3章:人生の終わりの始まり
「危ね!」
サバイバルナイフが布団に振り下ろされる瞬間。身体を捩ってギリギリ躱す。
サク
ナイフが僕の寝ていた布団に深々と刺さる。音はとても静かでサバイバルナイフが床に刺さった音とは思えない。
が、
「よく切れるナイフだっていうのは解った。お宅どちら様?サバイバルナイフの訪問販売か何か?にしては非常識な時間で非常識なセールス方法だぜ?」
虚勢を張って余裕を演出する。如何しよう?
部屋の扉は僕の後ろ。しかし、チェーンを外して、鍵を開けて……。なんて後ろを向いている内に5回は刺せるだろう。あれだけ斬れるんだ。プラナリアでもない限り生存は見込めないな……。
じゃぁ、後ろの台所から包丁か何かを取り出して応戦するか?
止めとこう。我が家の包丁はそこの雑貨屋で買った量産品。どう見たって向こうのナイフは……。
「リバース。だよなぁ。」
リバース。歴史の偉人や有名な架空の人物の伝説、技巧、偉業や能力といった目に見えないものを物質化して特定の人間がその力を再現できるようにした貴重なアイテム。
つまり特殊能力が使われない限りは普通の道具に見える。と思うだろう。
そうでもない。一般人にだって普通のサバイバルナイフとリバースの違いは判る。
理由は分からない。が、見せられた時、リバースだと本能で確信できるのだ。
そして、リバースは大概、普通の道具としても相当高性能らしい。
勝ち目は無い。何より、僕には人間を捌くようなナイフ術ならぬ包丁術は無い。
「詰みかぁ。」
食器用洗剤で目潰し……。ダメだ。洗剤を切らしていた。
月明かりが暗殺者を背後から照らす。暗闇に目が慣れてきた。しかし、暗殺者の顔が全く分からない。
リバースの特殊能力だろうか?
日中にリバース同士の抗争。夜分にリバースの襲撃。
昼間のアレが妄想であったとしても、正直笑えない日だ。そして、笑えない命日だ。
「畜生……。掛かって来い。かすり傷位、歯形くらいは残してやる。」
正面を向いて迎え撃つ姿勢をとる。死の間際に真剣白羽取りの一つくらい出来たらいいな、
そう思いながら右足をそのままに左足を後ろに下げる。
カサ
左足の太ももから音がした。正確にはパジャマのポケットから何かがはみ出た。
迫って来る暗殺者を警戒しつつ何かを取り出す。
?
それ迄の緊張感と必死と諦観と………色々と笑えないこの状況にお似合いのそんな感情を全部「?」で埋め尽くした。
寝る前に見つけた謎の紙片。無造作に丸めてゴミ箱に放り込んだはずの紙片が自分のパジャマのポケットから出てきた。
「なんでこんなものが?」
思わず口に出る。別に誰も答えない。目の前の暗殺者は無言を貫いている。
普通なら捨てたはずの物が懐から出てきたらホラーもいいところだろう。が、今はそんな事が気にならない、一生に一度有るか無いかの珍しい状況に、生きるか死ぬかの状況に居るせいでそれがホラーだとも思わない。
「畜生、こんな紙切れでナイフを相手に出来るかっての!」
捨て台詞を待ってくれた暗殺者はそれを遺言にしてくれたようだ。
ナイフを今度は僕の胸へ向けて突き出した。
紙片を握りしめた手を振り回す。が、無駄だ。そんな闇雲なパンチをナイフはすり抜けるようにして心臓に迫る。
次の瞬間。
僕の胸に冷たい何かが触れるのが解った。
同時に、ナイフを突き出した暗殺者が見えないボクシングの世界チャンピオンの黄金の右ストレートを喰らったかのように派手に窓の方に吹き飛んでいった。
ガシャ―ン
「え?」
何が起こったか分からなかった。止まると思っていた僕の心臓は未だに早鐘を打っている。
僕を殺そうとしていた暗殺者は自分が入って来た窓の方に派手に吹き飛んで外に出ていた。
・・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・あぁ!チャンスだ!
一世一代の好機をうっかり忘れそうになりつつも体は自身の命を一秒でも長く生き長らえさせるために最適解を叩き出し、動く。
チェーンを外し、鍵を開ける。
僕は靴を履くも忘れて外へと飛び出していった。
「何なんだよアイツは!」
月に照らされ、素足で冷たいアスファルトを蹴りながらそんなことを叫ぶ。
僕は別に目立った人間じゃない。特に悪い事をしたわけでも、特に良い事をしたわけでもない。
面白みの無い、何処にでも居る男の人生を辿って来た。
それが今やどうだろう?サバイバルナイフを持った暗殺者に狙われて夜の道をパジャマと素足で走って逃げている。
「一体俺が何したって言うんだよぉ!」
心は半分折れそうになっていた。
吹っ飛んだ暗殺者。窓ガラスを叩き割り、思いっきり吹っ飛んでいった暗殺者が後ろから迫って来ていた。
相変わらず何故か顔が解らないが、もの凄い勢いで追ってきている。サバイバルナイフを片手にしっかりと掴み、もう片方の手も手刀のように広げて機械仕掛けのように走ってきている。
さっきあれだけ吹き飛んだというのに。である。
「畜生!なんだって僕を狙うんだよぉ!」
力の限り走る。身体は夜風で一気に冷え、必死で走る余り喉の奥から血の匂いが漂ってくる。裸足だから足裏が痛い。しかし、そんな事よりも後ろから迫って来る死神から逃げる方が重要だ。
しかし、それだけの事をして、アスファルトを砕かんばかりに素足を思い切り蹴り、遠心力で肩から腕が引き千切れそうに感じながらも、走ったのに。それだけの事をしたのに、努力を踏みにじって暗殺者は機械仕掛け走りで迫って来る。
ラッキーパンチで吹き飛ばしたのはまぐれか何かの悪戯だったのか?どんどん距離が詰められてくる。
残り5m 4m 3m 3.5m 2m 後ろから迫る息遣いが聞こえる。
1.8m 死力を尽くす。足からは血が出ているのが何となくわかる。
1.5m 後ろで暗殺者が息遣いの中に「ハッ」という小さな笑いが聞こえた気がした。
1.2m さっきのラッキーパンチを心底願う。しかし、後ろの息遣いが消える気配は無く、気配はしっかりと後ろから距離を詰めていく。
0.6m もう目の前の世界がグルグルと渦を巻き、混ざり切っていないミルクティーのようになっていく。
死にたくない。
0.5m 暗殺者はサバイバルナイフを構え、機械仕掛けの走りの中で片腕だけを振り上げた状態で固定した。
0.4m サバイバルナイフが振り下ろされる。逃げる背中を捕らえた。
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