第56話 【引継ぎ】数字は嘘をつかない
第二次バローロ宙域会戦はその後すぐに決着がついた。
後背から切り込んできたチャン・ユーリンの直轄艦隊に引っ掻き回され、さらに正面からエメット艦隊が突入してきたために陣形を維持できなくなった。
艦艇の4割を喪失し、ルアック提督とファヒーダ提督は敗残の艦艇をまとめて共和国に向かった。
リオハ臨時人民共和国は追撃しようとしたが後詰の共和国艦隊が出現したため、それは諦めて退いた。
その第二次バローロ宙域会戦の敗北の悲報はすぐに国防総省にもたらされた。
大統領エドワルドはすぐに私的な会議を招集し、宇宙艦隊司令長官ノートン大将、統合幕僚長ロドリゲス元帥、国防大臣のエドガー、そして関係する補佐官とスズハル提督と惑星ゼウスにて会合した。
涼井は出張と称して護衛のロッテーシャ大尉と護衛の陸戦隊員、駆逐艦数隻だけをつれて共和国を回っていたようだった。
惑星ゼウスの会議に現れた際はやや疲労しているようで顔色があまりよくはなかった。
「スズハル君、困ったことになった」
「そのようですね」
大統領エドワルドは真剣に困惑しているようだった。
「スズハル君、また君に頼りたい……」
ノートン大将も力なく発言した。
相変わらず国防大臣のエドガーは発言しないが沈鬱な表情ではあった。
涼井は相手を安心させるような微笑をたたえた。
「ご安心ください」
全員の注目が集まる。
「困ったときだからこそチャンスに変えましょう。ここに子細な計画がございます」
参加者達からおぉ……と感嘆の声が漏れる。
涼井は例によって高価な「紙繊維」を入手し、プレゼン資料を印刷してきていた。
この世界には印刷機は存在しないのでわざわざ涼井の座乗する戦艦ヘルメスの機械科で開発したものだ。
貴重な紙で資料を配布するというのはこの世界では有効なようだった。
涼井は紙の資料の配布を終わると立って歩き回りながら説明した。
「……まず今、問題なのはチャン・ユーリン提督の独走です。彼は勝手に部下を率いて独立宣言を出し、国を作ってしまいました。これは確かにすぐに対処の必要がありましょう」
彼は続ける。
「考えられる対策は和解、制圧などですが、国の威信をかけて制圧をする必要があると思われます。第二第三の彼を生まないためにも」
「そこで制圧ということですが、過去の彼の戦歴を表でまとめてきました」
涼井は表については空中に資料を投影した。
会議室の机の上に表の像が浮かび上がる。
「何と彼が戦った戦役の95%が勝利、5%が引き分け、となっています。恐るべき勝率でまさに不敗と言ってよいでしょう」
会議室がざわめく。
感覚的にチャン提督の強さは分かっていても数字にされることで、改めてその重みがのしかかってきたのだ。
「ただし」……涼井はやや溜めて周囲を見回した。
焦燥、苦悶、焦りなどさまざまな表情がよく見える。共和国最強クラスの提督の離反が与えた衝撃はかなりのものなのだろう。
「この数字そのものはチャン提督不敗伝説の根拠ではあります。確かに戦闘には強い。
涼井は続けた。
「実は過去の戦役、例えばチャン提督が勇名を馳せた皇帝戦役などでは意外にも……」
皇帝戦役は涼井がこの世界に来る前に起きた戦役だ。
リシャール公が台頭する前に、アルファ帝国皇帝であった皇帝ラインヘッセン3世が共和国に戦争を挑んできたのだった。
双方あわせて10個艦隊以上が激突する一連の戦闘だったが、ここで総崩れになる共和国艦隊の中、チャン提督やスズハル提督が奮戦した。
ただ涼井があらためて過去の戦闘データや報告書を丹念に分析すると意外な事実が浮かび上がってきた。
当時の共和国艦艇は各宙域にわかれて幅広く展開し皇帝を迎え撃っていた。チャン提督の指揮する第3艦隊は、宇宙軍司令部の命令で第5艦隊と一緒に最右翼を防衛する予定だったが、そこに若きリシャール伯(当時)が大艦隊で突っ込んできた。第5艦隊は命令通り迎撃したが、なんとチャン提督は第5艦隊を見捨て勝手に下がってしまう。
チャン提督曰く「どのみち勝ち目がなかった。下がるよう第5艦隊にも助言したが彼は軍人の使命とか何とか言って下がらなかった愚か者だった」という発言の報告が残っている。
しかしもしも二個艦隊で粘れば他宙域にもプラスの影響があったかもしれず、結果としてこのチャン提督の独断での後退が共和国艦隊すべての崩壊のきっかけになってしまっていた。
その後チャン提督は遊撃的に独断で動き、個々の戦闘では活躍するが、よく相手を選び、また自分の仲が良い艦隊だけ救援に行くなどかなり勝手な行動が見られた。
「つまり、個々の戦闘では確かに強いが劣勢と見るや仲間を見捨てて逃げるなどの独断も多く、95%の勝率という数字の裏には見えない退却や後退、戦いの回避がかなりの数潜んでいると思われます」
参加者たちからは感嘆の声が漏れた。
どうもこの世界では数字、すなわちファクトベースで話す習慣がないらしい。涼井が目を通した資料によると
「さて、ここでチャン提督と戦う秘策についてですが……」
秘策と聞いて参加者達が目を輝かせた。
涼井はほぼ思い通りに動いてることに内心ほくそ笑みつつ説明を続けたのだった。
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