第4話

「男の一人暮らしなものでな。もてなせないことを悔やもう。」


カレーを食べながら彼はそう言った。


 「そんなことは無い、これだって十分なもてなしだ。しかもコレ、なかなか美味いじゃないか。僕はてっきり君が霞でも食べているんじゃないかと思っていたんだがなぁ。」


冗談交じりに返す僕に対し、君は僕を何だと…とぼやく。


 あの後、彼に言われるまま学校から徒歩一分を切る彼の自宅に招待された。


 なんだかんだ言って三年も付き合いがあるのに家に上がったのは初めてだった気がする。謎多き男の自宅は二階建てのアパートで和室だった。勉強道具と大量の本の詰まった本棚、あとは何か入った細長い布の袋がある位の質素な部屋で、窓からは事件現場のサークルの部屋が見えた。


 彼が手料理を振る舞ってくれると言い、包丁の音を聞き、炒めている音を聞きながら日が暮れるのを見ていた。


 そうしているうちに暇になり、ネットニュースを見る。今朝京極が言っていた殺人は確かに犯人は逮捕され、取り調べが始まっている。痴情のもつれというのも書いてあり、写真には窓から少し見えるアパートが映っていた。


 宝石強盗の方は相変わらず犯人が捕まらず警察が躍起になっているらしい。このご時世に宝石強盗とは、珍しいものだ。


 万引きひったくりは珍しくない所為か、まったく報道がされていない。やれやれ、これらの窃盗こそ最も身近で最も遭遇率の高い事件なのだから、もっと注目すべきだと思うのだがなぁ。


 そんなこんなをしているうちに京極特製カレーが出来、今さっきの舌鼓に繋がっていった訳だ。










 「で?」


「(モグモグ)…ん?何がだ?」


この男は…僕が一体なぜここでカレーを食べているかの過程部分を忘れたとでも言うつもりか?


「さっきの犯人だ。強盗や殺人犯や窃盗犯でなく、部屋をあんなにした犯人が解ると言って学食に行き、次はこの通り家に招かれた。で、結局犯人は誰なんだ?」




「あぁ、その事か。」


その事以外に何があると思っていたんだ?


 「君、確か腕っぷしは強いと言っていたよな?確か武術をやっていた。とか。」


「あぁ、柔術を少しな。というか、実家が道場をやっている関係で今も少しやっている。そこらの不良が鉄パイプ振り回して襲ってきても君を守りながら無傷で倒せる位は期待してくれて構わないぞ。」


 そう言って私は胸を張る。別に誇張などない。実際に鉄パイプ持った不良や短刀振り回すそちらの世界の方を何人か制圧したことがあったし、その時も無傷だった。まぁ、相手の事は言うまい。


「ならば良し、だ。」


「何が良しなんだ?」


 「実はな、今回、色々面倒だったので犯人を名指しするのではなく現行犯で逮捕しようと思ってな。と、いう訳で凶悪な犯罪者を捕まえるから覚悟をしておいてくれ。」


「は?おい、一体どういうことだ?僕が探しているのは部屋を荒らした奴だぞ?一体全体どうしてそうなった?」


困惑する私を余所に、彼は意味深な微笑みを湛えながらこう言った。


「まぁ、直ぐに解るさ。」


日は落ち、夜がやって来た。




















今僕は学校に来ている。


と、言ってもあの後ぐっすり寝て朝登校している訳じゃない。


真夜中の学校に来ている。


あの後、食事が終わり、夜も更けて来て、これからどうするのか?何が始まるのか?と困惑と苛立ちの混ざったものが吹き出しそうになった頃に、


「良し、行くぞ鴨矢。犯人退治に出発だ。」


そう言って部屋にあった細長い袋を取るとドアの外へ出て行った。


唖然としながらも慌てて追う、が、彼を見失うことは無かった。


学校が目的地だったからだ。






「なぁ、いい加減に説明してくれ。なんで前のサークルが犯人じゃない?さっきから色々考えたが、もしかしたら嫌がらせの為に誰かを誘ってやった可能性が…。」


僕の仮説を言い終える前に彼は手で制した。


「それは無いだろう。あの泥の足跡を見たか?あれは君が今日老人を交番に届けるために通った公園のものだ。」


「だから何だって言うんだ?」


「あの土には豆のカスが残っていた。君の足のもそうだが…豆まきの祭りがあったのは昨日、雨が降ったのは昨日の夜だ。つまり、アレは昨日の夜、雨が降った後から僕らが教室に来るまでの間に起こったことだ。そして、前サークルの主が出て行ったのは4日前。数日空ける理由が見つからない。今日がサークル開始日だなんてメンバーくらいしか知らないんだ。解る訳が無い。もし、解っていたとしても、だ。わざわざ昨日の夜、わざわざ学校の反対側で靴を汚してここまで来てあんなマネをするなんて不自然極まってしまう。」


言うことに隙が無い。確かに、そこ迄する意味は無い。というか。


「あの泥をそんな風に見ていたお前を見て今僕は感心とも呆れともならない状態だ。で、誰がアレをやったんだ?」


暗闇の中だったが、次の瞬間、京極の眼が光っていたのは見えずとも解った。


「お答えしよう。わざわざ何もない駅向こうの公園を歩き、そのままこの学校まで来て、挙句我らが城を荒らした犯人それは…………」








次の瞬間、僕は驚くだろうと解っていた。それでも、それを楽しみにしている自分が居た。それが何だかくすぐったかった。
















「宝石強盗だ。」
























「………解説を、頼もう。」


驚きつつ、説明を求める。


「公園を通った。と、いうことは駅の向こうからこちらに来たことは間違いない。が、駅向こうには朝の君の観察でも言った通り、有るのは工場か交番か事務所。そして、ジュエリーショップ。宝石店がある。」


宝石、それは最近聞いた言葉である。朝、彼が話で昨日宝石強盗が有ったと言っていた。さっきもニュースで捕まっていないという報道を見た。まさか…。


「そう、足跡の主は宝石強盗の二人だ。不思議だとは思わないか?交番から離れた所で起きた殺人の方はアッサリ捕まっているのに、交番の近くで起きた、今どき珍しい古典的な宝石強盗が、未だに捕まっていないんだぜ?」


本来それらの犯罪は種類が違うのでは?という疑問はあったが、交番の近くで犯罪を起こして鋭意捜査中の警察を出し抜くのは難しいのでは?と素人ながらには思う。


「何故か?二人は逃げて直ぐにこの近辺に隠れたからさ。食料も隠れ場所もある。警察が介入し辛いというおまけ付きの好物件に。ね。」


そうか、日中の学食はそういう事だったのか。つまり、食料を漁っていた為に調理場が荒らされていた。京極はそう考えていたのか。でもしかし、なんでよりによって僕らの部屋に?


決まっているだろう。彼はそう言った。


「あの部屋に居たのさ。宝石強盗がな。」


手に持った袋を振り回して遊びながら答える。察するに中身はどうやら棒状のものらしい。


「多分、咄嗟だったんだろうな。眼に入ったサークル棟に入って偶々空だった部屋に隠れた。で、屋根裏辺りがよさそう。とでも考えて潜んだんだろう。で、こっそり学食で食べ物を漁っては屋根裏へ…で、そこが生憎、」


「僕たちの部屋だった…。」


「そういうことだ。さぁ、やるぞ。喜べ鴨矢。未だ日を跨いでいない、よって今日一の不幸は君ではなく彼らになる。」


サークル棟から出てくる、バッグを持った男が2人いた。


「君達、何をしているんだい?」


片方が僕たちを見つけて尋ねる。一瞬、慌てたようだが何食わぬ顔でやり過ごすつもりらしい。


「ああ、人を探しているんだ。」


京極が答える。


「そいつは、あろうことか学生の学び舎に土足で上がり込み、食料を漁り、更には俺たちのサークル部屋を荒らした強盗なんだ。」


空気が張り詰めた。


「う、うわぁぁぁああああああああああ‼」


片方の男が襲い掛かって来る。ビンゴだな。


「チッ、なんで知ってんだ?まぁいい。ぶっ殺せ。」


もう片方は冷静にそう言って懐からナイフを取り出す。成程、さっき京極の言っていた意味が解った。


「襲ってきた方、頼めるか?」


京極が心配そうに言ってくる。


「あぁ、5秒あれば問題ない。お前は?」


「一分は持つだろう。」


「解った。無事でな。」


「君もな。」


そう言ってお互いに強盗に対峙する。


彼は僕の意外な強さに驚くだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る