第41話 【会計監査】革命的反戦軍の策謀

 ある暗い一室。

 窓を遮光状態にしさらに装飾用にカーテンを閉め切っている。

 長方形のテーブルが置かれスーツ姿、軍服姿の入り混じった人物たちが10名ほど座っている。

 どの人物も無表情に上座に座った男を見つめていた。


 その人物は小柄で頭頂部は禿げ上がっていた。悪どい狐のような陰湿な目つきをしているが態度はどことなくせわしなくげっ歯類を思わせた。


「カン書記長」

 参加者からの呼びかけに、その男はぴくりとした。


「憲兵が我々のことを嗅ぎまわっているようです」

「そのようだな……」


 カン書記長ことジェームズ・カンは探るような目つきでそう答えた。


「我ら革命的反戦軍は共和国の内部革命を達成するため極めて緊急的に行動しなくてはならないのではないですか?」

「まだその時ではない……我らの同志はそこら中にいる」

「"戦艦"を率いるワイルダー将軍が逮捕されたという話もありますが……」


 カン書記長は鼻で嗤った。

「ブライト・リン委員長、それも些末な問題だ」

「は……しかし……」

 リン委員長は共和国宇宙軍の軍服を着ていた。少将の階級章がきらめく。

 彼は現時点で公式の存在ではない共和国軍人の労働組合の委員長だった。


「リン委員長、それよりも労組の組織化が足りないのではないかね?」

「今月も数十名ほどの軍人が労組に加入しております。徐々に組織化は達成されつつあるかと……」

「なぜそう思うのかな?」

「数が増えており……」

「増えていることが良いことなのかね?」

「……」


 リン委員長は鼻白んで黙り込み、カン書記長は満足げな笑みを浮かべた。


「書記長」

「何だね?」

「さっき入った情報ではデイリーアテナタイムス社に手入れが入ったそうですが……」

「……」

「さらにスズハル提督暗殺も失敗したとか」

「……何だと?」


 カン書記長は思わず立ち上がった。


「ついでに我らの協力者ヴァッレ・ダオスタ同志も逮捕されたようですが……」

「……」

「書記長?」

「…………」


 カン書記長は黙り込んだ。

 会議の参加者たちがざわめく。

 今の情報を知らなかった者も多かったのだ。


「スズハル提督暗殺に失敗しヴァッレ・ダオスタ同志が逮捕されたということは遅かれ早かれこの委員会までたどり着くのでは……?」

 その声に会議室は静寂に包まれ、皆一様に青ざめた表情を浮かべた。

 ここでの謀議はいわゆる反逆罪だ。捕まればどうなるか……。


「書記長?」

「……ま、ま、まだ、些末な問題だ……我らの同志は共和国内部にじゅ、十万も……」

「そのほとんどは平和団体や公然活動家であって裏の武力はまだほとんど育っていませんが……」

「リ、リン委員長」

「はい?」


 カン書記長は先ほどやり込めた軍人のリンに縋るような視線を向けた。

「暗殺や暴動を担当する非公然活動家や艦艇部隊はどれほど集められる……?」

「……そうですな、数日以内ということならまずは数百、もう少し時間を頂けるなら軍人あがりや警察官あがりを含めた軍事委員会の連中を数千は……艦艇なら数十は集められるかと……」

「スズハル提督は1万隻以上の艦艇を持っているのだぞ! その程度でどうするのだ……」


 彼はすっかり顔色をなくしていた。リン委員長は興ざめしたような表情で書記長の醜態を見つめていた。

「いまスズハルの奴は艦艇を率いてこのアテナ宙域に来ているわけではありません。憲兵隊もせいぜい数個中隊というところでしょうな」

「……」

「スズハルの奴はいま州政府に臨時の事務所を開設して憲兵隊を指揮しているだけでしょう、あとは軍港に定期巡回している沿岸警備隊か、駆逐艦が数隻といったところ。いま我らの全力を集めて彼らを襲いアテナ宙域で革命の狼煙をあげては?」

「……そ、そうだな、そうしよう……」

「では準備がありますので……」


 リン委員長は数名の軍服姿の男たちと席を立った。

 カン書記長はしばらく放心していたが、やがて自らの役割を思い出したのかいくつか指示を下し始めた。


 アテナ宙域に急に旅行者が増え、さらに工廠が設計した艦艇を受注生産しているフォックス・クレメンス社が製造している艦艇の点検航行の指定先がアテナ宙域に指定されたのは数日後のことだった。

 

 アテナ宙域の宇宙港には続々と旅行者がやってきた。急増する旅行者に州政府は自らのPR施策が当たったことを誇った。

 さらに以前から誘致を試みていたフォックス・クレメンス社との提携話が急進展した点も喜ばしいと考えられていた。


 しかしこれらの現象はもちろんリン委員長の策謀によるものだったのだ。

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