異世界召喚から始まる何か

上下反転クリアランス

第1話


 勇者。

 それは世界を救う救世主と誰もが想像す

るはずだ。

 もしくは、...より具体性をもってい

うなら魔族、ひいては魔王を討ち滅ぼす者

である。


 

 その通りだ。

 わざわざ言うまでもないこと。


 勇者とは魔王を討ち滅ぼし、世界を救う

者である。



「おおっ!!勇者殿。

 よくぞ我らの祈願にお応え頂いて下さい


ました!」


 

 見知らぬ、王様らしき壮年の男が言った。



「勇者殿。どうか、我らをお救い下さい!」

 



 勇者とは魔王を討ち滅ぼす者。

 そして、その王様らしき男は俺を勇者と

呼んだ。

 

 つまりは、そういうことだろう。



 小説によくある展開だ。


 依然として俺は内心、右も左もわからな

いような困惑の渦にいるわけだが、


...頭のどこか冷静な部分が今の現状を

正しく認識していた。




 俺は勇者と呼ばれた。

 つまりは、そういうことなのである。


 俺は王の言葉に快諾を示す。


「承知した。俺は勇者となり、世界を救う

べく尽力しよう。」







 勇者となって半年が過ぎた。

 それはつまり、この異世界とも呼ぶべき

地に連れられてから、それだけの時間が過

ぎたということだ。



 イーゼル王国の首都、『タダス』

 俺が勇者として召喚された場所だ。


 俺はいまだにその最初の町から出ていな

い。


 勇者となって半年。

 俺はただひたすらレベル上げを強いられ

ていた。

 魔の手が迫っているというのに、こんな

に悠長にしていていいのか?という思いは

あった。


 だが国からの言だ。



「勇者殿よ。我が国を救うためにそのよう

な思いに駆られるのは、王としてとても嬉

しく存じます。

 しかし、急いては事を仕損じるともいい

ます。

 こんなことを口にするのは大変不躾であ

りますが、勇者殿、...貴方様は弱い。

 今はどうか、力をお貯めになることに集

中して頂ければと存じます」


 王は微笑んでそう言った。


 特に反論はなかった。 


 王の微笑んみは胡散臭げであるが、その

微笑みから放たれる慈愛に満ちたような言

葉に反論を唱える必要はない。


 弱い勇者に意味はなく、足かせにしかな

らないということだろう。


 弱い勇者は勇者でない。

 なるほどな。



 強くならなくては。


 その間、多くの犠牲者は避けられない。

 その無念を耐えてでも、俺は勇者になる

必要があるのだ。




 イーゼル王国、首都タダスは戦士を育成

するにあたって程よい環境が整っていた。

 

 王宮騎士の修練場、『節制の間』

 首都に隣接する森、『暴食の森』


 特に暴食の森は実践経験を積むにあたっ

ては多大に有益であった。


 平地とは異なった視界の悪さ、足場の悪

さ。

 さして強くのない魔物。


 戦闘経験の乏しい、駆け出しの戦士が経

験を積むにあたってはベストな場所だと言

えよう。


 程よい環境の悪さがまさに育成にあたっ

て適切だった。

 俺は運がいい。

 呼ばれた場所がタダスでよかった。



 事実、俺は平凡な現代人の割には着々と

順風満帆に強くなっていった。




 

 勇者となって半年。

 俺はいつものごとく、レベル上げのために

暴食の森に向かうべくギルドに寄った。


 冒険者ギルド。


 そこは冒険に夢を見て一攫千金を狙う荒く

れ共の集う場所。

 俺もまた冒険者となっていた。


 国からの援助にも限界がある。

 そして俺はまだまだ弱い。


 そんな俺が勇者と公表されれば、良からぬ

ことを企む者達が俺を襲うかもしれないとい

うことで、俺は細々と活動することを求めら

れたのだ。


 異論はない。


 異世界と勇者とくれば、次は冒険者ギルド

である。

 順当な展開に俺は満足だ。



 森に向かう前にギルドに寄ったのは、当然

依頼を受けるためだ。

 単純に森で鍛えるだけではなく、依頼を受

けて報酬を得た方が効率的だ。

 

 国の援助にも限界がある。

 余裕がある今、自分の生活費は自分で稼が

なければいけないのは仕方のないことだ。


 

「来たか、アユム。遅いぞ」

 

 ギルドに入り、所定となりつつあるテーブ

ル席へ向かうとすでに待ち人がいた。


 声をかけてきた待ち人の名はジェイク。

 ジェイク・カルバスタ。


 異世界に来て初めての俺の相棒である。

 俺と同じ二十代前半の男。

 冷悧な瞳と細身ながらも鍛えられたその肉

体には頼もしさしか感じられない。


 彼は国の精鋭騎士の一人。

 国の援助という形で、魔王討伐にあたって

のサポートを担ってくれている。




「ちょうど今、緊急依頼が入ったみたいでな。

 腕試しにどうだ?」


 挨拶もそこそこに、ジェイクは一枚の依頼

書を俺に提示した。


 目を通す。

 内容は以下の通りだ。



 依頼内容:魔物の討伐


 討伐対象:愚獣アンベシル


 目撃エリア:暴食の森


 難易度:C



 

「愚獣アンベシル?」



 聞き覚えのない名前に疑問の言葉が口に

出た。


 召喚されて半年。

 俺は暴食の森にて戦いの経験を重ねた。


 それに伴い、森のこともある程度は熟知

してきたつもりだ。


 群生する植物や採取できる薬草、果物、

地形、そして生息する魔物。


 森については毎日のようにあらゆるものを

見て聞いて、そして知った。



 だが、...愚獣アンベシル。


 そんな名前の魔物は聞いたこともなかった。



「アユム。お前がこれを目にするのが初めて

なのは当然だ。

 俺も久々に見たんだからな。」


 眉をひそめて依頼書を見る俺に、ジェイク

は足を組んでそう言った。


「...難易度Cとあるが、俺に倒せるのか

?」



 難易度C。

 それは俺にとってかなりの壁である。


 どこの世界にもあるように、この冒険者ギ

ルドにおいても依頼達成にあたり、その困難

さを難易度で表し示す。


 上からS、A、B、C、D、Eとランクは下が

っていき、俺が達成してきたランクは精々難

易度Dである。


 難易度C。


 それは俺にとって初めての領域だ。



 確かなる格上の相手。

 俺の臆病ともとれる慎重さからの言葉にジ

ェイクは鼻を鳴らした。


「ふん。怖じけついたか、勇者よ?」


 足を組んで、やや見下ろすような視線。

 嘲りを含む挑戦的な感情が、その瞳に宿っ

ている。


 ジェイクは国の戦士だ。

 このイーゼル王国に仕える精鋭騎士。


 俺に対する国の代理人とも言える。

 



 ...なるほど。



 俺は理解した。


 これは試練なのだ。

 国の俺に対する要不要の審判を下す時。


 試される時がきたということだ。



「アユムよ。

 お前のサポートを始めて半年。これまでの

ことを振り返れば、お前の成長は中々のもの

だといえる。

 蓄えた力も十分と見る。」


 挑発染みた感情は残しつつも、その声音は

諭すように静かだ。

 ジェイクは足を組みかえる。


「だが、アユム。お前は勇者だ。

 勇者なら勇者としての力を示さなければな

らない。」

 

 なるほどな。

 勇者なら勇者としての力を...。



 やはり、これは試練のようだ。

 俺の価値が試されている。



 俺は問い返す。


「つまりは、何が言いたいのだ?」


 俺の問いにジェイクは下らない質問だと

ばかりに鼻を鳴らした。


 ジェイクが席を立つ。

 愛用する剣を肩に乗せるとニヒルな笑み

で俺を見下ろした。


「ぬるま湯に浸かっているのも飽き飽きし

てきたところだろうな、という話さ。」

 

 

 ジェイクがこちらを試すように静かに笑

った。

 

 ...ぬるま湯か。

 

 この半年の処遇を省みれば、たしかにその

通り。



「...フッ。」



 俺もまた鼻を鳴らした。


 顔を上げる。

 ジェイクのその挑発的な笑みと視線が合う

と、俺もまた挑発的な笑みを返した。


 ジェイクは俺の視線を受けて、満足したよ

うに頷く。

 

「決まりだな。」



 ああ、決まりだ。


 

 俺は、背を向けて歩き出すジェイクに万感

たる思いで言った。






「ちょっと怖いでその依頼はパスしてきても

らえないか?」





 ...俺はジェイクに殴られた。



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