[マヌルネコ] 小さい頃の出会いとお話 (後編) <激長>








 ┈┈廃線路の先、白い霧の張る場所で

"アカオオカミ" って名乗る娘と出会ってお友達になれたんだ。



 線路上を行く不思議な舟を見かけたのだけど、急に何かが降り立ち、ソレが付きまとって来だす。

 霞んだ姿の、小さな動物のようだった。


 急いでアカと引き返すが、一本道をひた走っても同じ場所へ戻ってしまう。しかもツきまとう影はいつの間にか4つに増えていた。


  道に、閉じ込められてしまった


     ┈┈


1.

 早足でアカとレールを辿るうち、前方に再びトイレ小屋が見えてきた。



「コマヌルちゃん、ひとまずあそこへっ」


 アカと言葉を交わし、小屋へと入ることに。振り向けば霧の先に霞む "何か達" がいて、しかも全く距離が開かないようだった。


 中に入ると狭い通路の向こう右側にトイレ個室が3つ。窓は無くて奥は薄暗い。

アカはそのままあたしの手を引いて進む。



「個室に入るんか...? 大丈夫かな」

「とりあえず姿を隠せれば。後は後で考えます」


 隠れると言うより、向こうの興味が削がれるまでやり過ごす形。小屋に入ったのは多分バレてるから。


 それにしても、アカって実はそそっかしいのかも。意外と行き当たりばったり。


「・・・来た時、あんなのあったかね?」


 個室扉の前に着いた際、通路の奥に何か見えた。目を細めて眺めると汚れたカーテンが掛かっていた。その向こうにも空間があるらしい


 アカはあたしの言葉を受けて一瞬考え込むが、ひとまず個室を調べるよう切り替える。



 なんで扉ではなくカーテンなのだろう。

何だか気味悪く、あそこには行きたくないと思いながら個室の扉に手を掛ける。が──



「あれっ 此処・・・って こっちも開かない」


 個室の戸が、何故か全部ビクともしない。入り口にモノの姿は見えないけど、このままだと確実に鉢合わせる。


 あたしは無意識にアカの手を握ってた。彼女は入口から奥の方へ向き直り、静かにこう告げる



「コマヌルちゃん。あそこ行きましょう」


 アカがカーテンの方を指す。思わず「イヤ!」と言いそうになるが、繋ぐ手に震えを感じた瞬間それは飲み込んだ。


 彼女も怖がっていることを察し、あたしはほぼ勢いのままに言う


「あたしが先行く!...手は離さないでいて」



 自分でも情けない言葉と思う。暗いトイレだ、怖くて仕方なかった。でもアカに頼りっぱなしってのがシャクだったんだ。


 先導してカーテンをめくると物置だった。

だけど左側に目を向けると、用具に紛れて先ほどと同じ個室の戸。これに手を掛けると開いた



 中を見てまず目に入ったのは、フタの閉じた白い便器 (洋式)、タンク (手洗いの水が出る部分)。

 後ろでアカがカーテンを閉める瞬間、寒気が走った。彼女も中へ入れ、そしてカギを掛ける


  アカは、息を切らしながら言った


「ちょうど 向こうに影が見えてました...」

「ほんとにか...てかごめん、あたし本当は怖かった。とりあえずやり過ごそう」


 便器を隔て、向かい合わせで床にへたる。



 個室内は本当に狭かった。四方は壁、天井は吹き抜けてて肩車なりすれば向こうを覗けそうだ。

 でも、そうしようとは思えなかった


 暗い、狭い、怖いに加えてもう一つ気になることがあった。ハアハアが止まらない


 「ここ 暑いな...」思わず小言をはく。


 狭いにしてはおかしいくらい、先ほどの肌寒さが一切なかった。



 "カチーン カチーン..." と、金属どうしがぶつかる様な音が聞こえだす。それと同時に正面のアカと目が合った


  ( 歩く音・・・じゃないですよね )


 身を乗り出し、アカがけもの耳に呟く。いわゆる "ラップ音" だと思う


「...待ち構えてるんかも、しれないな」

小声であたしは言う。出口か目の前かは分からない。カーテンの捲られる音はしなかった。



 ちなみにこれは後で知ったのだけど・・・

実は霊って "生前に行けないと思ったところ" は通れないらしい。カベ抜けもできない



     例えば──


  キミが男なら女風呂の暖簾くぐれない

  子供なら...ちょっと分かんないが。



 結局あたしらは、この狭くて暗い個室で一夜を過ごすことになる。ラップ音は慣れた。



 幸いあたし達は夜目が利き、寄り添いあって耳越しに色々お話できた。ジャパリまんもラッキーさんから多めにギッてたし


   ただ・・・・・・


 お花摘みあんま見ないで欲しかった。こちらも眺めてやったが。そうこうするうち何だかんだ気分が楽になり、あたしはウトウトしだす。


「大丈夫、私がぎゅーってしてます...」


 そう言ってアカがくすくす笑って引っ付き、安心感に包まれてなおさら眠気に勝てなかった。

 "震えて眠れ" ・・・? 違うか


 それにしても、なぜ物置に個室があってここは開いたのか。いやむしろ何で入ってすぐの戸は開かなかったのか。



 意識が落ちる寸前、どこかで扉の音が聞こえた気がする。



2.


   (ん......) はっ やば・・・ 痛っ!!


 思わず飛び起きると天井越しに朝の薄明り。ただ寝るには窮屈だったらしく、腰がメチャクチャ痛かった。


 個室内に異常はなく、扉を右にアカもフタにあごを乗せて眠っていた。そっと背中に手を置いて彼女を揺する


「いけなっ 私も寝ちゃってました......」


 焦ってアカも顔を上げるが、その際に何故か悲し気な顔に見えた。おはようの挨拶も程ほどに彼女は一言

「ちょっと待っててもらえますか」


 すると急にアカの細い足が目の前に来るもんだからビックリした。

 見ると彼女は便器でつま先立ちをしており、乗り出して戸の上から先を覗いているのが分かった



 すでに夜中、勇気を出して眺めたという。

何か居たのかよりも、まずあたしじゃ背が低くて無理だとかのんきに思っていた



  アカはこちらを見下ろし一言。

  「コマヌルちゃん、まだ出ないで」


 怖いとかより何事かと思った。カビの生えた大きいナメクジらしきものが、カーテンを隔てて何匹か居ると言う

 夜中見ても居たらしい。血の気が引いた

ただ、カーテンは越えて来てないのが分かった。



「あの個室から出てきたのかも...」アカは言う


 予想でしかないけど、確かに戸が開かなかったのはそういうことなのかもしれない。


 だけど、ふと思った


「そういえば霧の中を追ってきたヤツらは?あれは動物っぽかったよね」


 彼女の説明だと、今までのと違うモノがいるってことになる。



「それより、出る方法を考えましょう!」


 あたしの言葉に、アカはどこか歯切れの悪い返事をした。最もではあるけど、はぐらかされたようにも思える。だけど追及できなかった。


 それからアカが小まめに確認するも、一向に去らないようだった。あたしも見ようと肩車や抱っこをお願いしたが──



「ごめんなさい私、力があまりなくて」

「二人でフタ乗ると壊れます...」


  何故か、アカは悉くお願いを断った。


 確かに最もではあるけど、思えば彼女おんぶはしてくれたのに。

 ちなみに、向こうのモノと戦おうとは考えなかった。それはイケないと何処かで感じて


  今日も あたし達はトイレで過ごす。



 窮屈で辛かった。牢屋のがまだ広い

 ただこの日、アカが面白い話をしてくれた



「今日コマヌルちゃんに起こされるまで、夢を見ていたんです。"でっかい四足の何か" が先にいて、だけど私にもフレンズがたくさんいて。


 皆でソレを倒す作戦を立てたんです。内容はよく覚えてませんが


 進退きわまった・・・って 言うのかな。

そんな状況でも怖いとは思わず、私が先陣切ってソレに向かうところで目が覚めました。


  何故か、とても寂しい気分でした」



 つまり、あたし邪魔してたのか。でっかい何かはセルリアン・・・? 起こした際に悲しそうな顔だったのは、その寂しさが理由らしい。


「それは 色々とごめん...」謝るあたし。


「あっ 違うんです。だからこそコマヌルちゃんが隣にいてよかったなって。

 そうそう、その麦わら帽子くれた鳥の娘もいたと思います。夢って面白いですね ふふ」



 アカの言うように夢は確かに面白い。

帽子の件は歌好きの白黒な娘。元気してるだろうか。

  それにしても、またキミは・・・・・・


「あたしのおトイレそんな見ないでよ!?」


「だってコマヌルちゃん、肩をすくめて縮こまる姿が何かかわいくて♪」


 恥ずかしかったが、寂しくないと言う意味ではあたしの充足感を満たした。



 夜中、あたしは寝付けないでいた。

ふと右隣で力なく眠るアカの寝顔を見て、あたしは自然とある決心をする。


 明日で必ず此処を出る。彼女は逃がす


 此処が限界なのもあるけど、どこかこれ以上アカを巻き込みたくないって気持ちになってた。


 天井越しに見える月明かりを、薄目で眺めて思う。もし戦うとどうなる。呪われるのかも。住処の見つからないまま明日で旅は終わりかも。

 後ろ向きに考えるたび涙があふれてきた。

 ちなみに、トイレだけど紙はない


 明日こそは無事に...そう考えつつ、何だか疲れてラップ音の中でもウトウトしだすが・・・



「うわああっ!!」「!アカどうした!!?」

 


 急にアカが叫び起き、あたしも飛び上がってしまう。ショックでお尻から背中まで肉が反り上がるかと思った。


 怖い夢を見たと言う。泣きべそかく彼女の答えを整理すると "鎌を備えた目玉" に出くわしたんだとか。

 セルリアンっぽいが、よく分からない。


 そんなアカを見てるといたたまれなくなり、しばらく寄り添ってあげた。そのうち、彼女は泣き疲れて眠っていた。



3.


  結局、あたしは朝まで眠れなかった。


 目を覚ましてからアカは夜中の件を謝るが、それより自分が今日どうなるかが不安だった。


 昨日と同じく、彼女は率先して覗き見て

(逆に言うと相変わらずあたしに覗かせようとせず) そして言った


「しぶとい、まだ今日もいますか・・・」



 もう、ダメなようだ。覚悟を決めた

「あたしが先に出るからその隙に」と彼女を言い聞かすことにした。その時だった



『いや貴方こそ 中々しぶといよね。』

「は、何言って──あれ?」


 一瞬のことだった。二つの声 (一つはアカ) が聞こえ、アカは何故か驚いてあたしの方を見る

「えっ え??」互いに目が合い、キョトン。



『こっちだよ、このフタちょっとずらして欲しい。重たいのよねこれ。』


 アカと言葉を交わす間もなく、また声。変な声だった。方向と "ずらす" から便器ではなくタンクのフタを言ってるらしい。

 あたしは率先してズらそうとするが──


「待ってください!」アカに肩を掴まれた。



 あたしを引かせ、自分がやると言う。これが頑なで、アカは一向に譲らなかった。

 昨日から彼女の様子がおかしいとは思いつつ、仕方なくあたしは気を付けるよう伝える。



   アカがフタをずらす──・・・


 だけど彼女が中を覗くと、驚いたのかビクッと動きが止まる。「どうして...」と呟いてたがよく聞こえず、あたしは思わず乗り出し視てしまった


 それに気づいたアカは、しまったとばかりにあたしを引き止める。けどもう遅い

 中には15cm程のフレンズがいた。


 暗がりで青い目を光らせ、髪とスカートが灰色、白いマフラーとグローブ。

 ここであたしはハッとする


「えっ あたしなのか? まさか...」

「見てしまったのですね・・・」


   同じコマヌルの娘だった。


『お姉ちゃん達よくこんな所で "ろーじょー" できるね。いい加減見てられなくなった』


 その娘は、あたしと似た変な声で言う。

タンク内の水上には白くて平たい浮袋があり、そこには小さな藁や机が配置されている


 まさに部屋と呼べる所に、同種のフレンズが居た。もう一度言うけど15cmほどの。


 どうしてか、胸と息がきゅっと詰まる。その娘はゆらりとした雰囲気で、中から自己紹介してきた



『初めましてえお姉ちゃん。イヌの娘のお友達も初めまして。アタシはコッチでの...コマヌルって言えばいいのかな。』


   (・・・コッチでの?)


 それと小さいとか同種とかまず置いといて、一目でこの娘に変な感じがした。



「...言い出した私がこう聞くのもおかしいですが、『しぶとい』って一体どういうことですか!?」

 アカが覗き込んで口を開く。


 そう、こちらをいい風に見てないと言うか・・・何か友好的ではない。小さな同種は答える



『ちょっと説明の順番が違うくなるけど、このお姉ちゃんを "ひがんで" いるからそう言いたくなったの。』


 内部から小さいコマヌルが指さす。言葉が出なかった。あたしを僻んでいるという。

 加えて2つ、その娘は驚くべきことを言った



『アタシ達、産まれる前に死んだの。

ニオイで分かったよ、貴方がアタシらの姉妹ってね。お姉ちゃん。』


 「死んだ?冗談でしょ」と笑い飛ばしたいが、今までの状況がそうさせない。

 お姉ちゃん呼びは "あたしが年上" ではなく、兄弟そのものの意味だと訴える



「じゃあ "アタシら" ってことは外のも・・・」


『そう、外の4匹みーんな産まれず終わった兄弟。もちろん向こうもひがみ、このお姉ちゃんを引き込もうとしてるわよ。』


 あたしを置いて、二人がやり取りする


 この娘の言うことは嘘ではないらしい。

絶望を感じつつ、何か違和感があった。しかもアカに対して。あたしは聞いてみる


「その様子、昨日ウヤムヤにしてたけど追ってきたヤツってそこにまだ居るのか?」


 あたしの問いに「言うべきですね...」と彼女はぼそり。どうやら予想通り、霧先の4匹も一昨日からカーテン前に居るとのこと。



「コマヌルちゃんの原種だとすぐ分かりました。でもそれを言うと、貴方は自分のせいでこうなったと思いそうで黙ってたんです。ごめんなさい」


『いいお友達だわね、イヌのお姉ちゃん。』



 残念ながらフレンズは嘘つくのが苦手。

だから質問には黙るか、彼女みたくはぐらかしてしまう。アカを責めようと思わなかった。


 15cmほどの同種が、あたしとアカを交互に見ながら言う


『イヌのお姉ちゃんは、気にせずここ出て大丈夫だよ。外の兄弟はお姉ちゃんを連れ去りたいわけで、アタシもそれを見送ってやる。』


「・・・私がさせませんよ。絶対に」


 アカがタンクの中を睨み返す。この状況だけど彼女の言葉は嬉しかった。

 ただ霊に攻撃すると "呪われる" かもしれないし、そもそも "当たらない" かも


  ハショるが、両方その通り・・・らしい。


 ところで、どこに連れて行かれるのかは分からない。聞こうとも思わなかった


 小さな同種は、此処がどういった場所か教えてくれた。ただあたしは混乱して内容が頭に入らず、アカが纏めてくれた。



 やはり、此処はパークと違った場所。

線路が境目と通じ、あたしは "くぐれて" しまったらしい。実は霧が張っているのも悪かった


『この世には魂が歩く "二つの道" がある』


・現実で生まれる前に 一週間歩く道

・現実で生き終えて 一週間歩く道


 ここは "生き終えた方" の道だと同種が教える。さらに一つ付け加えると、この世とはキミの世界も含まれる。

  でもあたしは死んでない 帰れるはず


 だがさらに悪い偶然が重なり、舟に乗ったあたしの兄弟が嗅ぎつけ、そして羨んでしまった

  しばらく隠れていれば、帰れたのに。


 まず兄弟が居たなんて知らなかった。確かにマヌルネコは身体の弱い動物らしいが...。


  タンクの水が、チャポチャポ揺らぐ

  数センチの娘が中から訴える。



『アタシは、コッチでフレンズになれた。姿は未熟でこんなだけども。

 お姉ちゃんは自分をチビとヌかすけど、どう?アタシとどっちがチビだろうね??』


 先ほど言ってた "コッチでのコマヌル" とはそういう事らしい。さらにチビの方面でも僻んでいるのか・・・。


「ここ、1週間の道と言いましたよね」


 便器を隔てて左隣のアカが言う。姉妹の件で考えに集中できないが、確かに言ってた。

 同種も『そうだわよ』とタンクから答える。

 するとアカは続ける


「ならコマヌルちゃんと一緒に、あと5日ほど待ちます。いいですよね?イヤとは言わせませんが」


 かなり強い構えだった。でも残念ながら、その希望は薄いんじゃないかとあたしは思う。

 理由は──


『言い忘れてたけど、アタシ達はみんな一緒に産まれる予定だった。そこのお姉ちゃんも含めてね。』



 小さな同種は見上げて無表情に言う。あたしは自分の年齢ってのを知らないが、ここまで一年は旅を続けていた


   同種の言ってる年数がかみ合わない。

   つまり・・・・・・


『一週間とは言ったけど、ここは現実のソレとは違うよ。過去や未来の霊もいて、時間がチグハグ。

 そもそも一週間ってのが実は違う。』


 「そんな...」と、アカは絶句してた。

対してあたしは差ほど落ち込んでなかった。単純にもう頭が追い付かなくて



 その後、ボーっとして動く気にもなれなかった。アカもそうだと思う。彼女と背中合わせにトイレのフタに座る。


 その間に小さな同種は特に変な事とかせず、タンクの隙間からよく話かけてきた。

 あたし達はフレンズ、無視せず対応した。


 霊が壁を抜けられないのもそこで聞いた



『あの子達がカーテンを越えないのは、ソレが何か分からないから。霊は知らない先へ行けない。

 現実で産まれず、だからあの子ら行ける所はかなり限られてる


  お姉ちゃんと違ってね。かわいそう。』



 その言葉を聞き、ふとあたしは考える。

自分とアカはフレンズ。タンク内の姉妹は霊だけど、身長が数センチのフレンズ...


 ここで ある疑問が浮かび、あたしは思い切ってそれを聞くことにした。

 これが結果的に、事態を急展開させる



「さっきの話だとキミも霊なんだよね。あたしを僻むのは一向に構わないよ。

 ではキミの方は、あたしの事を連れ去らないの?今目の前にいるのに」


 あたしの言葉を聞き、驚いた様子でアカが顔を向ける。対して同種は少し間を置いて言った



『・・・アタシは、お姉ちゃんたちが辛そうにするのを見て楽しんでたんだよ。...ひどいでしょ』

「何ですかそれ──!むむぐっ」


 文句を言うアカの口を待ってと押さえる。まだ話は終わってない。同種は見た感じ戸惑っていた。

  あることを察して、あたしは続ける


「ならキミは姿を見せずに、もっとそうしていれば良かったはず。あたしが連れ去られれば、その楽しめる時間とやらは終わっちゃうんだし。


 考えたんだけどキミ、実はすでにあたしの不幸を願ってないんじゃない?

 理由は キミもフレンズになったから」



 小さな同種が『むぐぐ~』とか『ニャギィ...』と言いそうな、何とも言えない顔をする。

 僻んでいるというよりむず痒そうな、返す言葉が思いつかない様子だ。



  ┈ ここで コマヌル 一言マメチシキ


 フレンズは、他者を不幸にはしない。

つまりそういう行動も出来ないの。不幸に繋がる嘘とか、無視も然り。 知ってた?



 大体、先ほどこの娘は言ってた。

(『お姉ちゃん達よくこんな所で籠城できるね。いい加減 "見てられなくなった"』)


『見てられなくなった』が、いい証拠。あたしらを二日ほど眺めるうちに、下向きな感情が薄らいだのかもしれない。



「小さいコマヌルちゃん、一人じゃなくなって気持ちが軽くなったんだと思います。良ければもう少しお話しません??」


 アカの言葉に同種は言い返すこと無く

今度こそ『ニャギィ...』って顔する。マヌル種らしい様子だ


 ただあたしの予想は、アカのソレに加え

"気づいて欲しかった" んだと思う。この娘もきっと行ける場所が限られて一人だったから。



4.

 敢えてあたし達は、今日もここで過ごすことにした。お腹の空き具合からもう夜なのと、同種がお喋りしたい事を察して。


   ・・・・・・と言うよりも


 よく考えると、根本的な部分は解決していない。それはアカも分かってるようで困った顔だ。


『霊は一つの感情に支配されやすい。今の状況は変わらないと思う。』と同種は言ってた。

 "ろーじょー" は通用しなさそう。


 あたしらの様子を見てか、イタズラな目をしながら小さな同種は言う



『トイレ壊せば、脱出はできるかもね。』


 つまり、便器の穴へ潜るってことだ。

あたしとアカで顔を合わせ考える。水が噴き出してかなり汚れそう、どうしようと・・・。



 すると見かねた様子で同種は一言

『・・・冗談だわよ アタシのお家壊さないでね。』


 どうもこの娘はあたし達の困った顔が気に入ったらしく、たまにこういうのを挟むようになった。不幸にするのでは無いからいいけど。


 こちらの予想通り、小さな同種はおしゃべりが楽しそうだった。

 あたしの見透かしも嬉しかったらしい



  ところでさっきから気になるのは──


 なぜこの娘はアカを "イヌのお姉ちゃん" と呼ぶのだろう。アカオオカミ、オオカミなのに・・・??



 脱出方法を保留のまま、晩御飯としてジャパリまんを三人で食べる。

 今さらだけどトイレを流せばタンク上から水は出てきた。


『アタシのお部屋が 浮かんで沈むーう。』

  小さな同種がぼんやりと歌い出す。


 この娘はタンクから出てこなかった。

理由は、"精気" のある物を持っていないとそこを離れられないんだとか。


 実は切り詰めても、ジャパリまんは後2日分ほどしかないから今日でどうにかしたい。

 さっきアカが5日待つと言ってたけど、あれじゃハッタリだ



    真っ暗な中でお話をする。


 同種が言うにコッチもサンドスターがあり、パークに住むUMAの娘にはこんな "現実と違う場所" が出身なのもいるらしい。


 さっき言った "精気" とは、生物の持つ波みたいなもの。この娘はフレンズ化してもそれが少なく、だからタンクを離れられないという。



 小さな同種は意外とお喋りで、話の切れ目が中々こなかった。でも全然苦に思わなかった。

 15cmという小さな同種の娘を見てて、あたしは愛おしさみたいなのを感じていた。


 夜更け辺りでついに本題へ移せるタイミングが来て、アカが先に切り出してくれた。



「小さいコマヌルちゃん、明日で外のお化けたちを説得して私たちを帰らせてもらえないでしょうか?? お願いします」


 アカは体制を低めて頭を下げる。彼女の大きなけもの耳が、タンクのフタを触れ撫でた。

  同種も一度顔を下げ、そして見上げて言う



『イヌのお姉ちゃんごめん、それ無理なの。』


 ・・・まさか、こんなキッパリ断られるとは思わなかった。アカも目を見開いてる。

 あたしも頭を下げる。怒りとかなかったけど、その後自分でも驚くような言葉が出た


「あたしからもお願い。辛そうな顔がまだ見たいとか思ってるなら、ここに閉じ込めておくよりむしろ帰した方がそうさせられると思わないか?」



 実際、現実の方が責任や時間に追われて辛いもの。・・・それはヒトが一番分かってるか。


 あたしの言葉に、今度は同種も困り顔で言う


『お姉ちゃん早とちり・・・。そもそもフレンズ化した地点で、実はアタシもひがまれるから説得は無理なの。

 そういう意味では、お姉ちゃんもさっきイジワルしてごめんね。』



 閉じ込めようって訳ではないようだ。

ただ何故ここで謝るのかと思ったが、つまり元々あたしを連れ去ることが出来なかったらしい。


 でも今考えると、この娘はあたしが外に出ようって所で声を掛けてきた。本当は引き止めてくれたのかもしれない。


  ただ、ここで二つの事に気づいた。


 同種やあたし達自身も含め、実は内心から焦っている様子ではなかった。

 それともう一つは、この娘が明らか何かを期待するような目をしてたこと。



  何故か "ウソ泣き" しようと思った

  でもやめた。沈んだ顔をあたしはする


『そんな顔を、正直また見たいと思ってたんだわよね。嬉しくなったからいい方法を教えてあげたい。』


「・・・はぁ」 アカがため息ついてる。


 この小さな同種、やっぱりだった。

方法はあるんだけど敢えて黙ってたらしい。フレンズにしては小ズルいなと思った。



  本当ならおやすみしてる時間か


 ウトウトする中、この娘は脱出する際にある物が必要だと教える。今ちょうど持っている物だった。それは・・・



『その "麦帽子" にお姉ちゃんの精気をいっぱいすり付け、外へ放てば帰れると思う。放つのはアタシがやるわ。』


 旅先で貰った麦わら帽子だった。

これと引き換えに此処を出られるらしい。お気に入りだったけど仕方がない。


 ところで、精気ってどうつければいいのかと思ったけど......



『何てことないよ。ニオイを擦り付けるみたく身体のあちこちを、いっぱい帽子にスリスリすればイイ。』


「あっ では私も手伝います、身体で」

『いや イヌのお姉ちゃんは効果ないわね。』


 意外と簡単とか思ってると、アカと小さなコマヌルも横でやり取りする。ところで効果ないとはどういうことなのだろう。聞くと同種は言った



『・・・だってお姉ちゃんを狙って付きまとってるんだから、アナタの精気に惹かれるのは当然だわよね。』


 確かに仰る通り。納得したせいか同種の答えに一瞬の間があることに、あたしは気づけなかった


 三日もいるとトイレ個室も何だか慣れてしまった。だけどいつまでも此処には居られない。腰の痛みを覚悟し、今日は3人でおやすみした。



「今日もコマヌルちゃんに引っ付きますっ」

『あーっ ひがんじゃうな。』


 アカ、正直暑苦しい。でもいいか




 無事に朝を迎え、腰の痛みを我慢しながら脱出の段取り (麦わら帽子スリスリ) をする間、あたしは小さな同種に尋ねる


「よかったらキミもここ出て一緒にパークを旅しない?あたしら3人ならきっと楽しいよ」


「それいいですね、私も賛成ですっ」


 アカも快く賛成している。同種が離れるために必要といってた "精気" はあたしに付けばいい。

 姿も小さいし、例えば腰ポケットとかに。



『いや、アタシ達はここでお別れ。

いずれこの道を行く身だし、それに同種の娘が同じ世界にいると "世代交代" が起こるかも


 でも誘ってくれてありがとう、嬉しい。』


 UMAの件で、この娘もパークに行くのは問題無いはずだけど "世代交代" は言葉が詰まった。

 フレンズ間の都市伝説と言うのか、全く同種の娘がパークにいないのはこれが理由らしい。



『そういう意味では、お姉ちゃんがここに長く居るのも良くない。時間の流れがしっかりしてないのは救いだったわね。』


 やはり、お互い合った世界に居るべき。



 それからお昼頃、小さな同種は麦わら帽子で霊を道の向こう側へ引き付けて戻ってきた。

 驚くほどすんなり上手くいった。麦わら帽子と引き換えに、あたし達はついに外へ出られる


 間近で会うことの適わなかった兄弟・・・

願わくば何かの形で生まれ変わって、この先でもっと違う形に出会えれば嬉しい。



 3日ぶりに扉を開け、カーテンの先には何も居なかった。ただカビ臭くて床もソレで覆われていた。


  用具置き場を出ようとして──


『イヌのお姉ちゃん、ちょっといいかな。』


 後ろのタンク内から同種が声を掛ける。

どうも、アカに伝えておきたいことがあると言う。何か企んでそうな様子はなかった


「コマヌルちゃんすみません、ちょっとそちらで待っててもらえますか」


 一度あたしは個室を出て、用具置き場で扉の方を向いて待つ。左側にはカーテン。

 思えばこれが本当の仕切りで、結界にさえ見えた。因みに向こうの個室は3つ全て開いてた。


 大体3分ほどでアカが出てくる。彼女は目線を落としてたけどすぐ笑顔になり、同種に見送られてあたし達は小屋を出た。



『自由なお姉ちゃんが、正直羨ましい。』

お別れの際、小さな同種はそう言ってくれた。


 対して、同種にあたしは言う。

「いつかこの先でまた会おう。待っててね」



  いずれまた辿る道。今は一旦お別れ。



5.

 外は昼だけど相変わらず霧が張り、太陽の光は薄明るい。小屋を出てすぐ、アカは言う


「コマヌルちゃん、また来た時のようにおんぶさせてください」


 あたしは別に疲れてなかったしまず断ったけど、やっぱりアカはすると言って聞かなかった。

 そそっかしくて頑なで、いい娘。



 三日前と同じく廃線路を道しるべに、霧の帰り道をおぶって歩いてもらう。

 アカの背中を暖かく感じながらお話した。何だか懐かしくすら思った


 大体30分ほどすると、向こうに鉄線付きの柵が見えた。来た時に見たもので間違いない。向こうには青空も見える。


 霧の終わり、となると境目の終わり。

向こうから吹くパークの風をほっぺに感じ、あたしは安堵した気持ちに包まれる


  ここで急に彼女の足が止まった。


「・・・アカ、どうしたの?疲れたんか??」


 すると彼女は無言でゆっくりあたしを地面に下ろす。アカは振り向かず、背を向けたまま低い声で言う......


  それは、とても恐ろしい言葉だった


『私が行けるのも此処までです。ごめんね、コマヌルちゃん。』


 首に変な寒気が走った。アカの肩も震えている。でも何だろう、あたしの感情は『驚いた』ではなかった

 どこかで無意識に予感し、だけどそうであって欲しくなかったと言う心境。


 ぼやけた太陽を背後に、アカがあたしの方へ振り向く。彼女は涙目であったけど言葉を続ける



『私、思い出したんです。自分も役目を終え、道を歩いている途中だったこと。

 私が何処から来たのかは分かりません。でも私は確かに終えた存在なんです。』


 出発前に同種が呼び止めたのは、この件について話をしていたのだと分かった。


 想えばベンチで休んでいた時、舟の霊はアカに見向きもしなかった。

 その時あたしは彼女の股下 (つまりベンチの下) に隠れてた。アカに守られる形になって



 同種は、最初から気づいていたんだ。

帽子に精気を付ける際『効果ない』とアカに言ってた

 それに呼び方も "イヌのお姉ちゃん"──


『そう 私は "アカオオカミ" と道中で教えられましたが、本当はオオカミではないようです。』



 あたしがアカと初めて出会った際、自分の名前はこの "道" で教えられたと言った。

 その時は生まれたてのフレンズだと思ったけど、むしろ本当は逆だったんだ


 彼女がどんな名前で呼ばれていたかは分からない。ネコとかなら「何とかネコ」が多いけど、イヌは難しい名前が多くて見当もつかない



  そんなことより、あたしは言う


「トイレ個室であの娘から聞いたよね。

UMAの娘には、こういう所で生まれてからパークへ来て暮らしてる存在も居るって。


 ならキミもあたしと一緒に此処を出よう。イヤとは言わせないから」 一部アカの言葉を借りて



 ただ、それだと心配なのが "世代交代"。

パークに居るであろうアカの同種と、競合する恐れがある。でもそんな事どうでもよかった


 だけどこのあたしの考えは、そもそも根本から条件にすら入らないことをアカの言葉で知る



『思い出してください...そこへ行けるのは此処でフレンズ化した娘。それと、元々パーク出身の娘が迷い込んで帰る場合。


 残念ですが私は、此処でフレンズ化したのではない。この姿で此処へ飛んで来たんです。』


「そんなの分からないじゃんよ!?」


 つい言葉を荒げてしまった。だけどあたしが抜けられるなら、アカもできるかもしれない。

 でも、彼女はそれも否定する


『これは小さなコマヌルちゃんもよく分からなかったようですが──私の "終わった" は

「死んだ」とか

「原種に戻った」では無いらしいです。』


  全くワケが分からなかった。


 このままお別れなんて納得できないし、どういう事なのか二人で考えた。すると二つの答えが出た


・実はあたしと同じ形に迷い込んでた

・生きながら魂だけ抜け、役目を終えた


 一つ目については、すぐ否定された

小さなあの娘に「霊にしても波長が虚ろすぎ」と言われたらしい。

 おんぶの背はとても暖かかったのに。


  それを経てもう一つの答えが出た


 魂だけが身体から抜けてしまった。つまりアカは実体を持たない意識だけの存在・・・・・・

 それを聞いた瞬間、アカは自分の肩を抱きながら震えて言った


『だとしたらそちらパークに行ったとしても、私は身体の無い見えない存在になる。居るのに誰にも気づいてもらえない・・・怖いです


  私、そんな悪霊にはなりたくない。』



 アカは、今にも泣き出しそうだった。

もしその言った通りであれば、あたしも彼女に気付けなくなる。するときっとアカは気を病む。

 そして、悪い霊になってしまう


  ところで元のアカの身体は──

『もう、ここまでにしましょう。』



 彼女の現実での肉体は今どうなっているのか・・・それを考えようとして、アカは遮るように声を掛ける


『そもそも多分、コマヌルちゃんと私は同じパークでも居た時間が違うと思います。そろそろ私たちも、此処でお別れ時なんです。』


 この狭間の道は、過去や未来のモノたちが通ると小さな同種も言ってた。すっかり忘れていた



 周囲の霧が風に乗ってパークの方へ抜けていく。ふとこれからの事を考えた。あたしはパークで旅を続けていく


 だけど四日足らずとはいえ、アカと近くに居過ぎた。こんな形のお別れなんて嫌だった

 ある事を思った。アカを見上げて口を開く


「あたし、パークに帰らない。こっち戻る」


 考えても見ると、あたしが旅をする理由は住処を探すため。それって必ずしもパーク内である必要はないって思ったんだ


 だけどアカは、険しい顔を向けて言った


『すみませんがそれも適わない。いいです?

そうさせないよう、私は見送るため此処まで来たんです。


 この道の先は霊の行く先。貴方が付いて来ても、私と同じところは歩けません。もちろんおんぶで密着してても。』


 アカの気迫に返す言葉が見つからなかった。それからあたしは別れを惜しんで霧を抜けた。

 時計は持ってないから、パークでは何日経っていたのかは今でも分からない。


 

 霧の境を抜けてから、後ろへ振り向く

まだ向こうでアカが手を振っていた。あたしも泣きながら振り返す。アカの影は遠ざかっていく


 もうあの場所に辿り着けないのが分かった

 生きてる今の間には。




┈──怖い話ではなくて、ごめんね。



 それからウチは旅を続け、ブカブカな姿に成長。そしてこのパークに行き着いたのさ。

 寒くて高い場所もあるから住みやすいよ。


 ただ、この姿をアカにも見せたかったな。



 これでお話は終わりだけど、実は霧の境目を抜けて彼女とお別れする前──


『...コマヌルちゃん、この先 "ある方" と会えたらこの出来事を教えてあげてください。

 きっと、それでその方が救われるかもしれない。そんな気がするんです』



 そう伝えられた。とは言っても、ある方の名前なんて知らないし会った娘には片っ端に伝えた。

 いい思い出話にはなるからね。


   だけど──


 小さい頃の出来事だからすっかり忘れてた。その方ってのは、名前ではなくある呼ばれ方をしているらしい


 話をしててやっと思い出せたよ "隊長さん" 。



  ・・・・・・キミにお願いがあるんだ。


 "ドール" って娘いるでしょ、副隊長に。

会わせてもらえないかな。彼女を見て思い出したんだ。あの娘、アカと全く同じ格好してた。


 それに似ているんだ。アカが見ていた夢やお話、それと前にドールがお話してた "真っ新な自分" とか

"生まれ直った自分" の内容がさ。



  ・・・どうせ自己満足だろうけど──


 ドールとお話できれば解決できる、そんな気がするんだ。あの "一週間の道" は過去や未来の存在も来るらしいから...

 彼女の悩みを聞いてあげられそうな気がする



 それに副隊長のドールも、中々そそっかしいんじゃないかな。 イヌのお姉ちゃん......か。




  連れてって隊長さん、ドールのとこへ。



 おわり

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