第2話 最後の朝

 互いに、魔力は使わないと決めているのか、術を展開することもなく、体術のみで応酬を繰り返している。

 ロネヴェは、私を離れた場所に閉じこめた。彼の作った結界を解く事はできない。大丈夫だから、ここで待っていてと言われたけれど、ずっと嫌な予感がしている。ロネヴェが離れていってしまいそうな、そんな予感だ。

 彼の体術は、あまり相手に通用していないように見える。右の拳を繰り出せば、左手で流され、蹴り飛ばされる。親友だと言っていたから、お互いに相手の内は分かっていると言っていたし、動きも読みやすいのかもしれない。

 私は今朝のやりとりを思い出す。




「多分、アンドロマリウスっていう悪魔がここにやって来る」

 そう教えられたのは、今朝だった。ここ最近、私たちを狙う悪魔が増えた。そのたびに追い返したり、私だけでも対応できるような下級悪魔には消えてもらったり。魔界の奴らには目障りな存在になってきている自覚はある。

 でも、そう対応しているのは、私達の為だけではなくて私が生まれ育った町を守る為だった。

 魔界に棲む者からすれば、それ相応の事をしている自覚はある。私の側に居てくれている、愛しい悪魔を見れば、魔界に棲む者が人間に害を為したいから、ちょっかいを出している訳ではない事も分かっている。

 人間と悪魔、天使、魔獣や聖獣などを始め、それぞれの種族が種族として分かり合って、争いなくいられないのと同じだ。同じ種族でも争うのだ。割り切るしかない。


 そして、私達を殺しにやって来るという本命が来たのだ。


 アンドロマリウスという名に聞き覚えはあった。本格的に私を殺そうとするなら、正義の伯爵が来る。そう以前聞いた事があったから。

「前にも言ったけど、あいつは俺の親友なんだ。

 今感じた力の大きさと付き添い達の数を考えても、そんな感じがする」

 のんびりとした彼の様子に、何故か不安になる。じっと彼を見つめる私に気づいたのか、ふにゃりと笑う。それはいつもと変わらない、私の悪魔だった。


 そんな時、慌ただしく扉を叩く音と「シェリル!」と叫ぶ声が聞こえてきた。町の人だろう。

 ロネヴェが扉を開いて人々を招き入れると、彼らは口々に騒いだ。

「悪魔の大軍がやってきてる!」

「この町が滅ぼされちまう!」

「あんたが何とかしてくれよ」

 こういう時だけ頼ってくる現金な人々は気に食わないけど、元々は私のせいだ。仕方がない。私が椅子から立ち上がれば、人々は黙った。

「大軍が来ているのは知っています。

 私とこの悪魔とで、この町から少し離れた土地に移動し、対応します。

 この町には悪魔はやって来ないと思いますが、念の為に家の中でじっとしていてください」

 私がそう言えば、彼らはおとなしく帰っていった。


 静かになると、私は出かける用意をし始める。ロネヴェには何も用意する事なんてないから、私の用意が終わるのをただ待っていた。

「心配しなくて良いよ。

 俺はあんたを守るって決めたんだ」

 護符やら色々と用意する私を見かねてか、そんな事を言われる。振り返れば、珍しくまじめな顔をしていた。ごく稀に見る、私の未来を案じる顔だった。

「俺は、愛しい人間の為なら何だってする悪魔だ。

 同胞だって殺すくらいに。

 ……しないって選択だってする」

「私は、あなたと一緒に居られれば十分なんだけど」

自嘲気味な笑顔を一瞬見せた彼に、私は不満そうに答えた。自然と視線も下がる。

「俺は一緒にいるだけじゃ、やなんだ。

 シェリルの幸せがあってこそだ」

 間近から声が聞こえて顔を上げると、いつの間にか、私の目の前にロネヴェの顔があった。


 彼は私に軽く口付けると、立ち上がって扉へ向かう。

「シェリル、そろそろ行かないと。

 あいつ、多分俺達が動き出すのを待ってるぞ。

 待ちくたびれたとか言って、こっちに来られたらやっかいだ」

「い、今いくっ」

 最後に、できる限り相手の動きを封じるような術式を書いた札を取って後に続いた。

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