顔の見えない探偵・霜降

秋雨千尋

鮮血のカマイタチ事件

プロローグ

 柔肌にナイフを突き刺す。

 幾度も繰り返し、原型をとどめぬ程に。

 抜く度に血が飛び散り、付近の草の色を変えていく。


 ふと聞こえる話し声。

 瞬時に屈むと、飲み会終わりの男性二人が酔いに身を任せ、笑いながら去って行く。


 カマイタチは胸をなでおろし、仕上げに取り掛かる。

 血をインクに綴る手紙。

 凶器を用いて、それを木に縫い止める。


 発見するのは、願わくば

 あまり優秀ではない探偵が望ましい。



 何食わぬ顔で現場を立ち去る。

 後始末はそう大変ではなかった。帰宅後、探偵ランキングを上から見ていくと、風変わりなプロフィールを見つけた。


『※先天性の脳障害持ち。

 依頼人の顔を認識出来ませんが、どんなご相談でも精一杯務めさせて頂きます』


 顔を認識できない?

 奇妙な探偵がいたものだ。カマイタチは笑いをこらえるのに必死だった。

 フリーメールから依頼状を送りつけた。


+ + +


美月みるなの、宝物を、見つけて!」


 週刊誌に目を通していた霜降しもふり探偵は、突如現れた少女に驚いた。


 小学四年年といったところ。

 リボンがあしらわれた、フランス人形のようなピンク色のドレス。

 色とりどりのビーズを散りばめた鞄。ふわふわの髪が、頭の高い位置で左右に分かれてしばられている。


「いらっしゃいませ、可愛いお嬢様」


「かわいい? うそつき!」


「本当ですよ。華やかなお洋服を見事に着こなしています。リボンも髪の色に合っていて」


「ファッションだけ?」


「ハッキリと要件が言える元気さもいいですね、探偵事務所を訪ねる行動力も素敵です」


「変な探偵さん。まあいいか。美月みるなね、ママのお手伝いいっぱいしてるから千円持ってるの!」


「それは凄い! ご依頼をお受けします。失くしたものと、最後に見た場所を教えてください」



 メモを袈裟懸け鞄にしまって現場に向かおうとしたその時、助手の皐月さつきが買い物から戻ってきた。

 場の空気が甘く変わっていく。

 照明が一段明るくなり、枯れかけた花が生き返るような。

 少女は己が目を疑った。


(クラスのレイナちゃんより綺麗)



皐月さつきくん、ちょうど良かった。彼女にお菓子をお出ししてあげて」


「分かりました。お仕事ですか?」


「消えた指輪を探してきます」


 霜降しもふりを見送り、客人の世話をしながらパソコンを起動した皐月は、依頼メールがある事に気がついた。

 急いで外を見たが、姿が見えない。

 電話をかけたら、着信音が事務所の中から響いた。


「また忘れてる! もう、所長ったら!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る