2章:何処にでも居ない青年。安倍晴明(あべのはるあき)の物語

 炎上する地面。爆音が鳴り響く石灰の森。どす黒い黒煙がもうもうと立ち昇る。


 鳥一匹居ない空に何かがヒラヒラと飛んでいた。


 飛んでいた。と言ったが、本当に飛んでいた。落ちていた訳では無かった。


 煙が風でなびく中、それはなびかず、ただある一点に向かって飛んで行っていた。


 ヒラヒラと空を滑り、燃え上がる炎を意図でも有るかのように避け、それは炎の先のとある路地裏へと飛んでいった。




 赤い血だまり。


 動かない躰。


 そこには、何処にでも居た、しかし、最期に女の子を助けて終わった青年が居た。


 飛んでいったそれは動かない青年へと最短距離を進んでいく。


 どうやら青年が目的地だったようだ。




 それは青年の力無い手にヒラヒラと滑り、収まった。




 何かに血が付き、その血が何かの紋様になり、淡い、妖しい、青白い光を放った。


 青年の周りの血だまりが消えていった。




 少年の焼け焦げた服が元に戻っていく。




 肌に付いたススが消え、火傷も無かったかのようにきれいな肌へと戻っていく。




 動かなかった筈の手がピクリと動いた。




 血色が消えていた青年の顔に血色が戻っていく。




 「カハッ、お゛ぉぉぉぉ。」


 忘れていた呼吸を思い出し、彼の身体は久々の呼吸で困惑していた。




 「痛っつー……。」


 目覚めた彼はコンクリートで寝ていて固まった体を起こしつつ、混乱していた。


 自分はまやかしを見ていたのだろうか?と。


 女の子を逃がした後、確かに体が動かなくなった。地面に赤い水たまりが見えた。


 あれが赤い絵の具の訳が無い。


 体から何かが抜けるような感覚があった。


 意識が世界から遠く離れていった。


 死を覚悟していた。


「………。」






身体を動かしてみる。しかし、手足に違和感がない。滑らかに、自然に動く。


不自然な程に。


衣服に汚れや破れた箇所も無く、身体に火傷の痕も無い。綺麗なものだ。


不自然な程に。


立ち上がって辺りを見回す。しかし、矢張り血だまりは見えない。


 不自然な程に。








 ドカン!


 爆音がどこかで聞こえる。さっきよりも遠くに聞こえたが、しかし、近い事には変わりない。


 「逃げよう。」


 今は逃げるのが先決だ。




 ここから何処にでも居ない安倍晴明という青年の物語が始まった。


 「全く、不思議な日だったなぁ。」


 ぼやきながら布団を敷いていた。LEDに照らされた部屋には小さな机と布団が有るだけ。家具は窓の傍らに少し有るだけで殆ど無く、窓ガラスには前から家具、自分と布団、そして一番奥に部屋の扉、そして不自然な場所に大きな月が映っていた。


 内側と外側の景色が混ざり合い、不思議な景色を作り出していた…………さぁて。


 もう今日はやることが無い。時間は11時。リバース二人のイザコザに巻き込まれ、色々幻覚を見て………。


疲れた。もう寝よう。


明かりを消そうとして机を見た時、妙な物が置かれていたことに気付いた。


「何だコレ?」


身に覚えのない紙片が置かれていた。手の平より大きいくらいの長方形の紙。摘まみ上げてみると、紙質は和紙の様であった。そこには何か得体の知れないような、見覚えのある様な、不気味なような、懐かしい様な、不思議な紋様が描かれていた。


チラシ?というかお札?に見えた。悪戯か?ポストに入っていた中に紛れ込んでいたのか?まぁいいか。


くしゃくしゃに丸め、数少ない部屋の中の物であるゴミ箱に放り込む。


さぁて、寝よう。


明りを消すと布団に潜り込んだ。


精神的な疲れの所為なのか意識は直ぐに闇の中に沈んでいった。


























 ピキン


 何かが割れる音がする。また夢?


 目を開ける。どうやら夢では無さそうだな。そうは言っても今日有ったことが有った事だから保証は出来ないが。


 布団の中から寝惚け眼で辺りを見回す。しかし、壊れた物は無い。




 ガラ ガラ ガラ ガラ ガラ ガラ


 窓が開く音がする。おかしいな。鍵は閉まっていた筈。泥棒か?


 目を細めて窓の方に目をやる。月の明かりに照らされた人が少しずつ窓を開けていた。ガラス窓の鍵の部分だけが四角く切り取られたように色が違っていた。恐らく窓ガラスを切って鍵を開けたのだろう。窓を静かに開けている所を見ると僕に気付かれないように仕事を終える気があるのだろう。


 ガラスを割っている所を見ると何かを持っていそうだ。眠ったふりをしてやり過ごそう。


 薄目を開けつつ泥棒が窓を開けて侵入してくるのを静観していた。


 音も無く侵入してくる泥棒の手口に薄目を開けつつ感心をしていた。


 窓ガラスを切る音も最低限、建付けの良いとは言えない我が家の窓を最小音で開け、静かにこちらへ忍び寄るその手際は泥棒というより空想の怪盗や暗殺者、或いはスパイを彷彿とさせた。


 あれ?


 違和感を感じた。


 相手は泥棒。忍び足や忍び寄るのは不自然ではない。 ? 矢張りおかしい。しっくりこない。


 僕のいる場所。僕の寝ている場所は扉の近くで、家具は僕から見て窓の近くにある。


 こちら側に金目の物がありそうな場所は見当たらない。普通なら窓の傍の家具を漁るだろう。


もし、僕が用心深くて扉の近くに金目の物を隠していて彼はそれを知っていた……。というのなら解る。が、そんな事は無い。僕の通帳や判子はゴミ箱の下に隠してある。


何故彼は僕の方へ近寄ってきているんだ?






布団の中が暑くなってくる。何より、部屋の中が静かで自身の心音が耳に響いてくる。


どうでもいい事でもう一つ気になる事が有った。


侵入者はどうやって窓を切ったのだろう?


窓ガラスを静かに切る時にマイナスドライバーが使われるという話を聴いた事が有る。確か名前は「三角割り」だか「三角切り」と言った筈だ。ガラスが三角形に切り取られるからそういう名前だった筈だ。


しかし、鍵の周囲の窓の景色は四角く切り取られていた。


 しかも、綺麗に、すっぱりと、鋭い刃物で切られていたように見えた。


 一体どんな物でガラスを切ったんだ?








 思考は加速する。心音もそれに応えるように加速する。


 二つの答えは今、目の前に提示されようとしていた。






Q.何故、彼は家具に目もくれずにこちらにわざわざ来たのだろう?


A.用があるのが金目の物でなく、僕であったから。だ。






Q.彼はどうやって、何を使って窓ガラスを四角く切り取ったのだろう?


A.今、こちらに向けている大きなサバイバルナイフを使って。だ。








『こちらへ忍び寄るその手際は泥棒というより空想の怪盗や暗殺者、或いはスパイを彷彿とさせた。』


 この考えは当たっていた。我ながら名探偵ぶりに脱帽したい。が、これは当たって欲しくなかった。


 泥棒ではなく、怪盗でなく、スパイでなく、


 暗殺者だ!








 侵入者改め暗殺者は寝ている僕に向けてサバイバルナイフを振り下ろした

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る