第173話 Re:【ジョイントベンチャー】新国家設立

――アルファ帝国六大選帝公領のうちヴァッレ・ダオスタ公の旧領他、多数の貴族が突如として帝国から離脱することを宣言したのはリリザにとっても寝耳に水だった。


「……状況は?」

 アルファ帝国皇帝リリザは白亜の宮殿で開催されていた宴会を中断し、夜会用のドレスを脱ぎ捨てて彼女専用の軍服に着替えていた。

 銀髪をなびかせブーツの音をひびかせて歩く。

 その彼女に付き添っているのはいつも体調が悪そうな顔色をした同じく銀髪の青年・スワンソン中将だ。リオハ条約に基づく国境駐留を終えて現在は親衛艦隊を率いている。


「極めてよくないですね。ヴァッレ・ダオスタの旧領のうち大部分、ヴァイン公領の30%、停戦交渉中だったザクセン公領、そしてエブロ伯、レオン侯、レバンテ侯、ナタール伯、クワズル伯などが叛旗をひるがえしています」

「……私の私領を離反させられる人物って」

 

 スワンソン中将がうつむく。

「私もそう思っていました。シャリュトリューズが絡んでいるのではないかと」

「そう思って間違いなさそうね」


 シャリュトリューズ伯爵。リリザの叔父だ。

 そしてリリザの姉妹を全て殺害し専横を振るっていた。身の危険を感じたリリザの果敢な反撃でシャリュトリューズは追われ逃げ出したのだった。


 リリザはあの陰気な顔を思い浮かべるだけで腹が立つのだった。

「とにかくまず状況を把握しなければね」

 彼女は立ち止まり大きく深呼吸をした。

 そして余裕のありそうな微笑みを浮かべる。


 目の前の重厚感のある天然の木の扉を開く。

 扉の先には大きな円卓が置かれ、戦艦に置かれているような巨大なモニタと帝国旗が掲げられている。帝国の作戦会議室だった。

 モニタの前のコンソールではオペレーターの軍人たちや当直士官が忙しそうにしている。


 リリザが入ると帝国軍の軍服や貴族の私兵の軍服を着た人々が一斉に立ち上がった。その中には燃えるような赤毛のカルヴァドス伯……現ミッテルライン公爵もいるが不安そうな表情を浮かべていた。


 不安そうなのはカルヴァドスだけではない。

 今回はたまたまリリザの式典に駆け付けていた大貴族たちや軍人も不安は隠せていなかった。


 リリザは彼らの表情を一瞥いちべつするとにっこりと笑った。

「皆さん顔を合わせて会議できて今回は何て幸運なのでしょうか。迅速に対応できますわね」

 トップに立つリリザの笑顔と冗談めいた口調に小さな笑いのさざめきが生まれた。


「さぁ皆さんさっそく落ち着いて座り、対策について話し合いましょう」

 60がらみの老人が発言した。小柄・禿頭で口調はおだやかだが目つきは鋭い。


「ありがとうデュポネ伯爵。さぁ皆さん座ってください」

 リリザが一同を見回す。

 デュポネ伯爵はリリザに昔から協力してきたヴァイン公国の貴族だ。


 一同が座りなおしたのを見計らってリリザは立ったまま言った。


「彼らの一斉行動には驚いたのが本音です。ですが"新しい帝国"に適応できない反乱の可能性のある人々が一気にまとまったとも言えます……課題がよりシンプルになった……と」


「おぉ……」

 感嘆の溜息がもれた。

 

「そしておそらく……」

「申し訳ありません緊急の報告です!」

 リリザが発言しようとしたまさにその時、当直士官が声をあげた。


 何人かの貴族が不快そうな表情を見せた。

 皇帝の発言を遮るとは、というわけだ。


「緊急なのでしょう、話して良いです……いつもの通りに」

 リリザは常に緊急の報告、深刻な事態についての情報は全てに最優先すると通達していた。そのアドバイスをくれたのはメガネをかけた共和国の軍人だったが。彼のアドバイスでリリザは帝国の改革を進めていたのだった。


「は! リマリ辺境伯と……シャリュトリューズ伯爵の共同声明です。全銀河に配信されています。そのまま流すことも可能ですが」

「いいわ、流しなさい」

「は!」


――その声明は一見美しいが、要するにリリザの改革は貴族の伝統を壊すものである。ゆえに従来の伝統的な貴族の統治する帝国を取り戻すために反乱に加われというものだった。


 リマリ辺境伯は帝国の文字通り辺境の領土を持っているが、単なる伯爵ではない。六大選帝公に匹敵する戦力を持っている。そこに数多くの貴族が賛意を示して帝国から離脱を宣言している。


 画面にはシャリュトリューズ伯爵が登場した。

 彫りの深い顔立ちの壮年の男で威厳はあるが一方で底意地の悪そうな眼付をしている。


 リリザは眉をひそめた。

 シャリュトリューズの隣に見慣れぬ金髪碧眼の中年男性が立っていたからだ。


「私はシャリュトリューズ伯爵。伝統的な友愛と秩序のある在りし日の帝国の中核にいたものだ。我々は僭主リリザを討伐するためにつどった。そしてそれに賛意を示してくれた者がいる」


 金髪の男性はさわやかな笑顔を浮かべた。

「ボクはオスカルです。共和国の元大統領であり平和と共生を大事にしていました。伯爵の素晴らしい思想に共鳴し、共和国の労働党および労働党を支持する共和国の恒星系はこの動きに全面的に協力することをここに宣言します」


 それはリリザにとってあまりにも強大かつ敵対的な集団の誕生の瞬間だった。


 

  

 



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