【商談】開拓宙域の海賊姉妹
銀河商事ヴァイツェン支社の支社長と名乗ったトムソンは、涼井の一行を支社に招き入れた。インペリアルホテル・ヴァイツェンのオフィス棟の受付を通り上階へ移動する。
エレベーターは涼井の常識に照らして特に変わった技術が使われているわけではないようだったが、足元も含めて全面が透明な素材で出来ていて解放感は凄まじかった。
足元だけほんのりと半透明となっていて恐怖感はそこまでではなかった。
銀河商事のヴァイツェン支社はオフィス棟42階の一画で、かなり小規模だった。支社長用の個室と事務机が数個、この世界独特の端末が並んでいて数名の社員が仕事をしていた。
涼井はふと地球の銀河商事を思い出して懐かしくなった。
奇妙なことにオフィスに掲げられたロゴは地球の銀河商事のものと色味や細部に違いはあれど、かなり似通った意匠だった。
陸戦隊員数名は理由をつけてオフィスの中には入らず危険がないかオフィス棟の探索にでかけた。ロブ中佐はさりげなくオフィスの中を監視し、支社長の個室には涼井とロッテ―シャが入った。
ロッテーシャはぴしっとしたスーツを着込んでいる。できるだけロブ中佐の指導で民間人に見えるように練習をしたのだが規律正しい感じはおそらく見る人が見ればわかってしまうレベルだった。
トムソンは2人に椅子を進める。
その間にトムソンからは簡単に銀河商事がヴァイツェン宙域でやっていることなどを紹介し、お返しとして涼井は交易船「ドーントレーダー」と偽装企業ではあるがペルセウス・トレーディング社の紹介をした。
話をしているうちにトムソンはだいぶ涼井に胸襟を開いてきたようだった。
「……だいたい私設警備隊は多かれ少なかれ、別の会社が雇った警備隊でも銀河商事の資本が入っているのですよ。ゆえに反物質構造体を積んだ貴社の交易船がヴァイツェンに向かっていることはかなり前から情報が入っていました」
トムソンは机の中から電子タバコのようなものを取りだし、それをそのまま鼻の穴に差し込んだ。
ロッテーシャは特に気にする様子もなかったが、涼井はわずかに驚きが顔に出たのだろうか、トムソンが笑った。「ご存じの通り開拓宙域ではこいつをやる人間が多いのですが……お好きなら一本いかがですか?」
「いや……結構です」
トムソンが椅子に座りなおす。
「いや正直開拓宙域に出てくる方々というのは有象無象で怪しい人が多い中、貴社はかなりまとも……いや失礼、立ち居振る舞いがしっかりしていらっしゃる。それにどことなく我が銀河商事独特の所作にも慣れていらっしゃるようで……もしかすると銀河商事の卒業組ですかな?」
涼井は笑顔を浮かべた。
「いえ……ただお付き合いは間接的にはありましたからね」
トムソンは机の上に載っていた天然ものらしき紙で出来た資料を脇にどけた。
「本来は我々はいつも……保険を提案しているんですよ。開拓宙域限定の。ただ貴殿たちには必要なさそうだ」
ふと涼井は眉をひそめた。
「といいますと?」
「今時、紙なんて希少なものを使って資料をお見せするのは、高額の保険に入ってもらうためなんですよ。だいたい開拓希望者や交易希望者は開拓宙域に夢をみていらっします。しかし治安もそれなりによくはない……海賊姉妹の噂は聞いたことがおありですかな?」トムソンが意味ありげな表情となる。
涼井は表情を消した。
「社のほうからはいくつか指示を受けておりますが……機密保持契約抜きには話せませんね」
「
涼井は曖昧に頷く。
トムソンの目にどんよりとした暗い煌めきが映ったように見えた。
「そういった連中は開拓公社の一時金を持っていたりしますから、ここで支社室で個別に話すことで高額の保険に入ってもらうのです。保険すら入らずに来る有象無象が多いのでね。しかし貴社はしっかりされておられますし……護衛の方もいるようですから必要はないでしょう。本社のほうで保険は入っておられますでしょう?」
「保険は入っていますよ」
涼井が歯を見せてにっこりと笑う。
「でしょう。それでは当社からは過去の事故事例をお渡しいたしますよ。積み荷の反物質構造体はどこかにお売りになるのですかな?」
「あくまでサンプルですからね。場合によっては我々の推進剤の予備にもなりますし、海賊船が来たら投げつけることもできるでしょうな」
トムソンは冗談ととって笑った。
「それでは……」
トムソンは涼井に対して、地球の銀河商事風の御辞儀をしてみせた。
涼井も軽く御辞儀を返して退出した。
ロブ中佐と陸戦隊員がすぐに合流した。まとまって宿泊棟のほうに向かう。
涼井はトムソンの言っていた内容を頭の中で反芻した。
海賊姉妹。
確かに開拓宙域は権利が確定していないので進出した企業や個人は独自に自衛している。当然積み荷を狙った海賊なども出るのだろう。帝国や共和国の領域と違って沿岸警備隊の巡視艇が見回りをしているわけでもない。もちろん海賊行為は皆無ではないが、強力な軍隊が控えている各国の領域よりも無法者たちが活動しやすい条件は揃っていると言えた。
涼井は部屋に落ち着くと、ロブ中佐やリリヤにいくつかの指示をした。
いつの間にか完全に夜になり、インペリアルホテル・ヴァイツェンの上空では巨大な銀河の腕が相変わらず煌めき、美しくも異様な光景となっているのだった。
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