第23話 デザート

 小熊と礼子、椎は、東京風の味付けとは異なるが、東京でしか食べられないと思わせるような、暴力的なボリュームのラーメンを食べることとなった。

 物量もカロリーも普段食べている朝食をはるかに上回る、野菜とチャーシューを乗せたラーメンを啜り、ラードとニンニクと化学調味料の味が強烈なスープを啜る。

 早朝の冷え込みで暖かい食べ物を欲していたこともあって、小熊は何とかラーメンを胃に収めた。腹が苦しくやや紅潮した小熊の横で、礼子は満ち足りた様子で、妙に色艶のいい顔をしている。きっと礼子はあと数年もすれば、今の体型を維持できなくなる。


 椎もラーメンを残さず食べて、真っ赤を通り越して真っ青な顔をしている。なんだかんだで三人とも東京のラーメンを食べきることが出来た。

 以前旅行した、あるいは入院した時の記憶で、小熊は新しい環境に入った時、そこに慣れるまで、あまり食欲が沸かなくなる事を知っていたが、東京という未知のような知っているような場所に関しては、一泊したことで体がだいぶ馴染んだらしい。


 他の客を見るに、回転が早く食べたらすぐに出る店らしいので、三人で席を立って店を出る。礼子は腹が満たされたことで今度は眠気が来たらしく、さっき出たネットカフェに戻りたそうな様子。椎は腹が重くなりすぎてまっすぐ歩けないので、小熊が後ろからボールをドリブルするように前に進ませる。

 三人に共通しているのは、もう何も食べられないという事。


 とりあえずカブを駐車している、店から少し離れた駐輪場まで行き、それから今日の予定を決めようと思った。腹が膨れて歩くのが辛いが、カブに乗れば落ち着くだろう。

 駐輪場の入り口にさしかかったところで、今にもはちきれそうな腹を抱え、ずっと苦しそうな声を上げていた椎が足を止めた、前を歩く礼子の上着を掴みながら、後ろを歩く小熊を制止する。

 いよいよ腹が限界に達したのかと思いきや、椎は駐輪場とは反対側の一角を指差す。まだ夜も明けぬ早朝に灯りを点けているベーカリーカフェがあった。


 店員が店の外に出てきた。ドアが開き、パンの焼ける匂いと、もう一つ、もっと濃厚で芳醇な香りが小熊たちのところまで漂ってきた。

 店員は脇に抱えていた看板を店の前に置いた。焼きたて!チョコたっぷりのクロワッサン!と書かれている。店員は再びドアを開け店内に入る。ダメ押しのようにバターたっぷりのクロワッサンと、チョコレートの焦げる匂いが鼻に飛び込んできた。

 視線を交わした椎と小熊、礼子は、駐輪場入り口の前で回れ右し、そのままベーカリーカフェに直行した。

 腹一杯飯を食った後は、その食べた物を燃焼させるため即効性のエネルギーが必要になる。甘い物は別腹。小熊と礼子、椎は、早朝のベーカリー・カフェでコーヒーとチョコクロワッサンを楽しんだ。


 大盛りのラーメンとデザートを堪能し、それがこんな朝早く手に入る東京の凄さを知らされた小熊たちは、今度こそ走り出すべく、駐輪場に駐めたカブのエンジンを始動させた。

 暖機させながら行き先を話し合った。三人が各々違う場所を挙げるばかりで決まらない。礼子が選択に疲れた様子で言う。

「東京って広いわね」

 面積は決して大きい方ではないが、その密度が広さを誤認させる。椎が小熊を上目遣いに見ながら言った。

「どれだけ広いんですか?」

 小熊から何かの答えが出てくることを期待している顔。小熊もそれに応じることにした。

「私は知らない。だから見に行こう」

 

 礼子がまだ明けぬ空を指差して言った。

「東京の端から端。いちばん東から一番西まで走ってみる?」

 椎は自分の手を広げながら言った。

「その次は北から南まで」

 小熊はエンジンの暖まってきたカブのシートに触れながら言った。

「一日あれば充分」

 小熊、礼子、椎はカブに跨り、走り出した。

 

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