第36話 聖騎士は砂漠を歩く

 僕はついに迷宮を攻略した。

 予想よりも深くて焦ったけれど、なんとかなってよかったよ。

 迷宮を攻略しているあいだ、僕は三雲さんのことを探していたけれど、三雲さんは結局見つからなかった。どこにいっちゃったんだよぉ……。

 でも、迷宮で見つけた死体は魔人や魔物のやつばっかりだったし、多分大丈夫でしょ。

 僕は三雲さんが生きていると信じている。というか、生きていてくれないと困る。そうじゃないと僕がここにいる意味がなくなっちゃう。ここに着た意味がなくなっちゃう。クリフさんにむちゃを通してきたことが無駄になっちゃう。

 僕は三雲さんのことを考えながら、尋常じゃない暑さの昼間の砂漠を適当に歩き回る。

 ここでずっと迷っていたら確実に死んでしまうけれど、僕は運がいい。

 絶対にどこかの町に出るはずだ。


 ――僕がそんな馬鹿なことを考えたその時だった。


 ――ズドォォオオン!!!


 嫌な予感がする。

 今日は運が悪いみたいだ。

 いや、運っていうのは普通は良かったり悪かったりするものか。


「……はぁ、やれやれだよ」


 そう言いつつ僕は、砂漠に出現した魔物に向かってため息を吐く。


 出現したのは巨大蚯蚓ジャイアントワーム。いつのまにか僕は巨大蚯蚓ジャイアントワームの縄張りの上を通ってしまっていたようだ。

 僕はこいつが苦手だ。

 竜のように硬い鱗が物理攻撃や魔法を遮ってしまうんだよね。攻撃手段はないと言っても過言ではない。


 以前迷宮で巨大蚯蚓ジャイアントワームと戦ったときにも僕はわざわざ飲み込まれて攻撃しなくてはならなかった。

 飲み込まれるときはさすがに怖かったよ。

 だれだってそうだとは思うけどね。

 一番辛かったのは飲み込まれる瞬間だった。

 巨大蚯蚓ジャイアントワーム、あいつは何を食べたらそうなるのかはよくわからないけど、とても臭かった。

 しかも胃液で溶かされかけて本当に危なかった。

 魔力抵抗値を鍛えておいてよかったと心から思ったよ。

『備えあれば憂いなし』

 今の状況はこれに近いと思うんだ。

 三雲さんがこんな言葉を使ってた気がする。気がするだけなんだけど。

 話が脱線したね。

 僕は魔力抵抗値を鍛えておいたお陰で巨大蚯蚓ジャイアントワームの胃液にとかされずにすんだ。鎧はちょっと溶けちゃったけどね……。

 僕は聖教教会のクリフさんにもらった聖剣で巨大蚯蚓ジャイアントワームの内部からぐちゃぐちゃにしてやった。

 血の量が多く臭いも強く鼻が曲がりそうだったよ。


 話を戻す。


 眼前の巨大蚯蚓ジャイアントワームが僕を睨み付けてくる。

 僕のことを獲物として認識したようだ。

 僕は聖剣を腰の鞘からゆっくりと引き抜く。

 以前戦ったときの僕はもういない。

 ユニークスキル【勇者】はエクストラスキル【聖騎士パラティンナイト】に進化している。

 魔力保有量は爆発的に上がったし、身体能力なんて、別人と思われてもおかしくないようなバグレベルの上昇を果たした。


 巨大蚯蚓ジャイアントワームがゆっくりと僕に近づいてくる。

 僕は腰を落とし、巨大蚯蚓ジャイアントワームの頭が近づいてくるのを待つ。


 二分ほどした頃。

 唐突に巨大蚯蚓ジャイアントワームが動き出した。

 蚯蚓とは思えないようなありえない速度で迫ってくる。


「――うおっとっ!!」


 僕は慌てて回避行動をとる。

 巨大蚯蚓ジャイアントワームの大きな口が僕が一瞬前まで僕がいた場所をすさまじい勢いで通りすぎる。


 ――危なかった。


 一瞬でも行動が遅れていたら飲み込まれていた。

 いや、飲み込まれても問題ないんだけど、これ以上僕の鎧を溶かされちゃ敵わない。修復するの、結構大変なんだぞ? 他のノーマルスキルに比べて【錬成】は扱いづらいんだよ。


 僕は巨大蚯蚓ジャイアントワームにカウンターを叩き込もうと聖剣を素早く振る。

 ――が。

 僕の聖剣は巨大蚯蚓ジャイアントワームに命中することはなかった。

 なんと巨大蚯蚓ジャイアントワームは勢いを殺さずに砂漠の砂に潜り込んで隠れてしまったようだ。


「面倒だなぁ……」


 思わずため息を吐く。

 次の瞬間、地面が小さく揺れたかと思うと、足元から巨大蚯蚓ジャイアントワームが先程と同じような勢いで飛び出してくる。


「――うわあっ!!」


 間一髪で巨大蚯蚓ジャイアントワームを避けた僕は聖剣を砂から出てきた巨大蚯蚓ジャイアントワームに向かって力一杯切りつける──が、僕の聖剣は巨大蚯蚓ジャイアントワームに命中することはなく、むなしく空を切る。


 ――これ以上時間をかけると体に負担が……!


 脱水症状で英雄が死んでしまうようなことは避けたい。

 そうなったが最後、僕は一生この世界で笑われ続けるだろう。


 ――負担が大きいけどやるしかない。


 僕は聖剣を腰の鞘へと戻し唱える。


「『黒玉』」


 僕は無詠唱で重力魔法で重力に干渉し、頭上に黒い星を出現させる。

 この魔法、『黒玉』は重力魔法と言うより、空間魔法に近いと僕は思う。



 この黒い星に近づくとどんなものでもこの小さな黒い星に吸い込まれて消えてしまう。

 まぁ簡単に言えばブラックホールだね。

 因みにこの黒い星、吸い込むことだけでなく、吐き出すことも可能。

 もとの形のまま吐き出すってことにはいかず、ちょっとバラバラになっちゃうけどね……。吸い込んだのが生き物だと、かなりグロテスクだから僕は極力見ないようにしてる。


 僕がこの小さな黒い星――ブラックホールに吸い込まれない理由は、僕が自分に隔絶結界を張ったからなんだ。

 この隔絶結界は、対象をある程度の大きさの球体で包み込み、その包み込んだ対象の存在した空間を隔絶――誰もいないような全く違う空間に移動――する。

 この隔絶結界のお陰で僕は小さな黒い星の重力を受けない。


 僕が小さな黒い星──ブラックホールを出現させた瞬間、巨大蚯蚓ジャイアントワームが僕を狙って飛び出してくる。


 ――かかった。


 巨大蚯蚓ジャイアントワームは小さな黒い星の重力に引っ張られ、だんだんとその巨体が持ち上げられていく。


 僕は隔絶結界が剥がれないように必死で魔力を送る。

 自分でも制御ができないけど、物理攻撃や魔法が通じない以上、こうするしかなかった。というか、これ以外の方法を考える余裕がなかった。もうちょっと余裕を持ちたいね……。

 巨大蚯蚓ジャイアントワームが小さな黒い星に引っ張られ、余裕が出てきた僕はそんなことを考える。


 そうしている間にも、巨大蚯蚓ジャイアントワームばずるずると小さな黒い星に引き上げられていき、二分ほど耐えたあと、諦めたかのように抵抗をやめ、僕の作ったブラックホールに飲み込まれた。


「――はぁ〜〜〜〜〜〜〜」


 僕は大きくため息を吐き、隔絶結界に注いでいた魔力の供給をやめ、結界を解いた。


 結構な量の魔力を使ってしまった……。

 重力魔法しか巨大蚯蚓ジャイアントワームを退ける手段がなかったのだから仕方ないんだけど、もっと攻撃手段を増やさなきゃね……。

 重力魔法はそう何回も使える訳じゃない。一回一回の魔力使用料が尋常じゃないからね……。


 そんなことを考え、僕はさっきブラックホールにて吸い込んだ巨大蚯蚓ジャイアントワームの処理について考える。


 ――なんで吸い込んでしまったんだ……。


 そこらに巨大蚯蚓ジャイアントワームの死体を捨てるわけにもいかないし……。かといって素材を買い取ってくれるところが近くにあるわけでもないし……。

 放置してもいいんだけど、それではブラックホールの容量を超えたときのことを考えると……いや、考えたくもない。


 しばらく考えたあと、僕は決断した。

 売る場所はないし、捨てるわけにもいかないので、一旦ブラックホールに放っておこう。

 

 そう考え僕は巨大蚯蚓ジャイアントワームの消えた砂漠を歩き始める。


 次の町で高値で売りさばいてやる。幸い、小さな黒い星に吸い込まれている状態だと、食べ物などが腐ることはない。ばらばらにはなるけど……。

 ここが、重力魔法と空間魔法との違いだと思うよ。



「……三雲さん、待っててね。必ず……必ず追い付くから」


 僕は何処かで生きているはずの三雲さんにそう願った。

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