心歪能力者は狂い舞う
@tetometo
第1話 プロローグ
「やっぱりお前ら、最近増えてないか?気のせいか?」
民家から漏れる明かりが1つも見えないほどの深夜。不安定に点滅する街灯と、自分の足音だけが存在する世界を、少年―――
「今更だが、お前らってなんなんだろな。今んとこ最有力候補は幽霊なんだが……確かめようがないからなぁ」
もし、今の状況を他の通行人が見たならば、黒天が独り言を喋っているように見えただろう。
しかし、黒天の視界には確かに話しかける相手が存在していた。黒天にしか見る事の出来ない相手が。
……もっとも、返事が返ってくる事を期待しているわけではないので、独り言には違いないのだが。
「仮に幽霊だとして、なんでお前らが俺にだけ見えてるのかだが……実は俺の
そう呟いた黒天は、自分の肩に乗っている小さな《ヤミ》を指先でつついた。
黒天が《ヤミ》と呼ぶその相手は、薄く赤色に発光するクリスタルを中心に、小さな漆黒の粒が集まって饅頭の様な姿をとった物体である。
黒天の肩に乗っているのは饅頭のような形をしているが、周りを見渡せば子猫等の動物の姿をしている物や、小さな人間のような形をしている物もいる。
中々に人懐っこい奴らで、黒天が近づくとベッタリと張り付いて離れなくなる。あまり張り付かれると動きづらいので、大勢に集られた時は全力で逃げるが。
「まぁ、心歪能力者になったら日常生活をおくれなくなるから、違った方がありがた―――ッ!?」
《ヤミ》相手に、返事を期待していない独り言を漏らしながら歩いていた出足が止まった。
突然襲い掛かって来た嫌な予感が黒天の心臓をギリギリと締め付けて、身動きが取れない。
ビデオの一時停止ボタンを押されたように硬直していた黒天だが、曲がり角から現れた
(ヤバイヤバイヤバイ。あれはヤバイ!!)
角から
ただし、その大きさが圧倒的なまでに違う。
片や黒天の肩にチョコンと乗る程度。片や一軒家に負けず劣らずの巨体。
仮に、黒天の背後から迫る巨体の《ヤミ》が黒天の肩に乗ったならば、黒天はペラペラに圧縮されることだろう。
「っ、はぁ……はぁ……はっ!」
(走れ、動け、逃げろ!)
月明りの無い夜道を、脇目もふらずに全力で駆ける。
ペース配分など考えていない全力疾走に、黒天の脇腹がズキズキと痛みを発して表情が歪むが、それでも速度を緩めずに力を振り絞る様に足を前に進ませる。
後ろを振り返らずとも、心臓を鷲掴みにする冷たい予感が、直ぐ背後にまで危機が迫っている事を訴えているのだから。
「っ!かはっ!」
死物狂いで足を前に進ませていた黒天だが、突如襲った背筋を這い上がる
急な方向転換に、踏み切りに使った右足がミチミチと嫌な感触を訴え、受け身も取らずに壁にぶつかったせいで、肺から貴重な酸素が絞り出されたが、直前まで自分がいた場所を飲み込んだ《ヤミ》の津波には飲まれずに済んだ。
(死にたくない死にたくない死にたくないッ!)
《ヤミ》が、黒天を飲み込むために伸ばしていた体の一部を戻すと同時に、黒天はフラフラと立ち上がる。
全身を襲う痛みと理不尽で唐突な状況に視界が歪むが、黒天の意思とは関係なく、体は死なないための最善手を。全力での《ヤミ》からの逃走を再開した。
「ふひっ……フハっ!」
(死にたく、ない……死ニタくなイッ!)
命からがら角の向こうに飛び込んだ黒天は、言葉にならない慟哭を叫ぶも、全ての人間が寝静まった真夜中に、答えてくれる者など誰も居ない。
「んむぅ……?この辺じゃったと思うんじゃがなぁ……」
誰も居ない……はずだった。
「ッ!た、たす……!たすけ……!」
「うぉ。なんじゃ小僧。レディーにいきなり後ろから抱きつくなど、失礼にも程があろう」
その人影が視界に入った瞬間。黒天は恥も外聞も無く
すげなく振り払われてもなお、それこそが生き残るための最善手であるかのように、目の前に垂れてきたか細い
「さては欲求不満か?積極的な男は嫌いじゃないが、小僧はわしの守備範囲外じゃ。他を当たれぃ」
「たすっ……!たすけっ、死にたくないっ!」
「……ほぅ?」
呼吸するだけでも辛い中、なんとか絞り出した声は掠れて途切れて、正しく少女へと届きはしなかっただろう。だが、這い蹲る黒天を見下ろす少女の目は明らかに変化していた。
「いいじゃろう。ぬしを助けてやっても良い。じゃがな小僧、仕事には対価が必要じゃ。己の命を救うのに値する対価……ぬしに払えるか?」
「払う……!生き残れるなら、なんでもっ!」
具体的な対価の内容も決めず、後先も一切考えずに、黒天は白紙の小切手を少女に差し出した。
だが、黒天を愚かだと決めつける訳にはいかないだろう。なにせ、ここを生き残らなければ、黒天には『後』も『先』も存在しないのだから。
「良かろう!ここに契約は成った!対価の件。ゆめゆめ忘れるでないぞ」
力強く宣言をした少女は、黒天が飛び込んできた曲がり角へと足を進める。
改めて少女の全身を見た黒天は、少女のあまりの小ささに驚いた。
少女の服装は、芝居がかった古めかしい言い回しにピッタリな簡素な着物であったが、その服装や大きな態度とは裏腹に、少女はランドセルが似合いそうなほどに小柄で幼く、この状況で全てを託すには相応しくないように思える。
「ふんっ。《
しかし、黒天が何かを口にする間もなく、《ヤミ》が家屋の向こうから現れた。
黒天ですら容易く圧殺できるであろうその巨体の前に、小さな少女はあまりにも無力に見えた。
だが……黒天に纏わり付いていた死の予感は、綺麗さっぱり消滅していた。
「わしの敵では無いのぅ」
少女に《無形》と呼ばれた《ヤミ》が攻撃を始める前に、ダンッ!と、響く音を残して少女の姿が消える。
「『縮地』。からの『発勁』!」
一瞬で《無形》の目前まで移動していた少女が、そっと右手を《無形》に触れさせると、少女の足元に巨大なひび割れが生まれ、《無形》の巨体が大砲の一撃でも喰らったからのように、少女が触れていた部分を中心に千々に吹き飛んだ。
「ふん。たわいもないのぅ。わしの相手をしたければ、最低でも《
時間にしてほんの一瞬。瞬きする間に、黒天を死の淵まで追い詰めていた《無形》は、この世から消滅した。
それを成した少女は、汚いものにでも触れたかのように右手をプラプラさせるだけで、汗の1つもかかずに息の1つも乱れていない。対する黒天は、顔中から色んな体液が溢れ、息も服も乱れ放題のヨレヨレである。
おまけに、命が助かった安堵からか、直前まで死にものぐるいで走った反動か、体が鉛になったかの様に重く、満足に立ち上がることも出来ない。
―――格が違い過ぎる。
もはや同じ人間として扱うのも躊躇う程に、黒天と少女では生物としての格が大きく違っていた。少女の実力ならば、黒天を小指一本で殺す事さえ可能であろう。比喩表現を使うまでもなく、言葉の通りに。
そして、黒天は目の前の圧倒的強者に、大きな借りを作った直後である。その返済期限は、小柄な少女の姿でもって黒天の目の前へと歩み寄ってきた。
「さて、小僧。わしは契約に従い、ぬしは命を拾った。次はぬしが対価を支払う番じゃ。相違ないな?」
「……はい」
同じ護衛を雇うにしても、レベル10の護衛とレベル20の護衛なら、当然レベル20の護衛の方が護衛料は高いだろう。
ならば、目の前に居る。レベル100を突破してそうな少女が求める報酬とはいかほどなのか……。
踏み倒す気も、踏み倒せる気もないから、せめて分割払いにさせて貰えないかと、黒天が逃避気味に考えていると、ニヤリと口の端を吊り上げた少女が、黒天に求める対価を口にした。
「小僧。わしの……
「……はぇ?」
少女……時香が、黒天の命を救った対価に求めたのは、黒天の全て。
この場で落として無くす筈だった
時香の要求は、めちゃくちゃな様で正当で、適正なようで不平等。
しかし、元より拒否権が存在しない黒天が取れる行動は二つに一つしかない。すなわち、『はい』か『YES』である。
「い、YES……」
「うむ。では、わしはここにおるのでな。明日の夕暮れぐらいに荷物を纏めてくるのじゃ」
でわの。と、言い放った時香が、未だに起き上がれない黒天にメモを一枚握らせると、後は関係ないとばかりに歩き去っていく。
(……いやいや『でわの』じゃねぇよ!助けるなら最後まで助けろよ!てか、来いって何処にだよ。荷物を纏めろってなんだよ?何を持ってけばいいのか詳しく教えてくれませんかねぇ!?今放置されても連絡先も知らないんだぞ。むしろ互いの名前すら知らないよな?あっちは一回名乗った気がするけど覚えてねーわ!もっと分かりやすい名前にしろ!そもそも名前も知らない男に『わしの物になれ』って意味分からんし、それ以上にあの怪力の方が意味分からんけども、てか、《ヤミ》が見えてたし触れてたし、喋り方も一人称も意味分からんし、のじゃロリ目指すなら完遂しろよ。中途半端が一番ダメなんだよ。顔はちょっと可愛かったけど、設定がぶっ飛びすぎてて素直に受け入れられねぇよ、一人だけ世界観間違えてんだよ!!)
脳内を駆け巡る多数の
「……このぶっ壊れた地面どうすんだよ……」
クレーターのように凹んでひび割れた地面と、その近くに座り込む少年。隕石でも落ちてきたのかと疑う光景だが、隕石の方がリアリティがあるのだから笑えない。
少なくとも、説明を求められても相手を納得させられる自信が無い黒天は、近所の人が見に来る前に撤退するために、力の入らない腕で体を引き摺って逃げる事に決めた。
……無駄な努力であることを薄々悟りながら。
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