第171話 【重要会議】アドリアとの会談

 首都惑星ゼウスの政庁街はすっかり冬の景色となっていた。

 ちゃんとした水由来の雪がはらはらと降り、レンガ状の見た目をした建物群は白く薄化粧していた。


 その中、涼井は護衛の車でアドリアの指定したバーまで送ってもらった。

 庁舎で制服からスーツ姿に着替えた。


 念のため特殊技能を持った憲兵が事前に潜入して安全を確かめている。アドリアの護衛と思われる人間もちらほらいるようだったが、銃は携帯していないように見えた。


 護衛はロッテ―シャ少佐が指揮をつとめ、ばらばらと憲兵隊が民間人に偽装して周辺に散った。


 直接の護衛はベッソン少尉という軍曹あがりの士官がつくことになった。

 彼は拳銃だけ携帯し涼井の背後についた。


 バーはこじゃれたスーツや時計を扱った店の入ったビルの地下だった。

 重い木のとびらを開けると適度な大きさの話声が聞こえてくる。カウンターだけではなくボックス席もある。バーといってもダイニングバーのようだった。


 涼井が入ってコートをぬぐと店員がよってきてさっとクロークに預けにいった。


「来たわね」

 アドリアはボックス席に座っていて軽く手をあげてきた。

 茶色のふわっとしたウェーブの髪の毛は、昼間はおろしていたが今はアップに換えている。派手な夜会用ドレスめいた服装をしていた。


 ボックス席の前には体格の良い男がいて周囲を警戒していた。 

 アドリアの護衛だろう。


「時間通りのはずだが……」

 涼井もボックス席に腰をおろしてスーツのジャケットのボタンをはずした。


「ふぅん……」

 アドリアはその所作をみて目つきが鋭くなった。


「元帥閣下は気のせいかスーツのほうが着慣れているのねぇん?」

「……私服はこの姿で出かけることもでかけるからね」

「まぁいいわ」


 アドリアは左手をのばしてぱちりと鳴らした。

 バーテンダーがすっとやってくる。


「ロッテミッションのララカウダー割」

「かしこまりました」

「……ろって……?」


 涼井がきょとんとしているとアドリアは溜息をついた。

「スズハル元帥もあーしがこういうのを飲んでるのをイメージに合わないっていうわけ?」

「というより聞いたことが……」

 アドリアは眉をひそめた。


「お高く止まろうってのかしらね? あんたも同じものを飲むといいわよ」

 アドリアは再びぱちりと指を鳴らした。


「ロッテミッション少な目でララカウダー割」

「かしこまりました」


 やはり聞き取れない。

 この世界ではおおむねなぜか日本語的なものが通じるのか、あるいは何か別の理屈で話しが通じているのかは分からないのだが、基本的には聞いたことのある単語が多い。

 しかし稀に固有名詞で全く聞きなれないものが出てくることもある。

 料理や酒の類、機械のパーツなどにその傾向が強かった。


 「ワイン」という単語は一般的なものだから通じるようなのだが、その銘柄となるととたんに「ヘスティア産のミシガン黒ブドウのアナーバー20年もの」とか見知らぬものになる。もともと涼井は居酒屋派なのでワインの銘柄などの知識も最低限度だ。


「こちらでございます」

 バーテンダーが金属製のタンブラーを二つ運んでくる。

 黒っぽい見た目だが炭酸系のようだ。


 アドリアはさっそくそれをぐいぐいと飲んでいる。


 涼井もタンブラーを手に取ってその液体をのどに流し込んだ。


「!」

 

 ほろ苦い風味に心地よい炭酸がのどを滑りおりてゆく。

 そこはかとなく香る芳香、そしてどことない甘味。


「これは……!あの……?」

 涼井の脳裏にさまざまな思い出が浮かんできた。

 学生時代によく飲んだ、いわゆるビールに似た飲み物の焼酎割。アドリアが頼んだこのカクテルはまさしくそれだった。

 ビールそのものよりも焼酎の独特の風味が加わり、さらにビールは醸造酒だが、焼酎はあくまで蒸留酒であるというのが良かった。


 涼井は思わず一気に飲み干した。 

 アドリアがにまーっと笑った。


「なかなかいける口ねぇ」

「これは好きですね」

「お世辞じゃなさそうねぇ……あーしだってヴァッレ・ダオスタ公爵の娘とはいえ、もともと婚外子なのよ。こっち・・・で苦労したのよぉ」

「ほう……」


 意外な話だった。


「ここのバーはあーしがよく頼むので置いてくれてるのよ、本来は大学生が飲むようなものだけどね」

「故郷に似たようなものがある」

「スズハル提督はゼウス出身じゃなかったかしら? これ辺境の味よ」

「……辺境に住んでいたことがあるんだ」

「ふぅうん……」


 アドリアは探るような目つきになった。

「まぁいいわ……それで今日の話というのは……」


 アドリアが話題を変えた。

 涼井も思考をアドリアの次の言葉に集中させた。


「一緒に国を作らないかしらね?」

 それは意外な提案だった。






 

 

 

 

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