ピンチと狼山

そして今、俺は三人を下し、彼らは目の前にいる。

魔王が立ち向かった者を皆殺しにする?そんな訳無い!

石を投げて頭を竹刀で引っ叩いたのだ。無事を確認しなければなるまい。


「あらぁ、二人とも、やっぱり来ちゃったのねぇ。全く、逃げなさいって言ったのにぃ。」

最初に気絶した魔女の目が覚めた。それでも声は少し弱々しく、戦意は無い。

自体をすぐに理解し、二人が自分を庇ったことを呆れたような、嬉しいような、そんな風に、呟く。

「そんだけアンタの事を思ってくれてんだろーな。いいじゃぁねーの。そんな仲間がいて。」

「でも、それで自分たちがぁやられちゃぁダメよぉ。」

そう言って彼女は諦めた様に眼を閉じた。

「さぁ、私たちの負けよぉ。焼くなり煮るなりすきになさぁい。商人を助けて盗賊に討たれた三人…なんて、悪くない最期よぉ。」

そう言ってそのまま何も言わず、目を閉じた。

え、アレ?今なんかおかしなこと言ってた気が…。

「え?イヤ、イヤイヤイヤイヤイヤ、殺さんよ?ていうか何!盗賊ってだれ?俺?」

「?あなた…商人を襲う盗賊じゃぁないの?言ってたわよぉ。『この辺には盗賊が出るから油断できない。』ってぇ。」

「えー………っと。誰が?」

「さっきの商人さんよぉ。ホラァ、さっきの太ったぁ。」

 あの肉瓢箪か。人の印象捏造しやがって…。

流石に、思いっきし村から来てるし、思いっき武装(竹刀)してるし。俺の正体。何となくバレるか。

「ねぇ、どういう事かしらぁ?説明してくれなぁい?」

横になっていた魔女が転がりながらこっちを向く。

「…知らないのか?あいつらが何やってるのか。と、いうか、お前らはあいつらとどういう関係だ?」

「私たちは流れの冒険者ぁ。で、あの人達は商人さん。私たち、この前旅の途中で食料が尽きちゃってぇ、そこをあの人達が食事を分けてくれたのよぉ。で、盗賊の話を聞いたからぁ、護衛を買って出たのよぉ。」

ウソ、ではないか。ここまで来てつく理由はもう無い。

どうやら本当に一飯の恩義で闘い、俺をここまでにしたらしい。

「あいつらはこの先の村を操った狼で襲わせてたんだよ。」

「…どういうこと?」

「そのままの意味。この先の村を襲う狼がいた。そいつを調べたら操られてた。で、それをたどったら、あいつらに行き着いた。」

「でも。なんのため?理由が…。」「あいつらが狼避けのアイテムを売っている。これでどうだ?」

横たわる魔女は又目を閉じると何かを躊躇うように言った。

「本当、なのね?」

「あぁ、嘘なんざつく意味もない。」

当然だろう、さっきまで盗賊だと思っていた相手がそんなことを言っても普通は信じまい。

「解ったわ、信じる。」

意外だった。さっきまで躊躇いを否定するように迷いは無かった。

「自分で言うのもなんだが、信じるか?普通。」

「生憎、人を見る目はあるわ。自分を殺そうとしていた人間に手加減をするくらいの人だもの。」

バレていた。

実はさっきの戦闘、もっと簡単に終わらせる方法はあった。

が、その方法だと、最悪死人が出るために、あんなまどろっこしい方法を使っていた。

「私に投げた石も河原で拾った丸い石だし、そこの二人も目立ったケガはない。こんなの偶然じゃないわ。」

そう言って、近くの凶器、自分を気絶させた石をつまみ上げる。指でつまめる大きさの、角の無い石。

戦闘を予測してさっき移動の際に河原で拾っておいたものだった。

「ありがとう、と言っておくわ。それと、さっきのが本当なら、急いだ方がいいんじゃないかしら?」

「すまない、が、大丈夫か?」

狼は居ないが真夜中に手負いの三人、不測の事態が起きたらthe endだ。村やバトラーも不安だが、コイツらも中々だ。

「心配しないで、なんとかなるわ。それより早くなさい。」

…。あー!クソが!

「…。分かった!」

そう言いつつ、魔王は三人の肩を少し強く叩きつつこう言った。

「お前ら、中々強かったぜ!」


そう言い残して彼は颯爽と闇に消えていった。

「さぁて…。?あらぁ?」

彼女の呟きと、近くの草の音は魔王には聞こえはしなかった。







「魔王の速歩」&「魔法体術」

身体を不規則に流れる無数の魔力の川、と言っても、最早枯渇寸前の川を、まるで一つの大河のように統合する。最早ギリギリ使えているかいないかの瀬戸際だ。

それを意識しつつ、その強化された肢体が辛うじて許容出来る限りの力で足を踏みしめ野原を駆ける。


鋼を砕くような強靭な肉体、圧倒的火力が有った頃はこんな風に幾つもの能力を駆使する。こんな使い方をしたことは魔王時代には無かった。

圧倒的故の無工夫。無技巧。

長年のそんな怠惰が最初の愚行と痴態を生み出した。


が、今は違う。自分の無力を久々に目の当たりにし、それを否定せんが為に文字通り、持てる全てを投入している。


この全力が不幸な結末全てを否定出来るかは未だ知らない。

しかし、やって後悔しない為に、今は全力を尽くそう。





もうすぐだ。

商人のアバタルは馬車を走らせていた。

真夜中ながらも馬車を走らせてることが出来るのは、彼の商売道具「暗視眼鏡」のお陰だ。

これは文字通り、夜の闇の中、僅な光で周囲を見渡せるシロモノだ。

馬にも馬用の眼鏡を着けさせているので、迷いなく闇の中を駆ける。

さっきのが盗賊か、最悪気付いたヤツか。そんなことは知らないが、時間稼ぎは出来ている。もう少し襲わせて精神的に参った所で売りつけるつもりだったが、売るだけ売ってここは離れた方が良いか。

 アバタルの商売(やりかた)はアイテムで問題を引き起こし、困った人達にそれを解決するアイテムを高値で売る。そんな方法だ。

 手法が露見しない様に細心の注意は払っているが、最悪の場合を考え、荒事用に兵は雇ってある。

 さぁ、狼はいい感じに村をやってくれたことだろう。




 暗視眼鏡を掛けているお陰で近くも遠くもよく見えていた。故に、おかしなことに気が付くのに遅れた。

 馬が一切躊躇いなく走っているのだ。今回操った狼は群れを統率していた数匹だけだった。しかし、その数匹から伝播させ、群れを幾つか乗っ取った。

 そいつらを総攻撃させたのだから糞や獣の匂いがもうそろそろあっていい筈だ。それなら馬は怯えて今頃足が止まっていてもおかしくは無い。怯え防止アイテムも用意していたのに、使わずここまで来れたことはおかしい。


そうやって馬が怯えないのはおかしい。と悩んでいるうちにアバタルは橋に差し掛かった。そこで彼はとんでもないモノを目にした。



彼は知らなかった。

足止めをした男には仲間がいたのだ。

その男は狼の大群を任された最初こそはウンザリはしていた。が、任された以上、男は完全な仕事をすると決めていた。

その結果、橋の前に




痙攣した狼の山が出来ていた。

何だこれは?

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