第170話 対応策立案

「えぇっ……敵の船を調べるんですか? 何のために?」


 共和国の技術者たちはぽかんとした顔をして聞き返してきた。

 涼井はこめかみに手を当てて冷静になろうとつとめた。


 涼井は、ニヴルヘイム銀河の軍団がロストフ連邦を占領し領内に留まった後、後事はリシャールやロアルドに託し、敵の破砕された艦艇を曳航して共和国内に戻っていた。


 首都惑星ゼウスでは大統領選まっさかりで、いよいよ最終の選挙人選挙が行われる間近となっていったが、共和国軍が他の銀河の艦隊を撃破したことは大々的なニュースとして伝わり、ノートン元帥有利というのは巷のうわさだった。


 そんな中、曳航してきた巨艦は惑星機動上の基地に停泊させ、涼井は統合幕僚長として技術者たちを集めて会議を開いていたのだった。


 会議室は快適な温度に整えられ、円卓には涼井の他、統合幕僚本部の統括官となったバーク少将、副官のリリヤなども顔をそろえた。


「……敵の船にはこちらの知らない技術が多数使われているらしい。それを解析することで新たな技術が手に入るかもしれない」


「そうは言ってもですねぇ……」 

 ウェールズ技術少将が口を開いた。40がらみの見た目は暑苦しいタイプの男前だが、どうも否定的だ。緑色の目をくりくりとさせながら彼はつづけた。


「いまのご時世、この100年前に完成された汎用AIゲネシスに頼った開発以外はできず、だいたい帝国やロストフ連邦、我が国もこの汎用AIゲネシスをベースにしているので艦艇の技術もだいたい横並びでして……」


 ゲネシスというのは100年ほど前に完成したいわゆる人工知能……AIだ。

 何年もかけて学習を繰り返し、汎用的な能力と機能を得たらしい。もともと地球に比べると超科学を持っているこの世界だったが、ハードウェアに比べてソフトウェアの進化は甘かったようだ。


 それを銀河商事がこの汎用AIゲネシスを開発、それは自己学習能力に加え、曖昧さを許容するファジイ推論系、容量や計算能力の自動拡張を持ち、その汎用的かつ圧倒的な計算力を生かしてサブAIもどんどん増殖していった。


 そうこうするうちに工廠などの技術開発もAI制御である程度行われるようになっていったが、一方で便利なゲネシスの発達はこの世界の人間から思考力を奪っていったのだった。


「敵艦を分解しての調査などできないのか?」

「何しろ未経験分野ですから……」


 涼井は溜息をついた。

 しばらく会議で話してみたが、とかく今の共和国軍の技術将校たちはあくまでゲネシスの運用を行うオペレーターのような存在であって、自ら技術を持っているわけではなさそうだった。

 

 国防省の廊下を歩いている時、涼井はふと見覚えのある人物とはちあわせた。

 茶色のふわっとしたウェーブ、掘りが深くぱっちりとした顔立ち、何やら毛の多い動物の毛皮らしきコート。

 アドリア・ヴァッレ・ダオスタ大統領候補だ。


 なぜこんなところにいるのか。

 涼井は怪訝な表情を浮かべた。


「あーらスズハル元帥、お久しぶりですわねぇん」

 アドリアがばちりとウィンクをしてくる。


「そうですね、では忙しいので」

「ふん……でも今回はちょっと話を聞いたほうがいいかもしれなくてよ?」


 アドリアが意味ありげなことを言う。

「……話とは?」

 涼井は足を止めた。


「いまちょうど国防省の視察をしているのだけどぉ、さっき休憩室で耳にしたところによると、隣の銀河の艦艇の解析に困っているらしいわねぇ……」


 涼井は手の平でを顔をおおった。

 コンプライアンス意識皆無。

 おそらく技術将校たちが休憩室でぺらぺら話しているのをアドリアは聞いたのだろう。


「ゲネシスに頼らない艦艇技術者……いるけどぉ?」

「……」

「開拓宙域での戦艦の密造とかは結局はAIの延長でしかないわよぉ、でもフォックス・クレメンス社の事件、覚えてるでしょ? あれは帝国のAIを使うわけにもゲネシスを使うわけにもいかなかったから……いるのよぉ、あの軍需企業の技術者たちが」


 涼井はできるだけ表情を消した。

 アドリアは他の人間には聞こえない程度の距離まで近寄り、ささやくように言う。


「あのあと逃げ出した技術者たちはこちらで押さえてあるわ……そのかわり大統領選については多少の談合が必要ね、興味があったらこちらに連絡を……」

「……興味はある」

「さすが決断が早いわねぇん、じゃ夜にこの店まで」


 そう言ってアドリアは首都惑星ゼウスの政庁街のはずれにあるバーを指定した。


「待ってるわ」

 敵意とも挑戦的ともつかぬ表情を浮かべてアドリアは去っていった。


 


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