第2話

 「鴨矢、中々君も不幸だな。というか、馬鹿だなぁ。」目の前の友人は大きな溜め息をついてそう言った。「あははははは。確かに不幸だ。でも、馬鹿はないぜ京極?間に合わなかった訳じゃ無かったんだから。」


「無事なもんか。鴨矢。君は少しは怒ったらどうかね。」


席に着いた後、僕の身に遭った事件をそのまま伝えたら、呆れながら説教をされた。


「全く、最近は物騒なご時世だ。が、ここまでな状態には普通ならんぞ。見ろ、この私を。最近家の近くでひったくりが多発し、万引きは数多。昨日なんて近くで宝石強盗が起こって未だ犯人は逃走中、挙句隣で殺人が起きたが見ての通り、無傷だ。」


確かにそれは事実だ。が、


「とは言っても京極、お前の登校時間は秒だろう?」


彼の家は大学の文字通り隣にあり、扉を開けて数秒で学校に着く。いや、それよりも。「というか、隣で殺人って?」


しれっと爆弾発言が飛び込んできた。


「あぁ、昨日な。隣の家で人死にがあった。まぁ直ぐに犯人が捕まって一件落着したよ。痴情のもつれだったらしい。」


 割と大事件をさも日常であるかのようにしれっと言ってのけるこの男。


私の友人で京極という。入学して直ぐ知り合ったからもう3年目の付き合いになる。が、非常に変わり者で未だに謎な部分が多い。今の殺人の件も割りと本気で何とも思っていない。その証拠に彼はもう宝石強盗の話をし始めている。


「で、それはいいが、結局、1限から学校に汗だくで来て、図書館で暇を潰して来た鴨矢君?」肝心な、驚くべきことを忘れてた。「そうだ!忘れてた。なんでお前は僕の災難を知ってたんだ?」


今朝起きたばかりの事、しかも京極は俺の家を知らない。当然京極の知る由も無い。しかし、お前はどうやって知ったんだ?


「あぁ、まず、自転車は…ズボンの裾を見た。見ろ、君のズボンに付いたタイヤの痕を。しかも、洋服の片側だけ少しに汚れている。多分、倒れた後で払った汚れの残りだろう。」  


足元を見てみると、成程、確かにさっき轢かれた時に付いたタイヤ痕がある。汚れも、はらったと思っていたが完全ではなかったようだ。


「そこから自転車に轢かれたことは予想が付いた。性別の方は、長身のキミの足の上の方にタイヤ痕があることから多分男性だろう。」 


確かに、轢いたのは背の高めな男子高校生だった(と、言っても僕自身190㎝の長身なのだから高いといってもたかが知れているのだが。)


次に脇腹だが。と、彼は続けた。


「さっきから脇腹をしきりに気にするな。おそらく何かにぶつかったんだろう。ただ、脇腹なんて余程特殊な状況でなきゃぶつかったりはしない。故にさっきの自転車に轢かれた時にぶつけたとは考えにくい。おおかた電車に乗ろうとして誰かにド突かれたんだろう。」 


当たっている。見てきたかのように。


「満員電車は簡単。いつもと違い、上下とも洋服が皺だらけだ。多分満員電車で錐揉みにされたからだろう。そうなった経緯も、いつもと違う電車に乗ってラッシュに直撃した。と考えれば容易だ。」


更に畳みかけてくる。


「親切心で介抱したのは、膝の汚れ。コレは自転車の時のモノではない。体の側面のような土汚れでなく埃がついている。種類が違う。大方膝をついて介抱したのだろう。相手は…」 


そう言って手を伸ばすと私の肩に付いた何かを摘まんだ。


「白髪の老人だな。君の事だ、大方交番迄老人を背負って行ったのだろう。まぁご苦労なこった。」そう言って摘まんだ件の白髪をふぅと吹き飛ばす。


「と、いう訳で君の行動は簡単に推理できる。」


確かに、当たっている。説明にも一理ある。が、おかしな点がある。


「待て待て待て、なんで順番迄当たっているんだ?どれがいつの出来事か、そこ迄なんで解った?というか、図書館は?」


説明を求めるとまた呆れたように今度は溜め息をついた。


「簡単だよ。先ず、轢かれたのは電車より前だ。これは服の皺よりタイヤ痕が先に付いているからだ。痕が皺の付いた後につけられたのなら綺麗なタイヤ痕は出来ない。まばらな模様が出来るはずだ。」


 成る程、皺が先なら服の折れて皺になった部分には痕は付かない。そういうことか。


 「次に老人が最後な訳だが、先ず、白髪があることから自転車の後である事は確定だ。轢かれた後に服を払った形跡があるのにそれに気付かないのはおかしいからだ。そして、電車より後な理由は、もし、駅で老人に遭遇した場合、介抱したら近くの駅員に任せればいい。背負う必要が無いんだ。


さらに、靴に泥、しかも花びらと炒り豆が混じっているものが付いている。この泥は、昨日、豆まきがあったこの近くの公園のものだろう。この辺りの天候は最近晴天ばかりで地面は乾いていた。そして、昨夜に、この辺だけ、一週間ぶりに雨が降った。故にコレが付いたのは今日、この近辺でくっ付けたものだと解る。しかし、公園は駅の向こうで学校とは真逆、しかもその先に有るのは交番かジュエリーショップか工場、はたまた暴力団事務所くらい。君に用の有る施設は無い。だから、肩に付いた白髪が電車に乗った後に付いた事と併せて考えて、老人を背負う君が想像出来た。」


 最早訳が解らない。いや、言っている事は理解出来る。が、何故そこまでよく見られて、挙げ句考えられるかが解らない。


 何よりそれら全てが見てきたかの様にその通りなのだ。


 「最後の図書館だが、君は教室に後ろから入ってきた。つまり教室後ろの階段を使ったんだろう。しかし、そちらの階段から出られる入り口近くに有るのは図書館だけだ。だから君は図書館からここに来た。そして、こんな朝からわざわざ図書館に行く理由は」


ニヤニヤ奇妙な笑いを浮かべてこう締めた。


「1限の休講に気付かないで登校し、時間を持て余して暇潰しに行ったから。なんだろう。」












 「僕の阿呆を追及するより君のその能力を追求した方が余程建設的だと思うな。」


今度は僕が呆れる番だ。目一杯呆れている振りをしてやれ。途中は感心していたが、そうだった。この男はこういう奴だった。


 「俺などたかが知れているさ。これくらいなら誰でも出来る。」


嘘をつけ、僕には出来なかったぞ。


 「そうだった。忘れてた。君の凶事にすっかり気をとられていたが、今日からだろう?サークル。」 「あぁ、そうか。今日からだったなぁ。支援してくれた皆のお陰で無事、学校にサボり場が出来たよ。京極殿、ご協力感謝申し上げます。」


わざとらしく敬礼をして感謝すると、


 「気にするな、サークルの名義くらい。私はサークルには入っていないし。何より、使わせて貰う気だしな。」


敬礼で彼も返してきた。






サークル。


ここ数週間で友人を片っ端から拝み倒し、名義を借りて作った。 理由は、ただ暇だったから。だったが、ここまで来るのに経た過程を思い起こすと感慨深い。


先ず、メンバーが集まらなかった。僕、京極の他に三人集めるまでに随分掛かった。


更に前サークルの主が問題だった。メンバーが一人だったのだが、それでも部屋に居座っていたので結局、強制的に出て行って貰った。四日前の事だった。


 「勿論、お前にも使って貰うぜ。というか、もし、来ないと言っても強引に引き摺るつもりだったがな。」


 「やれやれ、では、引き摺られぬよう、講義の後に自発的にお邪魔しようかな?」


首を竦めながら渋々といった様子で言う。しかし、その顔は楽しそうでもあった。


 「じゃあ、お前が来る前にもてなす準備をしておくか。」


今日は私の講義は3限終わり、京極は4限終わり。それだけあれば準備をするのは容易だろう。


 「では、4限の講義はサークルに胸躍らせながら受けるとしよう。」


そうしている内に講義開始の鐘が鳴った。










今日は全体的に不幸が多発していた。あの後も学食が臨時休業するし、3限は課題を忘れてしまうし、散々だった。が、講義の後を思うとそれらは相殺される。




















筈だった。


















 「なんだ?これは…。」


 僕は絶句した。


 あの後、講義が終わり、サークル棟の我等が城に入った途端、衝撃に討たれた。


 泥塗れになっていた。形容でなく、フローリングの床に泥でスタンプされた足跡が無数にあった。


 所々に花びらや薄い黄色の種のようなものも混じった泥は部屋の床全体を覆っていた。


非道い。誰がこんなことを?


「どうした?鴨矢?何故中に入らないのかね?」


 後ろから友の声が聞こえた。


 「京極!!見ろよコレを。」


  想定外に早く到着した理由を問うのも忘れて散々たる部屋の状況を指差す。


「これは…むぅ、あぁ。」


 彼も顔をしかめてこの状況を見回す。部屋全体を見回すと、彼はこう言った。


「ここではなんだ、何処かで座って話そう。」


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