侍VS女神 3(決着)

 【くそガ。本当にやりやがっタ。本当にやるヤツが居るカ?くそくそくそくソ。】


 頭の中で半狂乱の声が騒ぎ立てる。身体に纏わり付いていた黒い鎧が解けるように液体になって流れ落ちる。口から二つに斬られた黒い目玉が出てきた。二つに割れながらも蠢いているが、動かなくなるのも時間の問題だろう。ちゃんとやってくれた。


 有難う。私を殺してくれて。


 もうこれ以上私は誰も傷つけないで済む。


 もう良い。私にはもう神の資格も人の資格も無い。消えて無くなれる。さようなら雨月さん。でもね、もし良かったら邪悪を倒して欲しいな。なんて思ったり。イヤ。ダメか。


 「エリ殿起きられよ。何を勝手に死ぬ気でいる?」


 声が聞こえる。雨月さん。ごめんなさい。


 「エリ殿!貴殿は斬ってはおらんぞ!」


 雨月さんに抱えられて私は居た。死んで無かった。


 「………あれ?」


 私は生きていた。














「どうして………?」


 生きていた。


 「どうして?」


 雨月さんに斬られた。そう思っていた。身体の中を冷たい金属が通り抜け、中に居た黒目玉が斬れた感覚が在った。現に、今目の前にはその目玉は真っ二つにされて転がっていた。「無刃流 斬不斬。相手を斬りつつ、そこが斬れない様に、正確には斬れた傍から体が元に戻るように斬る。つまりは刀が身体を通り抜ける技だ。ただ、」


 彼は私を抱きかかえたまま二つになった黒い塊を見て言う。


「これは生き物にしか使えぬ技でな。あの手の物の怪には只の斬撃だったのだろう。」


 まぁ、賭けではあったな。


 彼は笑いながら私を心配する。この私をだ。


「雨月さん。なんで?何で!私を殺してくれなかったの!」


 こんな無力で非力で無能で人に害悪を成したのに。弱いのに。意味が無いのに。何故?何故なの?


 叫ぶ。しかし、叫ばずにはいられない。


私は豊穣の神でありながら力に溺れて、あろうことか守るべき人々を傷付け、助けを求めた相手を殺しかけた。


何で生きているの?


「何故も何もない!」


雨月さんは叫んだ。


「エリ殿、貴殿は何も出来ないから力が欲しいといったな。それは間違いだ!貴殿は成し遂げる力が有る。強い!」


彼はそう言って真剣な目を向ける。


「貴殿は拙者を連れて来た。自分には出来ないと、拙者に助けを求めた。その事は弱さゆえではない。貴殿は自分には出来ないと諦めなかった。自分の無力を諦めなかった者だ。自分の無力を諦めなかった者はそれは無力ではない。真の強者だ!」


故に拙者は貴殿を殺さなかった。


「でも、私は皆を傷付けた。彼方を、城の皆を。それはどうすれば良いの?」


そんな泣き言をいう私を雨月さんは呆れて見た。


「簡単な事を。贖え。死など許さん。貴殿は豊穣の神なのだろう?貴殿の傷つけた者に傷つけた分を越える恵みをもたらせ。覆水盆に返らずだ。そして、今貴殿が成すべき恵みは…邪悪を探して拙者に斬らせることだ。別に気にするなとは言わん。気にしろ。それでいて前に進め。今貴殿がやるべきことは何だ?立つことだ。立て。」


雨月さんの言葉は厳しくあったが、優しくもあった。


そうだ、もうやってしまったことはどうしようもない。やらば私のやることは、未だ在る邪悪を倒すことだ。


「わかったわ。雨月さん。有り難う。御免なさい。邪悪は未だ居るわ。私はそれを倒さなければならない。力をあと少しだけ貸してくれない?この上の階に、城主に化けてた邪悪が居たわ。それを斬ってくれない?」


私も覚悟を決めた。力無い神ではあるが、私の成すべきことをやる。


「承知した。拙者の全力を以て斬り捨てよう。にしても、矢張りそうか。先刻の黒目玉は違ったか。そうか。」


そう言って拙者が黒目玉を見ると、そこにあったはずの二つに割れた目は消えていた。




































 【やれやれ、危うく斬り殺されるところだったゼ。】


 目玉に横線の入った黒い塊がぼやく。先刻のどさくさに紛れて逃げていた。弱々しくはなっているが、それでも健在と言える。


 「女神の取込みは完璧では無かったのか?」


 非難めいた目で黒目玉の事を見る。最初は好きに暴れさせるがその後は操作して同士討ちに持ち込むと目玉は言っていた。


 【完璧だったゼ。体の中に潜り込んで侍を削ってたら、あの侍。思いっきり女神ごと俺を斬りやがっタ。それなのにあの女神、生きてやがっタ。】


 「?生きていた。どういうことだ。」


 【直ぐに解ル。ほら、さっさと戻るゾ。】


 黒い目玉はそう言って目の前の王の口に入っていった。黒い目玉は目の前の邪悪の一部となって邪悪は完全になった。


 「じゃぁ、悪役らしく。僕は玉座でお出迎えしようか。さぁ、最終局面。最終戦。最終ラウンドの開始だ!」


 無邪気な子どものように、悪意そのものの様に、男は玉座に着いた。


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