第58話 Re:【新規発注】史上最大の作戦

 チャン・ユーリンの率いる解放軍艦隊がリオハ宙域において遭遇したのは共和国宇宙軍のルアック提督率いる7個艦隊84000隻だった。ルアック提督は先だってファヒーダ提督とともに行われたチャン艦隊への威力偵察・・・・で撃退されてしまっており、今回は復讐に燃えていた。

 

 司令官席でルアック提督は哄笑した。

「ガハハハ! 今度は前回の4倍近い艦隊だ。 前と同じようにはいかんなぁ?」

 ルアック提督は大柄な50歳半ばのベテランだ。豊かに蓄えた灰色のヒゲを震わせて笑う。


「はい、ただ油断はなされませんよう」

 ルアックの側に付き従うのはルアックの幕僚長のロジャー少将だ。もともと第六艦隊の首席幕僚だったが、艦隊群を指揮することになりルアックのスタッフとしてそのまま昇進した。


「もちろんだとも!」

 ルアック艦隊は手元の艦隊のうち、攻撃的な隊形をとった2個艦隊を前面に押し出し、そのまま縦列で一気にチャン艦隊に迫った。

 チャン艦隊は引かずに3つに分かれ、エメット率いる解放軍第2艦隊、トラン率いる解放軍第3艦隊が包み込むように反撃してきた。それは歴戦でプロらしい苛烈な反撃だった。


 質量弾が飛び交い無造作に進出したルアックの先頭艦隊に被害が出た。

 さすがにルアック艦隊の進撃がやや遅くなる。

 そのスキをみたのかチャンが直接指揮する解放軍第1艦隊が即座に後退する。


「ぬお!逃げるのか?」

 その様子をメインスクリーンで見ていたルアック提督が吠える。


 その声が聞こえたわけではないが、チャンは薄ら笑いを浮かべた。

「知ったことか。このリオハ宙域よりもバローロ宙域にあらわれた敵のほうが気になる」


 チャンは見事な指揮でリオハ宙域を高速で離脱してルアック艦隊から遠ざかった。


「やむをえん……いまはあの2個艦隊を撃滅しよう」

「はっ」


 ルアック提督はその性格そのままのような堂々とした指揮でエメット艦隊、トラン艦隊に迫った。

 エメット艦隊は誘うような動きをみせ、トラン艦隊はルアックの先鋒から距離を保とうとした。


 瞬間、ルアックの脳裏に「罠か?」という単語が浮かんでくる。

 その様子を見ていたロジャー少将がルアックに耳打ちする。

「スズハル提督が言っていた通り、ああいう動きは1000%罠です」

「む……そうだったな」


 ルアック艦隊はそのまま塊となってエメット艦隊に殺到した。

 驚いたのはエメットだった。

 

「馬鹿な!」

 誘うような機動に引っかからなかった敵は少なかった。

 ルアックのことも典型的な猪突猛進型の将帥だと考えていた。

 ゆえにその攻撃は結果として戦術的な奇襲になった。


 エメット艦隊はありったけの質量弾をぶつけ、そしてルアック艦隊の先鋒と衝突した。

 しかし2個艦隊の圧力は大きく、さらに相手の数が多い故に正面だけではなくさらに数個艦隊がエメット艦隊を包囲するように機動した。

 

 ここにきてようやくトラン艦隊がエメット艦隊の救援に駆けつけた。

 トラン艦隊はエメット艦隊が窮地に陥っていることにすぐに気づいた。

 明らかに圧倒的な物量に押し込まれ、このままでは瞬時に消滅しそうに見えた。


 トラン艦隊はややこの宙域の主戦場から離れていた利を生かして迂回機動をとった。

 そして先鋒艦隊群に続いて進撃していたルアックが直卒する第6艦隊の直上から猛烈な攻撃を加えた。


 もちろんルアック提督も無防備だったわけではない。

 しかし直接指揮する艦隊に攻撃が加えられたことで一瞬、艦隊群の動きがにぶった。

 それを見てとったエメット艦隊は素早く後退してルアック艦隊全体の虎口から逃れるように機動した。


 一瞬の迷いからルアック艦隊もすぐに立ち直り砲火を浴びせてくる。

 しかし押しつぶされ一気に消滅してしまう位置からはエメット艦隊は何とか逃れていた。


 一方、チャン・ユーリンが指揮する解放軍第1艦隊はまっすぐにバローロ宙域に向かっていた。

 そこに大艦隊が出現したという報告があったためだ。


 仮にそれが本当と仮定し何も手を打たなければバローロ宙域は取られる。

 そしてそこから殺到する大艦隊はリオハ宙域にも雪崩れ込み挟み撃ちだ。


(しかしそんなはずはない)

 チャンは半ば以上そう考えていた。

 どう考えても共和国軍にそれだけの大艦隊を同時に二正面に動員する戦力はないはずだった。


(ということは大軍を偽装している。おそらくは民間の商船を使っているのだろう)

 彼はそう考えていた。

 共和国の欺瞞であることが確定すれば少数の敵艦隊を撃破してリオハ宙域に戻る。

 

 いくら相手が大艦隊といえど老練なエメットと勇猛なトランがそう簡単に全滅するとは彼は思っていなかった。

 そうすれば瞬時に戻ってきたチャン艦隊がうまく相手の側面か後方を衝ければ混乱を誘える。

 勝機はまだある。

 そう考えているのだった。


 しかしその考えはバローロ宙域に接近することで、そこに展開する敵艦隊の情報をようやく入手できたオペレーターの悲痛な叫び声でかきけされた。


「敵のだ、大艦隊です! 巨大な重力を感知……6個艦隊……12万隻! 帝国です! 帝国貴族の大艦隊!」

「な……!?」


 チャンは驚愕した。

 メインスクリーンに映し出された艦艇群は確かに帝国軍が使うタイプの艦艇だった。

 そしてその中心部にある艦艇はヴァイン公の紋章を艦首に取り付けているのが見えた。

 

「ようやく来たわね」

––戦艦「ヴァイン改」に座乗したヴァイン公リリザは豪奢な椅子に座り冷たい微笑みを浮かべた。

 彼女の白磁のような肌は紅潮し、その美しい造形の顔に銀髪がふわりとかかった。

「スズハルの言う通りだわ。砲撃開始!」


 バローロ宙域にいた艦艇は欺瞞ではなかった。

 明らかに共和国軍の動きと連動した帝国艦艇の大群で、そしてそれはヴァイン公リリザが指揮しているのだった。

 チャンの艦隊は殺到する相手の大軍に一気に飲み込まれた。

 

 

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