Blood Way

@syusyu101

1-0 Loser

 闇の中、音だけが響く。

 殴る音、切り裂く音、撥ねる水音、漏れる嗚咽。


『キミは悪く無いよ』

『世界がそういう風にできていただけさ、キミはただ、運が悪かったんだ』


 彼女の声が響く。

 ほんの数十分前、ネオンの下、軽い口調の優しい声で語られた、彼女の声。

 その声は、きっともう二度と聞こえない。


 雲の切れ間、月光が射す。


 どこに繋がっているのか分からないパイプ、ガス会社のメーター、スプレーの落書き、寂しげな青いゴミ箱。

 灰色と寒色の世界を、真っ赤な、どろどろとした鮮やかな血が染めていた。

 その中心。

 路地裏の最奥、飛び散る血肉の大本を、少女の形の残骸を抱え、天を仰ぐ人影があった。


「僕には、これしか…」


 月光が射す。

 少年の姿が露わになる。

 地元の高校の制服を着ている。

 至って普通の黒髪で、顔立ちも悪くはないが平凡。

 背格好だって、男子高校生の平均から見ておかしくない。

 異様なのは、返り血に染まった制服。

 そして______異形と化した、その右腕。


 制服を突き破って広がるそれは、蝙蝠の羽根を連想させた。

 手首から生える無数の刃が、その間に鮮血の膜を張って広がり、牙から染み出すように隆起する筋肉が、その背丈ほどもある巨大な異形を支えている。

 特殊メイクだとか、CGだとか、そんなちゃちな物では無い。

 それは異形だ。

 この世に存在しない筈の、いや、存在してはいけない類の、怪物の爪牙。


 異形の右腕で亡骸を抱く、その少年の頬を液体が這った。

 この異様な空間では、それが涙なのか、あるいは血の一筋なのか、まるで判別が付かない。

 けれど、たしかな事が一つ。


「これしか、無いんだよ…!」


 嘆くように叫ぶ少年が、裏切り者ダブルクロスを殺した。

 これは、それだけの物語だ。

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