだけで子供は自ら正しい道を探すだろう」

「そうですね……

 将来恥をかかないよう、立派な大人に育てたいと、必死になっていました。

 その事にばかり気を取られていたのね」


 彼女は何度も頷くと、シェリルの手を取った。空気に徹していたシェリルはきょとんとしている。

「シェリル様がまじめな召還術士だから、仕える悪魔も優しくてまじめになっちゃうのかしら」

「え、いや……その――」

「この町は、あなたが悪魔を支配してくれるから安心して過ごせるのよ」

 アンドロマリウスがシェリルの術で縛られているのは事実である。本当は、支配させてもらっている状況に等しいのだが。

 複雑な思いを抱いている点をこのように言われてしまうと、何と答えて良いのか分からないのだろう。シェリル自身にとってアンドロマリウスは恋人の親友であり、恋人の仇であり、そして相棒という難しい存在なのだった。


 ええ、とかまあ、とか曖昧に彼女が答えている内に、母親はちらりと家の中を振り返って言った。

「とにかく、本当にありがとうございました。

 後日改めてお礼させていただくわ」

 話すだけ話して満足したらしい。彼女は軽くお辞儀をして家の中へ消えていった。


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