第59話 Re:Re:【新規発注】史上最大の作戦

「何てことだ……」

 チャン・ユーリンは愕然としていた。

 リオハ宙域で8万隻、このバローロ宙域で12万隻の敵艦隊に遭遇した。

 チャンの率いる解放軍艦隊はせいぜい3個艦隊36000隻にすぎない。しかも分散しているのはチャンのほうで、相手は密集している。まさか帝国貴族たちがいつのまにかこれほどの艦隊を集めて敵対してくるというのはチャンにとって完全に予想外だった。


 チャン艦隊はヴァイン公リリザの率いる帝国艦隊に完全に飲み込まれていた。 

 まるで魚群の中に一匹だけ取り残された別種の魚のような状態になった。

 帝国艦隊はうねるように機動しながら猛烈に砲撃を仕掛けてきた。


 四方八方から撃たれる。

 質量弾、光線が飛び交い、破砕された艦艇の装甲が飛び散った。

 

「まっ02分艦隊壊滅!」

 オペレーターが悲痛な声をあげる。

 しかしチャンはこのタイミングで気付いた。


 先ほどの共和国艦隊に比べ、自身の艦隊を飲み込んだ艦隊群の機動にほころびがあることに。


「チャン提督! ご指示を!」

「ご指示を!」


 赤い腕章をつけた幕僚やオペレーター達が騒ぐ。 

 しかし彼はそれを無視してメインスクリーンを見つめた。

 

 艦隊と艦隊の間にやはりほころびが複数個所あるように彼の眼には見えた。


「全艦艇! 全質量弾を私の指示する箇所に叩き込め!」

「はっ……!」

 

 チャンが指示した個所に向けてまだ攻撃可能な艦隊が一点に集中して質量弾による砲撃を仕掛けた。

 猛烈な射出だった。

 そしてそれは帝国艦隊の大群の一部に確かに穴を空けた。


「今だ! 敵の陣形を食い破って逃げるぞ!」

 チャン提督が直卒する艦隊は鍛え抜かれ指示に完璧に従う精鋭となっていた。

 チャン提督の旗揚げを聞きつけて再度幕下に加わった退役軍人ベテランも多かった。

 そしてそれが彼の巧妙な機動を実現していたのだった。


 チャン艦隊は猛然と砲撃を集中した個所に突進し食い破った。

 彼らは多数の艦艇を破壊されながらもそれらを全く顧みることなく猛烈なスピードで逃げ去っていった。

 そして帝国艦隊はチャン艦隊を追わなかった。


「……ここで殲滅したかったわね」

 ヴァイン公リリザは銀色の瞳に僅かな憂いを浮かべ、ため息をついて特注の豪奢な司令官席にもたれかかった。

「よろしかったので?」

 同じく銀髪の軍服姿の男が答えた。顔面にはいくつもの傷が走っており、大怪我の跡がうかがえた。


「構わないわ。スワンソン准将……」

 彼女は続けた。「この艦隊はあらゆる規模の、旧・反リシャール公主義者の貴族を集めた烏合の衆。共和国の艦隊と比べれば統制はとれていないわ」

 リリザは冷たい目でメインスクリーン上の視界から消え去ろうとしているチャン艦隊を見つめた。

 事実、集合訓練もままならない状態で彼女は戦陣に居た。

 駆け付けた数十隻から数千隻規模の男爵、子爵、伯爵たちが領地から連れてきた性能もばらばらの艦艇を糾合し形にするので精一杯だった。

 今回の進軍の為の陣形の維持だけでも一苦労だったのだ。


 チャンが直卒する解放軍第1艦隊が食い破ったのは名も知れぬ辺境の伯爵の艦隊だった。

 200隻の艦隊を率いて参陣した貴族だった。

 チャンが見破ったのは、こうした規模や性能の違う艦艇がばらばらに群れを成すことによって生まれるほころびだったのだ。


 リリザはふっと微笑を浮かべた。

「――えぇ、構わないわスワンソン」


 ぼろぼろになったチャン提督の指揮する解放軍第一艦隊は驚くべき速度で逃走していた。

 彼の手元に残ったのは僅か8000隻。

 幸い帝国艦隊は追ってくる気配がなく、チャン艦隊はヴュルテンブルク宙域に向けて航行を続けた。


 虎口を脱したとはいえ殆どの艦艇が傷つき、装甲が破損し、ついていけずに脱落する艦艇が数隻づつ出ていた。

(しかし……)


 チャンは逃走を続けた。

 彼の秘策が準備されているはずだったのだ。


 ヴュルテンブルク宙域の白色矮星と、穀倉となっている小型の惑星群を艦隊のセンサーが捉え、メインスクリーンに映し出した。そしてそれは絶望的な光景だった。


 今度は整然と陣形を組み、広く惑星群の軌道に展開する無数の輝点をも映し出していたのだった。

「てっ提督……じゅ、10万隻を超える艦隊です……」

 オペレーターが絞り出すように声を上げた。

「敵中央部……敵の艦艇が多く定かではありませんが……戦艦「ゼウス」を確認……共和国艦隊です」

「ばっ馬鹿な……!」


 チャン提督はふらふらと司令官席から立ちあがった。

 最初に84000隻、次に12万隻、そしてまた10万隻。

 帝国を含めた数十万隻が終結しているのだ。その衝撃が彼の精神に深刻な形でのしかかっていた。


「スズハル君、予定とは少し違うが現れたね」

 共和国元帥ノートンが司令官席でそうつぶやいた。

 彼は様々な感情が去来する目付きで、このヴュルテンブルク宙域に現れたチャン艦隊の残党・・を眺めていた。


「ですね」

 涼井はくいっと眼鏡を直しながら同意した。

「スズハル君……スズハル参謀長、どう戦えば良いかね?」

「ここにはもはや罠など何もありません。正面から堂々と圧倒的戦力で踏みつぶしてください」


 ノートンはふっと不思議な微笑を浮かべた。

「まさか我々共和国が敵に対して数的優位に立つ日が来るとは思っていなかったよ……さて行こうか」


 ノートンの指揮で10万8000隻の艦隊は堂々と動き始めた。

 中央は5個艦隊、左右に2個艦隊づつが展開してそれらが同時にチャン艦隊の8000隻に向けて動き出した。

「ば……馬鹿な」


 チャン提督はその光景を前に成す術なく立ち尽くしていたのだった。

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