第2話 事件は既に起きていた
銀色の柱の上にある時計の針は二時五分を指している。
デートに遅刻か。まぁ、東校の生徒なら五分や十分の遅刻は当たり前だろう。
というか、真咲に乗せられて来たものの、すぐに本人じゃないってバレるんじゃないか? それでもバレないようだったら、別れさせた方がいい。一応、あれでも自分の姉だ。自分の彼女と違う人間が分からないような人間と付き合わせているわけにはいかない。
それにしても……。さっきから、チラチラとこっちを見てくる目線を感じた。目線の主は僕が来る前からいる女の子で、スマホをあごの辺りに両手で持っている。
僕もちらっと見てみると結構可愛い。何となく小動物を思わせる小ささで、目がくりくりしている。髪は肩まで。
彼女も誰かと待ち合わせか。そう思っているとその彼女に話しかけられた。
「あっ、あああ、あの!」
声がすごく震えている。手に持っているスマホも震えていた。
「ご、ごめんなさい!」
「はい?」
ベコーっといきなり公衆の面前で頭を下げられた。
「どっ、どうしたの? ていうか、誰?」
彼女は泣き出しそうな顔を上げる。
「そうですよね。びっくりしますよね。私、江藤くんです」
「え、江藤くん??」
しかし、スマホの画面で見た江藤くんとは似ても似つかない。
「あ! 妹さんとか?」
僕と一緒で兄の身代わりに。すぐに彼女は首を横に振った。
「違います。私は鈴城カナデと言って、江藤くんは、えーと、私の友達なんです」
「???」
訳が分からない。もはや江藤くんは誰なのか。架空の人物なのか。とりあえず、確定していることといえば。
「とにかく江藤くんは来ない?」
「……はい。実は真咲ちゃんが江藤くんだと思っていたのは私なんです」
「はぁ??」
未だに訳が分からず僕の口からは生返事しか出てこない。
ったく、真咲のやつ。彼氏じゃないなら、彼氏じゃないっていえよ。デートかと思ったじゃないか。いや、本人だけはデートだと思っていたかもしれないけどさ。
僕と彼女、鈴城カナデは移動して、駅にあるコーヒーショップに来ていた。ふかふかのソファ席で待っているとお詫びと言ってカナデが飲み物を買ってくる。
「お待たせしました」
「あ、ありが……」
僕は言葉を失った。カナデが買って来たのは生クリームたっぷりの甘い甘ーいやつだったからだ。
「真咲ちゃん、これ好きだって言っていましたよね。私も好きなんです」
満足そうにカナデは言う。確かにこれは真咲の好物だ。だが、僕の好物ではない。むしろ甘いのはすごく苦手なんだ。しかし、じーと見てくるカナデ。僕は仕方なく、ストローに口をつけ一口だけ飲んだ。ぎこちなく笑みを浮かべる。
「うん。美味しい」
「よかった」
泣き出しそうだったカナデも随分落ち着いた。
「えーと、なんだっけ。カナデが実は江藤くんだった、ってどういう意味?」
結局僕は意味が分かっていない。
「そのままの意味です」
「え、えーと……」
こっちも実は真咲じゃなくて弟の真尋だと言えたらどんなに楽だろう。だが、僕はいくら知らない女の子だからって女装趣味の男子高校生だとは思われたくない。
「あ。これを見たらすぐに分かりますよね。これが私なんです」
カナデは僕にスマホ画面を見せてきた。そこにはSNSのトーク画面が。
真咲『今度の日曜日、オフ会しない?』
江藤『オフ会と言うと直接会うんですか?』
真咲『そ。せっかく仲良くなったんだから会おうよ』
真咲のやつ、随分強引に……。じゃない。
「つまり」
僕はスマホ画面を指さしながら、カナデの顔を見比べる。
「この江藤くんです」
江藤くんはある意味、架空の存在だった。SNS上でカナデが演じていたのが江藤くんだったのだ。真咲はその江藤くんとメッセージをやり取りしていた。
「本当に申し訳ないですけど……。せっかく仲良くなったから、今日は謝りに来たんです」
謝ってくれるが、こっちも真咲本人じゃないんだけど……。
とにかく事情を聞いてみる。
「なんでまた。そんなことを?」
「私、東校で。入学したら女の子の友達が全然できなかったんです」
「あ。あー……、女の子少ないんだっけ」
何となく納得した。東校の校長が入学志望者をアップさせるためとかなんとか言って、男女共学になったのが一昨年。不良のたまり場と知られている元男子校に入ってくる女子はやはり少なく、未だに男女比9対1だとかそれよりもっと比率が低いとか聞く。
カナデはスマホを触りながら続ける。
「高校に入ると同時に引っ越してきたんですけど、元男子校だとは知らなくて。それでSNSを使って他校の子と仲良くなろうかなって言ったら、江藤くんが変な男が関わってきたら大変だろうからって写真を使わせてくれたんです」
「そっか」
僕は他人事のように返事をする。実際他人事だけど。
「直接会おうってなったら気づいたんです。よく考えたら相手の女の子の方は私のこと仲良くなった男の子だと思って話していたんだって。私、真咲ちゃんのこと、騙していたんだって。ごめんなさい!」
「あ、いや、大丈夫だから」
よく考えなくても分かることだ。この子、ちょっと頭のネジが緩いのかもしれない。
「でも、真咲ちゃん、そんなにおしゃれしてきて。写真とはまるで別人みたいに」
僕はぎくりとする。別人みたいじゃなくて、別人だ。
「そ、そりゃ、休みの日ぐらい、真咲だっておしゃれするよ」
実際には漫画を描くのに追われて、そんな姿はみたことないが。一応、会うための服は買い込んでいた。
「とにかく、もう気にしてないから、そんなに謝らないで」
真咲だってこんだけ謝られたら許してあげるだろう。
「あ、ありがとう……」
うるうるとした目で見られると仕方ない奴だなって初対面でも思ってしまう。
「まぁ、もう今後はしないことだね。それじゃ」
僕はこの辺で。と立ち上がって言おうとしたら、服の袖を引っ張られた。
「あ、あの。友達にはなってくれないのですか。私、本当に女の子の友達いなくて。しかも、真咲ちゃんぐらい気の合う子って中々いないんです」
「あー……」
これには僕は返事が出来ない。真咲本人じゃないと。まぁ、ダメとは言わないとは思うけどさ。僕はいったん席に座る。
「とりあえず今日は付き合ってあげる」
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