女神誘拐城落とし
「待たれよ!!」
間に合った。娘は腰を抜かしてはいるが、幸い怪我は無い。
「おぅ、何だ?妙な奴?」
大男はドスの効いた声で凄む。 服装や見かけこそ拙者の知るものではなかった。絵巻物で見た南蛮服に似た黒の服。金色の髪に金色の髭。青い瞳を持ち、しかし、本人の性格故か下品な顔に見えた。次の台詞は拙者のよく知るものだった。
「邪魔するならテメェも同罪。やい!テメェら。命が惜しけりゃ身ぐるみ剥いで置いてきな!」
紋切り型の盗賊の台詞だった。 「お願いします!これが無いと母は明日をも知れないのです!」
背中の方の娘は泣きながら膝まずき、許しを乞う。後ろにはギヤマン(硝子のこと)の瓶に入った青い水が見える。成る程、病気の母の薬を買いに行った帰りに賊に遭った。といったところか。
「ダメだ。その薬も寄越しな。テメェもその腰のモンをさっさと寄越せ。…それとも、俺とやりあう気か?」
品の無い笑みを浮かべ、盗賊は背中の大剣に手を掛ける。
新しい世界に来て直ぐに抜くのも無粋か。なればやることは一つ。 「すまなんだ。ここは拙者の金子と服だけで堪忍してくれないか?娘の孝行心と拙者の頭に免じて、頼む。」
そう言って地に伏して頭を下げる。刀は無理だが、拙者の頭と金子だけでどうにかなるなら安い。 しかし、
ゴン!!
伏した拙者の耳元を鉄塊が掠める。衝撃で地面が揺れ、娘はきゃ、と小さく悲鳴を上げた。
「俺の話を聞いてなかったか?命が惜しいなら全部寄越しな。嫌なら殺す。」
伏しているから顔は解らんが、恐らく娘が怖がる位の顔はしておろう。
「本当に駄目か?」
顔を上げ、最後にもう一度だけ訊く。
「そうか、イヤか。」
顔を上げると、毒気を抜かれたように見えた。
盗賊は降り下ろした大剣を片手で持ち上げ肩に乗せる。諦めたような、呆れたような顔だ。
「仕方無いな。死ね。」
表情を変えぬまま、殺意のこもった眼で拙者を見ると、大剣を降り下ろした。
「イヤ!!」
娘は拙者の頭が潰れると思ったのか顔を覆って地面に突っ伏す。 しかし、拙者はこの通り、潰れてはおらん。
「連れないな。」
「!」
そう、潰れてはおらん。潰される前にチョイと指先で大剣を摘まんだ。
「まぁ良い。交渉出来んなら、押し通すまで。」
摘まんだ大剣を放り出し、立ち上がって袴の土を落とす。
「ホレ、どうした?隙だらけであったというのに、殺らんのか?」 拙者が笑い掛けると盗賊は苦虫を噛み潰したような、怒ったような顔で睨み付けてきた。
「拙者、無刃流剣術の雨月宗右衛門。いざ、尋常に勝負。」
名を名乗る。
「ウルセェ、死ねぃ。」
盗賊はそう言って力任せに大剣を振り回す。
「成る程、ウルセ殿か。見事な腕力だ。良い。」
あれだけの大物を容易く片手で持ち上げ、あまつさえ振り回し、それで息一つ切れなんだ。
「良い。これが未知の世界、未知の人。良い。」
しかし、
「ウルセ殿、剣は力だけでは斬れぬよ?」
確かに腕力はある。しかし、剣筋が単調で容易く避けられる。
「んでだ、何で当たらねえ!?」
ウルセ殿は気付いて無い。
「簡単だ。貴殿の剣が拙者の剣より弱いからだ。」
振り回し、振り回し、振り回し、降り下ろす。しかし、斬れず、当たらず、掠め無い。
「仕舞いだ、ウルセ殿。拙者の勝ちだ。」
「ウルセェ、俺はウルセじゃねぇし、負けてねぇ!」
相変わらず振り回し続け、聞く耳無しだ。
「拙者は未だ、抜いても無いのに…か?」
そう、拙者は先刻から大剣を避けるだけ。
真上から振り回し
真下から振り上げ
真横から薙ぎ
それを避ける。
「フン、さっきから避けるのに手一杯で抜けねぇだけだろ!!びびるな腰抜け!悔しきゃ抜いてみな!」 やれやれ三流の挑発だ。余りに陳腐で笑えてくる。このような挑発になど
シュッ
大剣の空を切る音の中に何か別の音が混じる。
答えは直ぐに解った。
ゴン!!
刀身が半分落ちた。
形容でなく、盗賊の身の丈を超える大剣が半分に折れて落ちた。
「ホレ、抜いたぞ。で、どうする?」
目が眩むほどの輝きの日本刀を抜いた侍は、目の前の盗賊にその切っ先を向けた。
「折れた?俺の剣?」
「折れたのではない、拙者が斬った。さぁ、拙者は刀を抜いた。更に争うなら次は貴様がこうなる。さぁどうする?」
斬れた大剣に目をやるとそう凄んだ。輝く刀身に勝る鋭い眼光。 「ま、けました。」
「うん、そうか。良い。」
茫然自失の盗賊は無傷で敗けを認めた。
「雨月さん、まってー。」
エリ殿が追い付いてきた。
「おぉ、失礼つかまつった。何分急ぎだったのでな。つい。」
目の前の少女はおかんむりだ。 「いきなり走り出して私をおいてけぼり!!何で?ねぇ何で?理由説明強要する!」
仕方あるまい。
「で、娘救うために盗賊斬った。ってわけ。」
「それは違う。拙者が斬ったのは刀で…」
「お黙りなさい、おいてけぼりしたことに比べれば些末なこと!」 こんな娘に説教されるとはおもわなんだ。
「あのー、」
「何!?」
「いえ、私を助けるためにそちらの方は頭まで下げて下さったのです。どうか許して貰えませんか?」
先ほど助けた娘が助け船を出してくれた。
「ん、ん゛~~~~~。ま゛あ゛いいわ゛。結果オーライ、ゆるしてあ゛げる。」
渋々、苦々、お許し頂けた。
「そうだ!娘。薬は、主のご母堂は大丈夫なのか?」
娘はハッとなる。よし!
「送ろう、この先だな。」
「え?送るって?」
「雨月さん!!なぜ私を肩車するの?」
「急ぐぞ!」
二人の少女を担いだ流浪人は走っていった。
「感謝しかありません。どうお礼をしてよいのか、」
「良い良い、それよりご母堂、病は大丈夫なのか?」
「はい、お陰様でもうすっかり。」「それは何より。ご母堂も孝行な娘を持ったな。良い良い。」
あのあと、韋駄天の如く走った雨月とそれに担がれた私と娘は村に着き、娘の目的だった薬を母親に届けた。
幸い母親は薬を飲むと直ぐ元気になり、めでたしめでたし。
「じゃないわー!」
エリ殿が叫ぶ。
「これこれエリ殿。病み上がりのご母堂の前で叫ぶでない。」
「もぅ!!貴方の目的忘れたの?」 どうやら私が目的を忘れたと考えているらしい。
「エリ殿」
「真面目にやって!でなきゃ、大変な、ことに…」
拙者は救えぬ阿呆だったようだ。
そう、彼女は死する拙者を生かしてまでここに連れてきた。彼女にとって邪悪は直ぐにでも排するべき。それをこの阿呆は盗賊退治にうつつをぬかしていた。そう、思われても致し方無い。
「申し訳ない。エリ殿。」
正座をして、頭を下げる。
「しかし、エリ殿!!拙者とて不真面目な訳ではない。もし、拙者が行かねばこの母娘は恐らく死んでいた。例え拙者が邪悪を斬れたとして、母娘は救えぬ。邪悪が倒れても、次は拙者が卑劣な邪悪に成る。故に拙者は行った。」
「グス、本当に?本当に信じていい?」
涙で眼を腫らし、顔を真っ赤にしてそう尋ねる。
「あぁ、もし、拙者が裏切ったなら、その時は腹を切る時だ。」
この時の雨月さんの顔は他の時とは違い、真剣で誠実で、狂気に充ちていた。
本気だ、この人は。
「解ったわ、信じる。それに、あの盗賊が邪悪な可能性もあったわけだしね。」
そうであった。それを聞き忘れていた。
「エリ殿、してあの者は、」
「違ったわ。あれくらいの子悪党、貴方に頼むまでも無いもの。でもヘンねぇ、ここは盗賊なんて滅多に出ないのに…。」
エリ殿が首をかしげて呟く。ふぅむ。
そんな思案顔二人に声を掛ける者がいた。
「前はあんなこと無かったんです。最近になってです。ああいうのは。」
侍に助けられた少女だった。
「む?娘よそれはどういう…」
「アミリア。アミリアよ。」
質問を遮られた。失敬失敬。
「ゴホン、アミ殿、それはどういうことか教えてくれんかね?」
名前を呼ばれて満足したのか、笑顔で説明して頂けた。
「はい。最近、ここを統治されている王様がおかしくなって仕舞われて…。治安がどんどん悪くなって…年貢も上がったし、兵士にならず者を雇ったり…おかしいんです。」
「コラ!お止め!王様の悪口なんて」
「でもおかしいよお母さん!前まであんな風にお城を閉じるなんてしなかったのに。それに、あの頃からだよ、皆が病気に成り始めたのは、お母さんだって!」
「城を閉じる?それはどういう…?」
元来、城とは王将の住まいであり、いざというときの守りの要。閉じていて当然な筈だ。
「ここは民の為に城門を常に開けっ放しなのよ。でも、私が貴方を迎えに行く前はちゃんと開いてたはずよ。」
エリ殿が拙者の表情から察したのか耳打ちしてくれた。成る程、怪しいな。
「エリ殿、貴殿が邪悪を見つけ、拙者を連れてくるまでに掛かった時間は?」
「1週間よ。7日ってこと。もしかして…」
エリ殿は察したようだ。そう、神不在の間に起きた異変。そして邪悪。同一である可能性は否定できん。
「拙者の稚拙な考えはそうだ。しかし、考える価値はあるかと。」 「いいわ、ある程度近付けば解るかもしれない。行ってみましょう。」
「承知。」
アミ殿に別れを告げ、拙者達は城へと向かった。
「おぉ、これがこの世界の城か。」
「あぁー、雨月さんの城とは少し違うかもね。でも、貴方の城の概念で大体合ってるわよ。王の拠点、政の拠点、最終防衛拠点。」
目の前の光景は拙者が今まで見たことの無いものだった。
目の前には大きく深い堀が広がり、邪な侵入者を拒む。
その先には見上げる程大きな、雪のように真っ白な壁があり、壁の上には見張りが弓を持って見張っている。
さらに、その奥に本丸と思しき尖塔の群れがそびえ立つ。
良い、良い、良い良い。ここまでのものが見られただけでここまで来た価値は十二分を超える。
「して、エリ殿。邪悪の気配は御座るか?」
「んー、んー、んー、んんんんんんん!んんんん?ん…。解らない。でも、あれ。」
エリ殿の示す先には白壁の中で1ヶ所だけ、木で出来た壁がある。
「あれが本来つり橋で、本当ならいつもは下がっている筈なのよ。確かにおかしいわ。」
「主に何かあったか…。その周囲に何かあったか…。はたまた…。」
「どちらにしろおかしいわ。一度中に入って調べなきゃ。邪悪の仕業でなくとも十分怪しいし、それに、ここで放置したら、私たちが邪悪になっちゃうわ。」
ニコリと無邪気に笑って拙者を見る。返されたな。
「では参ろう…。どうするか?拙者が斬ろうか?」
この位の距離、間合いの心配は無用。橋の鎖を斬り、橋を降ろすくらい造作もない。
「その必要は無いわ。迎えが来たもの。」
「迎えが?エリ殿、それは一体?」
「え?私?違うわよ?今のは。って、キャ!」
妙な事が起きた。拙者の前でエリ殿が宙を浮き始めたのだ。しかも、跳躍というより飛翔である。 「え、え?ちょっとちょっと!何で体が浮いて?」
「主の命により、身柄を拘束させて貰うわ。」
走る!!しかし、エリ殿は謎の声と共に大空へ。
「させん!!」
地を蹴りエリ殿へ手を伸ばす。しかし、その瞬間。
「雨月さ」
エリ殿は陽炎のように消えた。 「あー、そこの人、止めときなさい。我らが王は貴方じゃ太刀打ち出来ないわ。とっととお家に帰りなさい。あ、でももし、来たいのであれば城でお待ちしておりますわ。」
声もそれを最後に消えていった。
「エリ殿!」
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