第42話 Re:【会計監査】革命的反戦軍の策謀

 首都星であるゼウスのもっとも近傍の惑星系である惑星アテナの都市ではその日、雪が降っていた。

 地球に似た環境を作るために都市の周辺全体で人工的な気流のドームを作りだしており、雪は人工雪だったがしんしんと降り注ぎ人々の目を楽しませた。例年であれば古式ゆかしい雪だるまを作る子供達もいたところだ。


 しかしこの日は少々異様だった。

 工事用のヘルメットなどをかぶり、マスクを着用し、プラカードを掲げた騒々しいデモ隊が現れたのだ。

 ぞろぞろと数千人にもなる人間がまとまって歩く姿は、人口密度の低いこの世界では異様な光景だった。


 それぞれ「反戦平和」「エドワルドは辞めろ」「帝国と今こそ和解を」と様々な色合いで書かれたプラカードが乱舞していた。一般の民衆はその光景に驚き家やオフィスビルの中から彼らを眺めていた。


 デモ隊はまっすぐ州政府の庁舎に向かっていた。

 突如現れたデモ隊に地元の警察もかけつけたが、数人の警官がやってきたところでデモ隊は規制できずに突き進んだ。 彼らは警官に対して怒声を上げ威圧し抵抗を排除していった。デモ隊によって拳銃は奪われ、ひどく暴行をうけた警官もいた。


 州政府の警察はその報告に驚き人数を集めたが、惑星に広く点在しており、中央庁舎周辺に地上車でバリケードを構築して配備できたのはせいぜい数十人といったところだった。

 

 数千人のデモ隊は州政府の庁舎を半包囲し、バリケードを挟んで警察隊と対峙しはじめた。

 次々に罵声をあげ、中にはどこから持ってきたのか建材のブロックを持って投げ始めるデモ隊のメンバーもいた。

 

 雪の街での騒擾の始まりだった。


 ブロックが飛び交い警官隊が耐える。

 その中、路地に数名の男たちが固まっていた。

 その中の一人はコート姿にハット、マフラーを口元まで上げて顔を隠していた。

 革命的反戦軍の一人であり、宇宙軍少佐でもあるリン委員長だ。


 民間人の服装をしているが、立ち居振る舞いは軍人のそれだった。

 彼をデモ隊メンバーが数名護衛するかのように囲んでいるが、そのメンバーたちが手にしているのは小銃だった。


 リン委員長は口元をゆがめて邪悪な笑みを浮かべた。

「やれ」

「はっ」


 命令を受けたデモ隊メンバーが小銃を構える。

 その狙う先は警官隊ではなく今まさに警官隊と対峙しているデモ隊だった。


 銃声は一発。

 くぐもったようなパシューンという音が響き、今まさにブロック片を投げようとしていた男の左肩から先を吹き飛ばした。何が起こったのか分からないような表情を見せ、彼はそのまま地面に倒れた。


 沈黙。

 周囲のデモ隊達はあまりの事態に固まって動けない。


 その時。


「警官が撃ったぞー!」

「あいつらを殺せ!」


 リン委員長の合図であちらこちらで声が上がる。

 もちろんその男を撃ったのはリン委員長の部下だ。

 しかしその罪を警官隊になすりつけるために大声を上げさせたのだった。


 デモ隊の参加者たちは口々に怒りの声を上げ、バリケードに殺到した。

 中には火炎瓶を手にしている者もいる。

 火炎瓶がバリケードの中に投げ込まれ、運の悪い警察官に当たり火があがった。

 

 特に暴徒鎮圧用の装備でもなく普通の制服だったためか火は燃えあがり警察官は雪の中に転げまわった。

 その同僚の姿を見て警官隊はいきりたった。

 

 今度は本当に銃を抜き発砲をはじめる。

 バリケードの中から撃たれデモ隊は数名が倒れた。

 膝を撃ちぬかれ雪の積もった路上に血の跡をまき散らしながら苦しんでいる者もいる。


 事態は完全に最悪の状態へと進みつつあった。

 数千人のデモ隊が殺到しバリケードのない庁舎の壁を登り始める者が出た。

 数名が庁舎の中に降りるのに成功すると、後は堰を切ったようにどっとデモ隊が庁舎の中に入り込みはじめる。

 多少撃たれたところでその流れは変わらなかった。


 そしてその様子を数ブロック離れたビルの上から一心不乱に撮影している者たちがいた。

 デイリーアテナタイムズの刻印がある小さなカメラを持った数名の男だ。デイリーアテナタイムズの手入れからの逃亡に成功した者たちだった。


 カメラに向かって話しかけるレポーターはある意味で嬉しそうに叫んでいた。

「ご覧ください! 腐敗したアテナ宙域の民衆たちが怒りを爆発させついに庁舎に突入しているのです! 民衆の怒りです! これは革命です! 撃たれた同志・・たちもいます!」


 同時に都市のいたるところで爆発が起き炎上し始めた。

 救急車と消防車がサイレンを鳴らし街を走り回りはじめる。

 歴史に残る騒擾の日のこれは幕開けだった。

 

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