第64話 【決算準備】カヴァ宙域会戦
ノートン元帥と涼井の艦隊とリシャール艦隊が砲火を交えている間にトラン・フー提督の指揮する艦隊は貴族たちの艦隊の隙間に入り込んで暴れまわった。トラン・フー艦隊は数十づつの小艦隊に分かれゲリラのように浸透して周囲を撃ちまくった。貴族連合の艦隊は完全に烏合の衆であるがゆえにそれに対する対応も様々で、かつ味方の隊形にあまりに入り込んでいるがゆえにまとまった砲火を浴びせづらかった。
その様子を眺めながらチャン・ユーリンの指揮する9000隻とブライト・リンの指揮する1200隻の艦艇も動いた。
チャン艦隊の目標は今回の総指揮官を討つことだった。彼はリシャール公とトラン提督が暴れている間に総指揮官らしき戦艦ゼウスを撃破するつもりだった。
チャン・ユーリンは元来小規模な艦隊を遊撃的に動かして敵を奇策で撃破するのが得意なタイプだった。
チャン艦隊は何とか奇襲を成功させようと前進した。
しかしそこへロアルド提督の指揮する第一任務艦隊48000隻がのっそりと前進してきていた。
「スズハル君……大丈夫かね?」
ノートン元帥は不安そうにメインスクリーンに映し出される戦況を見つめていた。
「問題ありませんよ。いまのところ想定の範囲内かと」
涼井は眼鏡をくいっと直しながら答えた。
「相手がどんなに暴れようとも所詮は小勢です。加えてこちらのほうが実は補給もしっかりしています。相手は質量弾を撃ち尽くすところですがこちらはたっぷりと抱えてきています。さらに後退には念のためで控えている艦隊がまだ無数にありますから」
涼井の言った通りだった。
今回最も気を使ったのは質量弾の補給や損傷を受けた艦艇の修理や後送、後退だった。
数十万隻の大軍を準備していたが、最終的な決戦ではすべてを同じ戦場に投入するのではなく、常に最適な数が最適の戦力を発揮できるようにするのが目的だった。
疲れ果てたサラリーマンに延々と勤務させるよりも休暇を与えたり交代要員を常に準備しておくほうが効率が良いのと同じだ。どんなに優秀でも連勤し疲れ物資もなくなればいずれ力尽きる。
共和国艦隊の弱点は新編の艦隊が多いこと、貴族連合の弱点は烏合の衆であること。
それに対してリシャールの艦隊もチャンの艦隊も
しかしそれでもたっぷりと補給があり常に損傷のない艦艇が前線に出てくるとなれば話は変わってくる。
さらに共和国はすぐ後方に補給拠点を設けているのでこの会戦で質量弾を撃ち尽くしてもすぐに補給できる。
損傷した艦艇や負傷者を後方に送る体制も整え、交通整理にだけ任じている艦隊もいるほどだ。
「仮に……」
涼井は続けた。
「仮にここで撃ち漏らしても次の会戦でも我々の戦力はあまり変わらない。一方相手の戦力はもっと落ちている。そこでさらに撃ち漏らしても相手はもっと弱まります。とっくにブレークイーブンは越しているのです」
ノートン元帥はブレークイーブンという言葉がいまいち分からなかったが取りあえず頷いておいた。
最初はそれなりに局所では優勢に戦えてもやがて疲労していけば能力は急速に落ちていく。
現在のカヴァ宙域でもすでにその傾向が強まっていた。
ノートン元帥と涼井の艦隊に正面から殴り掛かったリシャール公の艦隊も徐々に動きがにぶくなり砲火が弱まりつつあった。次第に被害が増加し質量弾を撃ち尽くしたのだ。
トラン・フー艦隊も小艦艇群自体が力尽き飲み込まれ、活動がほぼ停止していた。
そしてリシャール公の背後から整然と殴り掛かったチャン・ユーリン提督の艦隊は涼井が最後の最後まで温存していた旗艦護衛艦隊として置いていた自らの第9艦隊の砲火の真っただ中に飛び込んでしまった。
首席幕僚のバークが指揮官代行を務めており、バークの号令で第9艦隊が一斉に質量弾を奇襲のつもりで襲い掛かったカン・ユーリン艦隊の鼻先に叩きつけた。
「バカな……!」チャンは絶叫した。
いくら歴戦の勇士ぞろいでも数は少なく質量弾もほぼ使い切っている状態で攻撃を受け艦隊は混乱した。
さらに第9艦隊の背後から次々と新編の艦隊が現れチャン艦隊を包み込んだ。
「これで詰みです」
涼井はやや冷たく言った。
第9艦隊の戦艦が放った質量弾のひとつがチャンの乗る戦艦ヘリオスの後部機関付近に直撃した。
装甲をはぎ取り激しい衝撃に戦艦ヘリオスが回転する。
そのまま護衛の重巡洋艦に激突した。
距離を置いて布陣するこの世界の艦隊では艦艇同士の衝突が非常に珍しいものだった。
しかしそれは起きた。
楔形のような隊形を組んでいたためにいつもよりは密集していたこともひとつの原因だっただろう。
そして大きな爆発が起きた。
そしてそれはこの未曽有の艦艇群が激突するカヴァ宙域会戦終幕の号砲となったのだった。
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