第32話 機械人形(妹)は逃げ出さない

 茉莉がオアシスに突然現れた巨大蛙ジャイアントトードを倒して10日が経過した。

 あの日以来、茉莉には心が消えたように私には思えた。

 その証拠に茉莉はもう笑わなくなった。


 呼びかけると返事はするが、何処か上の空な様子で返事を返す。

 大丈夫かな……?

 茉莉のことを心配して気遣ってあげることしかできないのが辛い。

 心の支えになりたい。どうすれば……。


「茉莉、出発しますよ」


 モントが空をぼんやりと眺めていた茉莉に言った。

 茉莉はモントの顔を一瞬見て、また空に視線を戻しこう言った。


「……そうだね」


 そう言って茉莉は立ち上がる。

 自覚があるだけマシだと思いたい。

 心神喪失とかいう厄介な心の病気に掛かってしまうと、いくら茉莉でも立ち直れなかったかもしれないから。

 

 雪姫が茉莉の手を引いて歩いていく。

 街で馬車を買ったから、次の町へは早く着くと思う。次は街じゃなくて聖教教会なんだけどね。モントが言ってた。モントの眼、どうなってるんだろうね、本当に。


 私は馬車に先に乗り込み、あとから上がってくる茉莉を引っ張り上げる。

 そのときに茉莉の瞳をみてみたが、その瞳には今までのような光は灯っておらず、むしろどす黒く濁っているようだった。

 私は元に戻して上げたくて毎日、何回か茉莉に話しかけている。なんとか元に戻ってくれたら……ついでに私のコミュ症が治ってくれたら……なんて思った。

 しかし、話しかけてもまともな返事は返ってこないので、効果があるのか確かめようもない。

 茉莉に教えてもらった、『のれんに腕押し』『糠に釘』という言葉が思い浮かんだけど、今の私にはその言葉があっているかもしれない。

 こんな時にの茉莉の笑顔が思い出される。苦しいよ。


 茉莉が馬車に乗り込み、その後にモントが乗る。

 雪姫は私よりも先に乗り込んで眠っている。まだお昼なのになんで寝れちゃうか不思議。

 私は茉莉にもらった魔力貯蔵鉱石を握りしめる。


 街の人たちが、私達の出発を聞きつけやってきた。


「街を救っていただき本当にありがとうございました」


 そう言って代表らしき人が頭を下げる。


「いえいえ、大丈夫ですよ」


 モントが代表らしき人に言う。

 茉莉が戦ってる間に、オアシスに浄化魔法をモントが掛け続けてたからしばらくこの街は安全だと思う。


「定期的に浄化魔法は使用してくださいね。そうですね……一ヶ月に一度のペースで大丈夫なはずです」

 

 さすがモント、この街の魔法使いに浄化魔法を教えていたとは。行動が早い。


「何から何までありがとうございます……」


 代表がモントに言う。

 

「いえ、当たり前のことをしたまでです。ではそろそろ」


 そう言ってモントは馬に合図を送る。手綱がなくてもモントは運転はできる。モントは動物と仲良くなるのが得意だからね。

 魅了系の魔法を使っていると教えてくれた気がする。私も使えるかな? 今度モントに教えてもらって茉莉に掛けてみようかな。もしかしたら治るかも。

 ――いやそれは無理か。魅了系の魔法で治っちゃうならモントはもう茉莉を元に戻せてるもんね。


 そんなことをボーッと考えていると馬車が動き出す。


「茉莉、胡桃、揺れるので気をつけてくださいね」


 モントが私と茉莉に言う。


「……うん」「わかった」


 こうして馬車は聖教教会――茉莉がこの世界に来たときに転移してきたところ――に向けて走り始めた。



 モントによると、一ヶ月はかかるらしい。

 それまでに茉莉が元に戻ってくれるといいけど……。

 茉莉のことを考えながら、茉莉に寄り添って眠りについた。



 ――ドオォォォォォォオオオン!!




 突然の衝突音に私は眼を覚ます。嫌な予感がした。

 雪姫も隣で眼を覚ます。

 茉莉は何が起きたのかわかっていない……いや、理解することをやめようとしている。

 茉莉らしくなく、みていて苦しい。


 「巨大蚯蚓ジャイアントワームです! 二匹います!」


 運転席のモントが叫ぶ。どうやら、気づかないうちに巨大蚯蚓ジャイアントワーム支配領域テリトリーに入ってしまっていたようだ。

 巨大蚯蚓ジャイアントワームは以前迷宮で、茉莉が苦戦していた相手。なにせ魔法が通らないのだ。

 また飲み込まれなくてはならないのか……。

 これからのことを考え嫌な気分になっていると、わたしの心を読んだかのようにモントが言う。


「大丈夫ですよ胡桃。紫陽花で思いっきりやっちゃってください」


 ほんとうに大丈夫なのかな……?


「……モント、鱗が固くて、攻撃、通らないんじゃ――」


 そう。あの巨大蚯蚓ジャイアントワーム蚯蚓みみずのくせにドラゴン顔負けの攻撃だけでなく魔法すらも通さない分厚い鱗を持っているのだ。

 私たち機械人形ももっと機械らしく強靭な皮膚が……皮膚が……い、要らない……! 茉莉にほっぺたむにむにしてもらえなくなっちゃう。それだけは嫌だ。


 私の言葉がモントによって遮られる。


「胡桃の紫陽花には確か、【蚯蚓殲滅ワームキラー】が付与エンチャントされていますたよね?」


「……う、うん、付いてるよ」


「その【蚯蚓殲滅ワームキラー】があれば、巨大蚯蚓ジャイアントワームの硬い鱗でもたやすく貫くことができるはずです」


 茉莉、なんでこんなに強いスキルを付与しちゃったんだろう。まさか、こうなることを予測していた……わけないか。茉莉だし。

 

 ということで私は紫陽花を構える。

 

「……モント、巨大蚯蚓ジャイアントワーム、ひきつけて、くれるかな」


「お安い御用です、やっちゃってください」


「雪姫、茉莉のそばに、ついててあげて」


「りょーかいっ!」


 雪姫が元気よく返事をする。

 私は雪姫の返事を聴き、固有スキル【隠密】を発動する。

 私の体はこれで巨大蚯蚓ジャイアントワームの視界から消えたはずだ。



 このショードルという国は殆どが砂漠で、魔力も分散されてしまうため、長く使うことはできない。そのため、今私が発動した隠密も完全に巨大蚯蚓ジャイアントワームの視界から逃れることはできていないと思う

 さっさと殺らなければこちらが殺られてしまう。



 私は砂漠を走り始める。当山走ったところには足跡が付くが、巨大蚯蚓ジャイアントワームは気づかない。私達は巨大蚯蚓ジャイアントワームにとっては塵のような存在だ。ちょっと極端過ぎた。


 私は巨大蚯蚓ジャイアントワームの鱗に紫陽花を思い切り差し込む。


 以前迷宮で戦ったときとは別の魔物と思えてしまうほど鱗が柔らかく感じられた。

 そして私の紫陽花が巨大蚯蚓ジャイアントワームの鱗に突き立てられる。

 感触はスライムに攻撃したときのものに似ている。気持ち悪くない。かと言って気持ちいいわけでもないんだけどね。

 突き立てた紫陽花を抜かずに、そのまま走りまわって切断しにかかる。これで胴体がちぎれて真っ二つになってくれると楽なんだけど、胴体が大きいしそれは無理かな。

 私が紫陽花を突き刺したままはしりはじめると、巨大蚯蚓ジャイアントワームはこちらにやっと気づいたようで、紫陽花を引き抜こうと体をくねらせる。

 もちろん私は紫陽花を離すわけには行かないので仕方無しにそのまま抜けないように抑えこむ。

 体をくねらせたときの激しい動きで紫陽花がどんどん食い込むのがわかる。

 やがて動きが止まった。まだ生きている。

 鱗があってよかった。掴まるのが楽で振り落とされずに済んだから。

 私は動きが止まっているこの隙に紫陽花を引き抜き鱗にどんどん傷をつける。

 巨大蚯蚓ジャイアントワームは時々体をくねらせるだけでなぜか反撃してこない。

 

 そして私の紫陽花が鱗を貫いた。鱗の下は内蔵に直結しているらしく、臓器らしい生々しいものが視えた。

 私は体に侵入し、その臓器らしきものに刃を突き立てる。

 その瞬間大量の血が吹き出してきたが、魔力結界で自身の体を覆って体を守る。茉莉に買ってもらった服が汚されて真っ赤になっちゃったら、私は軽く三日間くらい泣き続けてしまうかもしれない。

 

 屋がてえ内蔵から大量に血を吐き出した巨大蚯蚓ジャイアントワームは頭から崩れ落ちる。

 その寸前で私は体内から脱出することができた。本当に危なかった。閉じ込められたとしても、切り開いてでも脱出するからいいんだけど。


 そして私は二匹目の巨大蚯蚓ジャイアントワームに狙いを定める。

 こちらはモントがいろんな結界で気を引いてくれていた。本当に助かる、ありがとう。

 


 隠密はもう要らない。どうせ一対一だし。

 そう考えた私は隠密を解除する。


 巨大蚯蚓ジャイアントワームは突然現れた私に驚いたらしい。警戒するように私のことをジロジロみてくる。気持ち悪い。魔物にジロジロみられて気持ちいいとかいう人は普通いないよね。


 私は唐突に走り出す。

 巨大蚯蚓ジャイアントワームは凄まじい判断能力か、魔物の勘で地中に潜る。恐らく後者だと私は思う。もっと殺気をひそめる訓練をしなきゃ。

 とにかく、土に潜られてはどうしようもない。

 

 と、思った次の瞬間、私の真下からさっき地中に逃げた巨大蚯蚓ジャイアントワームが大きな口を開けながら飛び出してくる。咄嗟の判断で私はそれを回避することに成功した。再び潜られる前に決着をつけよう――。

 そう思って着地したときにはすでに巨大蚯蚓ジャイアントワームは地中に姿をくらましてしまっていた。

 なんだろう、この胸の奥からこみ上げてくるもやもやは……。


 再び、唐突にさっきと同じように私の真下から口を開け、私を飲み込もうと巨大蚯蚓ジャイアントワームが飛び出してくる。歯がないから呑まれても安心だけど、呑まれないのが一番だよね。臭いし。

 私はギリギリで交わすことに成功した。今度こそ、と思い走り出そうとしたが、巨大蚯蚓ジャイアントワームはもう潜ってしまっていることに気がついた。

 埒が明かない。

 全く、面倒なやつだ。茉莉、飲み込まれていたとはいえよく倒したよね。


 私は地面に意識を集中させる。

 

 微かに地面が揺れているのがわかる。巨大蚯蚓ジャイアントワームが移動しているんだろう。


 揺れては止まり、また揺れ始める。


 だんだんと近づいてくる。


 巨大蚯蚓ジャイアントワームの気配をハッキリと感知できた。


 もう少し。


 まだ。まだ。まだ。


 あとちょっと……。


 ――来る。


 私は体を5メートルほど横に飛んで移動した。そうしなければ巨大蚯蚓ジャイアントワームに飲み込まれてしまうから。

 私の感知能力が高くてよかった。茉莉に感謝しなきゃね。

 

 私が横に移動した瞬間、さっきまで私が立っていた場所に巨大蚯蚓ジャイアントワームが現れる。

 その瞬間、私は紫陽花を力いっぱい横に振り抜く。

 衝撃が生まれ、巨大蚯蚓ジャイアントワームの巨大な体を貫通する。


 巨大蚯蚓ジャイアントワームは真っ二つになった。そして絶命した。

 遅れて血の雨が降り注いだ。

 私は魔力結界で服を守る。

 

「やりましたね、かっこよかったですよ、お疲れ様」


 そう言って、モントが歩いてくる。


「モント、ありがとう……結界、ないす」


 茉莉と雪姫が狙われなくてよかった。

 雪姫だけじゃ心細かったから。



 私は浄化魔法をモントにかけてもらい、土や、少し服に付いてしまった返り値を落とす。少量でよかった。真っ赤になってたら絶対落ちなかったし。


 

 体を浄化し終えた私達は馬車に乗って聖教教会を目指して馬車を走らせた。


 茉莉の眼に光が戻ってくれることを祈りながら。

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