6章:金太郎と赤鬼の稀代大一番


 「オイお前ら!全員殺せ!」


 僕たちを殴ろうとした鬼が叫びつつまた金棒を振りかぶる。


 落ちてくる鉄塊を紙一重で躱しつつ金棒と共に振り下ろされる手首に刀を滑らせる。


 鬼の皮膚はご想像の通り、矢鱈硬い。まともに刀を刺したら然程刺さらずに抜けなくなる。


 鬼と戦うときには相手に斬らせる。相手の身体の動きに合わせ、ギリギリ刀が掠るようにして刀を固定しておけば勝手に斬られてくれる。


 これが鉄則である。


 「この、俺から血を流させるとは……、貴様タダでは殺さん!」


 手首を少し斬っただけだというのに青鬼はおかんむりだ。


 青鬼なのに顔が真っ赤。


 「プッ。」


 笑ってしまったことが更に青鬼を怒らせた。


 「お前、お前お前お前お前お前お前!!!!殺す殺す。絶対、手足螺旋って飽きる迄拷問してから海に棄ててやる!」


 鬼が突撃してきた。残念ながら怒りで動きに繊細さが無い。


 今度は突撃する鬼の脇腹に潜り込み、脇腹に刃を這わせた。








 「見合って見合って…………はっけよい………のこったのこったのこったのこった!」


 小さな緑色の鬼が木の枝を軍配にして行司をやっていた。


 洞窟の一角、鬼達が酒を片手に騒いでいた。


 「いいぞそこだ。投げろ!」


 「こらえろこらえろ、ホラ、足が隙だらけだ、そこだいけー!」


 鬼の中心に居たのは金太郎と大きな赤鬼。


 二人は地面に書かれた円の土俵の内でがっぷりと組んで相撲を取っていた。






 敵陣ど真ん中。金太郎はいきなり「相撲しよう」とマサカリを投げ出した。


 普通なら好機とばかりに鬼が襲い来るところなのだが、


 どっこい、大きな赤鬼が「俺が相手だ!」と金棒を投げ捨てた。


 鬼とて雅や趣きが無い訳では無い。明らかに人間離れした偉丈夫と赤鬼の滅多に見られぬ大一番。邪魔をしては無粋極まりないとばかりに大人しく見ていた、どころか粗塩土俵廻しと準備して、緑の鬼が木の枝持っての行司役を買って出た。


 大一番を楽しまんと酒や飯が準備され、今正に、世紀の大一番、何の因果か悪戯か、金太郎 対 赤鬼 が行われている最中だった。


 流石の赤鬼、開始早々真正面から金太郎目掛けて突っ込んで行く。


 しかし金太郎も負けていない。正面からそれを受け止め、ずるずるそのまま土俵際……違った!何と受け止めた赤鬼を押し返そうとしていた。


 これには赤鬼驚きを隠せない、観客も大賑わい、鬼を止める人間どころか押し返さんとする人間が居た!


 「のこったのこったのこった!!」


 緑の小鬼は間近でかぶりつきで見つつ、行事を続ける。


 赤鬼が押し返そうとする金太郎を逆に押し込もうと躍起になる。これに負けじと金太郎も押す。


 微動だにしない時間が続く。しかし、そこには退屈や息つく隙は無い。


 真剣そのもの。マサカリと金棒の殺し合いとてこの緊迫は起こせまい。


 酒を飲んでいた観客は呑むのを忘れ、酔いを忘れ、息をするのをさえ忘れ、その勝負に全神経を傾けた。


 目に見えて動かない。しかし、水面下での駆け引き、技の掛け合い、それらが刹那に幾つもの勝負を産み出し、引き分ける。


 ッ、


一瞬、金太郎の足が僅かに、それこそ蟻の一歩分程の少し、




 動いた。




 金太郎も赤鬼も膂力、技量共に最高、頂点、極致、究極、至高。


 しかし、金太郎と赤鬼の違いがその動きを産み出した。


 それは経験。


熊以上の怪物と戦ったことの無い金太郎。


 稽古の相手は全て鬼という正に地獄の修行を経た赤鬼。


 戦いの経験が明らかに違っていた。


 そしてそれは、大きな違いとなって今、勝負に動きを見せた!


 「ぉおぉぉお!!」


  久しぶりに観客が声を、呼吸を、思い出す。


 金太郎が少しずつ、少しずつ、片足が少し浮くようにして少しずつ、少しずつ、


 土俵際に追い詰められていた。


 無双の二人なれば、優劣の差はほとんどない。


 しかし、羽毛一つ分でも差が有れば、同じ無双相手では大きな、致命的な差になる。


 ずるずると土俵際に追い込まれる金太郎。力を振り絞って眼前の赤鬼をどうにか投げ飛ばそうと躍起になっているが微動だにしない。


 そうこうしているうちに金太郎は土俵の瀬戸際、もう後が無い。


このまま負ける?


 (いやだ、オラ、絶対に負けたくない!)


 負けん気。


 経験の差を埋める負けん気が今、金太郎の心の中に燃え上がった。


 「オラァ!」


 後一寸、否、紙一重で負けという所で踏みとどまる金太郎。


 彼は鬼と相撲がしたいと言っていた。しかし、正確にはそうではない。


 (折角の鬼との大一番、どうせやるなら勝ちてえ、負けたくねえ、鬼を負かして天辺に、なりてえ!)


 赤鬼の踵が次の瞬間浮いた。


 少し、ほんの少し、透けるように薄い天女の衣さえ通らないようなほんの少しの隙間程、赤鬼の踵が浮いた気がした。


 「!……!!!!!!!!!!!!!」


 赤鬼の表情が険しくなっていく。


 元々力が入って険しかったが、今のそれは全く違う所から来ていた。


 赤鬼の身体が軽くなってきた。


 違う。


 (浮き、かけている?このワシが?)


 この赤鬼、投げ飛ばすことは今まで喰ったメシの数以上にやってきたが、投げ飛ばされること、どころか足を地面から離されたことさえ無かった。


 (ク・ソ・ゥ、何だコレは?)


 今までかつて経験したことの無い感覚。地に足が付いている気がしない。見えない処刑人に肉を削がれるような感覚が襲い掛かる。。


 (何だこれは?なんだこれは?)


 「ンンンンンンンンンンン!」


 金太郎の手足に力が入る。腕が筋肉で弾け飛びそうだ。おそらく痛みさえあるだろう。


 しかし、力を入れる事を止めようとしない。


 どんどん、今度は赤鬼が浮いていく。


 (何だ何だ?これは、この男は一体?)


 次の瞬間。


 金太郎の腕からバキボキブチベチと大木が折れ、注連縄が千切れるような音がする。


 顔をしかめる金太郎、しかし、痛みをお構いなしに赤鬼を完全に頭上に持ち上げた!


 「ダリャー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 掛け声が洞窟に響き渡り、次の瞬間。


 ドカーン!!


という爆裂音の後、


ドシン


何かが倒れる音がした。






 赤鬼が土俵の外に投げ出され、金太郎もその後に倒れ込む。




唖然としていた行司はハッとした。


 「金―太―郎―!!!!」


 思い出したように勝ち名を響かせる。


観客の鬼達が割れるどころか砕かんばかりの拍手を二人に送った。
































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