侍VS女神 2

 真っ黒な世界の中で、私は歓喜に震えていた。真っ黒な世界が見えていた。そこでは私は怒りに猛る兵士たちの火の玉や矢や剣や盾を薙ぎ、蹴散らしていった。ワタシは無力じゃなかった。


 溢れる力に私ハ喜びを隠セズにいた。


 豊穣の神ではあったが、人に与えルダケデ自分は何も持っていナかッた。


 しかし、今は如何だろう?圧倒的な力。それを以て目の前の兵を薙ぎハラッテイル。


 アァ、コレガちカラのアル景色。コれデ………コレで?………コレデコレデコレデコレデコレデコレデコレデコレデコレデコレデコレデコレデコレデコレデコレデコレデコレデコレデコレデコレデ?


 アれ?ワタしハナンのタメニチカラガほしかッたのだろう?


 アレ?ナンデダッケ。








自分が何の為に力を欲していたか完全に忘れた頃。私に盾突く男が現れた。その者は黒い世界の中で輝いていた。


 邪魔な奴だ。蹴散らしてしまおう。


 しかし、その男は私に盾突くどころか私を打ち負かそうとしていた。


強風が吹き、身体が浮き上がる。止めを刺される。


そう思った瞬間。黒い世界に光が差し、目の前で見知った侍が血塗れになっていた。


あれ、私は何を?雨月さん?何でそんなにボロボロになって?


「えりどの…なぜ」


『あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』


 悲鳴を上げた。しかし、声にはならない。


 自分のやって来たことを思い出す。黒い何かに呑まれた後、私は誰かの手に掴まって、それから、力を手に入れて、それで城の中に居た人を傷付けて、そして今さっき、雨月さんを刺した。


 私は何をやっているの?何でこんなことを?


 【何言ってんのサ?お嬢ちゃんが望んだんだロ?】


 頭の中で声がする。何を言っているの?


 【お嬢ちゃんがさっき俺の手を掴んだロ?だから俺は力をやっタ。だからお前の身体をもらったのサ。】


 何を言って…。


 確かにさっきから自分が何をしているかは解っているが、身体は自分の意志を離れて雨月さんを容赦なく責め立てる。身体を貰った?私は力が欲しかっただけなのに。


 【甘いゼ。お嬢ちゃん、何かが欲しいんだったら手前も何かを失わなキャ。つう訳で、お前の身体を使って、や・る・こ・と・は…。】


【先ずお前のツレの侍を殺すことダ。】


 頭の中で恐ろしい声が響いた。


 『なんで?私の所為で?どうして?欲しいのは。皆助けたくて…。何で血が…。あぁ、…。もう嫌だ。なんで私は…。なんで?


もう終わらせて欲しい。私を、殺して。』


彼女の心の叫びは誰に聞こえていたのだろうか?


「エリ殿。暫し待たれよ。必ず助ける。」


彼女の意識はまた黒い世界に沈んでいった。












 「わたしを…ころして…」


 拙者の耳に聞こえてきたのはそんな悲痛な声だった。虚ろな目から涙が流れたのが見えた。少女の口から酷むごい願いが聞こえる。神頼みなら聞いたことが在ったが、神が頼むのは聞いたことが無かった。しかし。


悪あし。


例え神であろうと少女。それがこのような酷むごい願いをせねばならないということ…。それは決して許されるものではない。


決して許さない。


黒目玉の卑劣な行為を。エリ殿の慈愛の心を踏みにじり、弄び、穢したことを。


そして、このようなことを防げなかった己の無力さを…。そう、拙者がこのような失態を侵さなければ、彼女の口からあのような言葉が出ることは無かったのだ。


必ず斬る。


その時の拙者の心は一意専心。まさに斬ることのみを考え、刀と化していた。




























【ホラ、逃げたって無駄だゼ。お前は決して逃さなイ。殺してお嬢ちゃんの絶望する顔を見るんだからナ。】


大鎌からドロドロとした鎖が伸び、それを振り回す。更に、途中で鎖の長さが変り、鎌が斧や槍に変わったり…。


黒目玉は下衆ではあれど、強い。己の力を最大限に使いこなし、確実に拙者を殺せるようにしてくる。


しかし、


幾ら手強かろうと、やらねばならないことはある。


拙者は必ず斬ると決めた。




斬る




拙者は駆けだす、迫りくる鎌や斧、槍に剣を避けながら確実にエリ殿と黒目玉との距離を詰めていく。


【オ?やっと腹が決まったカ?いいなぁいいなぁ、望むところダ。さぁ、殺してやろうカ?それとも俺を殺すためにこのお嬢ちゃんを殺すカ?】


黒目玉は楽しそうに鎌を引き戻し、構えなおす。


「あぁ、拙者も覚悟を決めた。斬る!」


【ほぉー、このお嬢ちゃんを斬るのカ。殺すのカ。薄情な侍だナ。自分が可愛いカ。ハハハハハハハハハ!】


 下衆な笑いを城の壁に反響させながら手の中の黒い塊を今度は錫杖のようなものにした。次の瞬間、


錫杖の先端がドロドロと蠢き、無数の刃が生えてくる。それが拙者目掛けて襲い掛かる。


「残念ながらそれは違う。エリ殿は斬らぬ。」


 【そうカ。じゃぁお前が俺に斬られて終わるのカ?】」


 「残念ながらそれも違う。拙者は死なぬよ?」


 無数の刃を紙一重で躱しながら『解せぬ』と言わんばかりの声で尋ねる黒目玉の言葉を否定する。


【じゃぁ誰が死ぬんダ?お前は誰を斬るんダ?まさか俺だけ斬るなんてこと言わないよナ?】


「あぁ、そのまさかだ。お前だけを斬らせて貰うぞ。」


 一意専心、斬ることを心に思い描き、刀を抜く。


 次の瞬間、錫杖擬きの刃を躱していた拙者はエリ殿と黒目玉の目の前に来た。


 【おぉっと、凄いナ。速い速い。ただ、それでどうしタ?俺だけ斬ル?バカかお前ハ?寝惚けるんじゃねえゾ。】


 覚悟を決める。振るうは最高の一刀。


「斬る」


 一意専心。斬ることのみに集中する。もし、失敗すれば命は無い。しかし、やらなければならない。








無刃流 斬不斬








エリ殿の目の前で刀が振るわれ、彼女の身体を真横に刀が通り過ぎる。身体を貫通する形で彼女の体に真一文字を描いた。


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