桃太郎たちは仲間割れする

「お兄ちゃん起きて!」


揺すられ目が覚めた。目の前には先刻庇った子どもが居た。良かった。生きてた。しかし。


「ヤバ。」


黒い狼靄も健在だった。子どもの後ろから迫る。


「●●●●●●●●●●●!!!」


怒り心頭、突っ込んできた。


『何ぼさっとしてるのさ。早く力を使って!』


桃太郎の声が頭から聞こえる。夢じゃない。


『君の力を見せて!使い方は解る筈だ。』


怒鳴る。


「解ってるよ。」


子どもを庇いながら靄の前に出る。しかし、先刻と違い、味方が居た。そしてそいつから僕は力を貰った。そして不思議なことに、僕はその力を良く知っていた。


「いくよ。スキル:オトギ 桃太郎。」


光が溢れて目の前靄が怯む。


次の瞬間。子どもを庇って死にかけていた異邦人は日本一の称号のヒーローに成っていた。






スキル:オトギ


桃太郎がくれたものの正体だ。スキルとは、技や魔法のようなものであり、僕が貰った「お伽噺」は物語好きの僕にうってつけの魔法だった。


これは、端的に言えば、「お伽噺の主人公の力を借り受けられる」というものだ。


御伽噺や物語や空想に憧れた人間の願望を投影したようで僕らしいっちゃらしい。


そして今、投影しているのは桃太郎。つまり、今僕は桃太郎に成っていた。


「おー、これは……、」


額に桃のハチマキ巻いて、腰には刀ときびだんご。背中に背負うは日本一。天下に名高い桃太郎。


「正に桃太郎だ…」


「●●●●●●●●●●●●!!!」 感動で忘れていた。目の前の黒い狼は僕にロックオン。突撃してきた。子どもが後ろに居て避けられない。


「グハ…………アレ?」


 狼の体当たりが顔を庇った腕に直撃する。さっきの突撃を喰らったから痛みを覚悟していたのだが、痛くない。先刻の突撃と変わらない様に見えたが痛くも痒くもない。全然吹き飛んでない。コレはどういうことだ?


『当然だろ?君は桃太郎だ。邪気払いの桃の化身に邪な攻撃なんて無駄さ。』


桃太郎が解説をする。成る程、鬼退治した桃太郎に邪鬼の類は無効ということか。


「●●●●●●●●●●●●●!」


突撃を喰らった男がケロリとしているのを見て靄は怯え、尻込みをし始めた。


 「よし。じゃぁさっきのお返しに…。こっちも痛い目見してやるとするかね!」


 病気で慣れていたとはいえ痛いのには変わりない。さっきの仕返しをしてやろう。


 腰に提げた日本刀を抜き、構える。剣術なんて無論やったことは無いのに何故かどう構えて、どう振ればいいのかが不思議と解った。


 「やぁやぁ我こそは異世界から来る旅人、乙木紬。色々理由はあるが、村人を困らせる悪党共を許す訳にはいかない。ということで成敗してくれる。」


口上を述べ、黒い狼の靄と僕の闘いが始まった。


 「●●●●●●●●●●●●●●●●●●‼」


 突撃する狼。そのまま喰らっても良いが、それでは一向に決着は着かない。なれば、


 「せいや!」


 頭に浮かぶ剣術のイメージのままに刀を振るう。イメージ通りの軌道に刀が走り、狼が斬られる。


 「キャイン」


狼が吹っ飛び犬の様に鳴く。おかしいな。刀なんて使ったことは無いのに何でこんなに使えるんだ?


応えたのは頭の中の桃太郎だった。


 『犬猿雉に隠れて地味かもだけど桃太郎だって鬼ヶ島に殴りこんで刀1つで鬼退治してきたんだ。当然だろ?君は今桃太郎の力を持っているんだ。刀の腕は鬼をも泣かすレベルさ。』


 らしい。


 そうこうしているうちに狼は再び突撃、ではなく、ジグザクに、不規則に周囲を走り始めた。四足歩行の強みたる足を使って攪乱を始めた。


 「うーん、意外と賢いな。」


 直進なら刀を合わせるのは簡単。馬鹿正直に来たところに刃を合わせればいい。しかし、ここまで速いと狙いを定められない。


『気を付けて。何か仕掛ける気だよ。』


「解ってるよ。」


向こうはこちらへの有効打が無い。不意打ちを幾らしてもそれは変らない。幾ら動きで翻弄しても体力が尽きるまでの時間の問題。なのにそれを敢えてやっているということは何か意味が有る。


「さーて、かかってこい。俺は何やられても効かないからね。」


周囲を駆けまわる黒い靄を見ながら刀を構える。体当たりした瞬間に掴んで斬ってしまうか…。


『……。乙木!後ろだ!』


桃太郎が叫ぶ。


「そんなに慌てるなよ。後手でも十分間に合…」


『違う、後ろの子をさっさと逃がせ!ヤツの狙いはお前じゃない!後ろの子どもだ。』


その言葉を聞いて後ろを振り返った瞬間、目に飛び込んだのは狼が子どもに襲い掛かる寸前の光景だった。


「クソ。」


咄嗟に手が出る。僕の腕なら幾ら噛もうがどうってことは無い。しかし、向こうはその上をいっていた。


狼は噛み付くことなく黒い足で地面を蹴り上げる砂を巻き上げると、それをこちらの目にぶつけて来た。


「な!目が!」


やられた。獣だと思って油断した。


『ホラ、だから気を付けてって言ったのに。』


「解ってる。」


『ハー、仕方ないな。背中の旗を子どもに渡しな。そうすればあの子は逃げられる。』



『早く、渡すんだよ。』


訝しく思いながら背中の旗を抜いてかろうじて見える子どもに渡す。


「持てるかい?」


目潰しをされて視界が狭い中、涙目なのが少し見えたが、かろうじて頷き、旗を手にするのが見えた。次の瞬間、旗が光り始めて子どもが光の繭に包まれた。それを見た靄は繭に牙を剥く。が、その攻撃はことごとく跳ね返された。


『『日本一の旗』桃太郎の持ち物として有名なモノ。勿論、桃太郎の持ち物ってだけで相当邪鬼払いの効果を得ている。君の邪鬼無効効果をそのまま他人に使わせることが出来るのさ。』


「なんでそんな便利なモノ隠していたんだ⁉」


目の周りの砂をゴシゴシと落としながら言う。


『簡単さ。それは…』


目の前の繭に攻撃が効かないと解った狼は今度は僕に牙を剥いてきた。八つ当たりとばかりに今度は直進してきた。効く訳が無い。が。


「え?」


防御をしなかった所為で後ろに吹き飛んだ。


『旗を使っている間は君自身の邪鬼無効は無くなるのさ。』


「それ先に行って‼」


不味いな。剣術があるとはいえ、防御無しだと一寸厳しい。


『君は主人公に成りたいんだろう?なら、これ位の逆境。どうにかしてみなよ。』


「解ってる!やってやるさ。」


刀を構えなおす。狼は一撃喰らったものの健在。こちらは二撃喰らって泥だらけ。やれやれ、分が悪い。しかし、だからこそ。


「困難を乗り越えてこそ主人公たり得るのさ。」


そう言って壊された村を走り出した。あのままあの場所に動かないでいても一方的に弄られるだけで確実に負ける。なれば話は簡単。勝てる場所に引きずり込む。


「ホラホラホラ。かかってこい!」


相手が他に気を取られないように煽る。目論見通り追って来る。


 狙われ難いように村の壊れた家々の間をジグザグに走っていく。家の合間に追い込み、機動力を削ぐ。


「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!」


 頭上から影が迫って来た。ギリギリ気付いて身を躱したが、何かが肩を掠めて血が滲む。


「ッ!」


何かに目をやるとそれは狼とは違う。さっき飛び回っていた黒い靄を纏った鳥であった。僕に突撃した狼より大分小さいが空を飛び、速い。


うっかりしていた。


さっき襲っていたやつらは三匹いた。狼に気を取られてすっかり空からの襲撃を忘れていた。………待てよ。


「もう一匹は!」


ハッとなって背後からの不意打ちにかろうじて対応できた。


「▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲!」


キィン!


振るわれる鋭利な爪と刀がぶつかり金属音が響く。


「今度は猿かよ。」


これまた黒い靄に覆われた猿。


「狼に鳥に猿。これって…」


『犬猿雉かなぁ?桃太郎がお供に襲撃されるなんて面白いこともあったものだねぇ。』


「馬鹿な事言ってるんじゃないよ。大ピンチだっての!」


家と家の間に誘い込んだことで逃げ場を無くし、足場を与え、かと言って足場を使えば空から襲撃される。


「けど、それでこそだ!」


前門の狼(犬)。後門の猿。上空の雉。しかし、それでもこれ以上この村を壊させるのは許す訳には行かない。


「さぁ、かかってこい!桃太郎の力を見せてくれる!」


刀を構えなおし、三匹に向かう。


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