第55話 【新規案件】第二次バローロ宙域会戦

 チャン・ユーリン提督はくせのある黒髪をかきあげ、艦橋の司令官席に座っていた。

 メインスクリーンには惑星リオハと、その後方で白く強烈な光で輝く恒星が映りこんでいる。

 それが惑星リオハの輪郭を照らし出していた。

 

 そしてスクリーンには無数の白い小さな輝点が群れで動いていた。

 リオハ臨時人民共和国の艦隊だった。

 

 彼らはバローロ宙域の帝国艦隊を撃破し、バローロ宙域、およびリオハ宙域を支配下におさめていた。

 さらに降伏した帝国艦隊をいくつか強制的に吸収し数は増えていた。


 昼間から金属製のスキットルを持ち出しウィスキーをちびりちびりと飲んでいた。

 共和国宇宙軍の制服のままだが右腕に赤い腕章をつけている。

 これがリオハ臨時人民共和国の印だった。


「提督」

「どうした、参謀」

 

 声をかけてきたのは異様な風体の男だった。

 共和国軍の制服に身を包んでいるが、足を引きずるようにして歩き、首筋から火傷の跡が垣間見える。

 そして顔面にはセラミックのような光沢を放つ仮面を装着しているのだった。

 仮面にはスリットが開けられそこから爛々と光る眼光が見え隠れしていた。


「言いなおそう、仮面参謀」

「ふ……まぁいい2個艦隊が後方から・・・・近づいてきているようだぞ」

「まだこちらでは把握してない情報だね、それは。……どうやって……」


 チャン・ユーリンは興味深そうな、面白がるような表情を見せた。

「いや、現段階ではいいや。それよりもどう戦う?」

「いつも通りだ。貴殿のいつもの手で混乱させ、そのスキに側面か後背から攻撃する。それでいいだろう」

「では出動準備をしてくれ」

「承知した……」

 仮面参謀と呼ばれた男は優雅に一礼して退出した。


「やれやれ私はあの男、気に入りませんがな」

 司令官席の傍でコンソールを触っていた初老の男が立ち上がってため息をついた。

 初老の男は少将の階級章をつけており、でっぷりと太り、白ひげをたくわえていた。

「ロジャー少将、しかし帝国の内情に詳しいあの男はいまは・・・必要だよ」

 チャン・ユーリンは楽しそうに笑った。


「水先案内人というわけですかな」

「まぁ、そうだね。いまは必要さ。安全なところに引っ込んで出てこない腐敗した政府を抱えた共和国も、そして君主制に堕した帝国の両方を叩き潰すまではね」

 ロジャー少将はもう一度ため息をついた。


「ワシは根っからの軍人ですから政治のことは判断したくはありませんな。ワシは……ワシらはあくまで提督個人についていっているのですぞ」

「理解してもらおうとは思わないさ」

「それではワシも出動準備をして参ります。まぁ陸戦隊に出番があるかは分かりませんがな」

「今回はまだないかもしれないね」

「では……」

 ロジャー少将も退出した。

 

 ヘラ・ハデス宙域から帝国領内に侵入した艦隊は秋の黄昏作戦にも参加して奮戦したルアック提督の第6艦隊と、ファヒーダ提督の第5艦隊だった。

 2個艦隊は帝国艦隊からは抵抗らしい抵抗も受けた様子はなく、そのままリオハ宙域にまで到達した。

 しかしそこでは3000隻ほどの小艦隊が迎撃に出てきたに過ぎなかった。


 2個艦隊は悠々とその小艦隊を圧倒したが、決戦を求めてブラックホールの重力レンズが怪しく光り輝くバローロ宙域に突入した。これが第二次バローロ宙域会戦である。


 歴史上も特異な点としては、帝国の要害であったバローロ宙域で激突したのは、元はといえばどちらも共和国で編制された艦隊だったことだ。


 バローロ宙域では解放軍第1艦隊、第2艦隊がそのまま広く横隊となって展開していた。

 共和国第5、第6艦隊はそれぞれ縦隊となって突進した。


 解放軍艦隊はそれに対し激しく質量弾を浴びせかけた。

 共和国艦隊の障壁を突破し、艦艇の装甲にそれらはめり込み粉砕した。

 しかし予想よりもダメージは少なく、解放軍の機動に比べると共和国艦隊の動きは鈍重だった。


砲撃開始オープンファイア!」

 ルアック提督の指揮で共和国艦隊も応戦を始めた。

 鈍重ではあるがスピードは増してゆき一直線に解放軍艦隊の陣に向かって突き進んだ。


 そこではじめて解放軍艦隊は奇妙な動きを見せた。

 解放軍第2艦隊が第1艦隊の前に割込み、すれ違うように横に機動をはじめた。

 誘うように動く。


 共和国艦隊はそれを見て困惑したようだった。

 艦隊は逆噴射で突進を止めた。

 急に突撃を停止したことで艦隊の動きがぶれ、陣形が乱れた。


 チャン・ユーリン提督はメインスクリーンでその様子を見てほくそ笑んだ。

 

「今だ! 我々も突撃する!」

 チャン・ユーリン提督の指揮する艦艇群が一斉に加速した。


 それは奇妙な光景だった。

 共和国艦隊が撃破したはずのリオハ宙域で迎撃に出てきた3000ほどの小集団が、ばらばらの状態からいつのまにか集団を再編成し、共和国艦隊の背後から追尾してきていたのだった。

 そしてそれこそがチャン提督の率いる直轄艦隊だったのだ。


「何だと!」

 ルアック提督が悲鳴をあげた。

 背後からいきなりまとまった集団が出現したのは予想外だった。

 重力の動きもバローロ宙域のブラックホールによる時空の乱れ、さらに前方に集中していたがゆえの油断、それらが積み重なって完全に奇襲になった。


 この奇襲で共和国艦隊は1割の艦艇を急激に喪失した。

 そしてそれは共和国にとっては苦しい第二次バローロ宙域会戦の始まりだった。

 

 

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