第39話 【会計監査】ヴァッレ・ダオスタ公の企図

 アテナ宙域で展開しているローカルニュース「デイリーアテナタイムス社」にはひっきりなしに憲兵が出入りしていた。

 特に憲兵の中でも特技訓練を受けた憲兵が尋問にあたり多数の記者や職員を臨時の憲兵隊本部にしょっぴいていた。


 その中にはアテナ宙域の空港で涼井に強引な取材を試みた記者も含まれていた。


 ヴァッレ・ダオスタ公は極秘裏に憲兵隊本部に移送され、会議室に軟禁された。

 涼井はあえてコツコツと革靴の音を響かせ歩き回り、デイリーアテナタイムス社のここ一連の記事をいくつか拾い読みしていた。ロッテーシャ大尉が厳しい表情を浮かべ憲兵と一緒に銃のホルスターに手をかけて公爵を威圧している。


『大統領エドワルドの汚職疑惑! 軍産複合体から利益供与か』

『ノートン宇宙軍大将の私的なパーティに5億RD』

『ゼウス宙域の軍港で市民団体が平和を求めて抗議活動』などの文字が踊っていた。


 よく読むと、基本は反戦平和を謳いつつもかなり強引な抗議活動で軍人や軍属の家族の乗ったスクールバスを襲撃するような市民団体を「平和を愛する良識的な人」として著作を紹介していたり、なぜか帝国軍についてはほぼ言及しないなどの特徴がすぐに見て取れた。


 全体的な傾向としては、大統領などの現政権は悪、軍人や軍は悪、明言はされていないが帝国軍は善、に近いような論調だった。民主主義を守るとしながら帝制の帝国軍を称揚するのはなかなかだったが、涼井はそれらにプロパガンダ臭を嗅ぎ取った。


「……さて、ヴァッレ・ダオスタ公爵閣下、何かおっしゃりたいことはありますかな?」

「フン……」


 会議室の椅子に縛り上げられ、周囲を憲兵に固められたヴァッレ・ダオスタ公爵は不遜な色を浮かべて涼井と対峙した。 怒りというより値踏みするような、銀行員のような目つきは相変わらずだ。


「調べはだいたいついています。もともと保守的なメディアだったアテナデイリータイムス社をヴィニュロン社が買収していますな、数年前に。破綻寸前だった小さなローカル新聞社を買取り資本投下した再生させた」

「……」

「そしてこのヴィニロン社は広告事業を手掛ける共和国の一流企業だが、正確には帝国の資本が入っている。具体的には帝国の軍事企業のプレッシオン社が株式を51%以上保有していますな。企業の意思決定を左右できる比率です」


 ヴァッレ・ダオスタ公は鼻をならした。

「そんなバカな、いま共和国では帝国企業が株式を20%以上持つことは禁じられているはずだ」

「……もちろん体裁上は。今回の株式はうまく分散されています。プレッシオン社、その役員が保有している株式は確かに15%にすぎない。しかし……」


 涼井は株主の数名の名前を挙げた。

 ヴァッレ・ダオスタ公は一瞬顔色を変え、すぐに表情を消した。


「これによると、どうやら名だたる共和国の高級軍人や完了、一流企業の社長などの名も見えますが……実は帝国派というのが分かっています。例えば工廠が設計した艦艇の受注製造を行なっているフォックス・クレメンス社の社長であるジェスター・クレメンス氏や……おっと、以前の遠征を企図したマイルズ中佐のお父様も名を連ねておられますな」

「……」


「よくできた計画です。ヴァッレ・ダオスタ公、貴方はリシャール公派でも、ましてヴァイン公派でもない。単なるいち選帝公ですらない。帝国の暗部にずっと協力してきたディープステートの一員だ」

「ブ……ブハハハハ!」

 ヴァッレ・ダオスタ公は見たこともないような邪悪な表情を浮かべ哄笑した。


「なぜそこまで分かった? スズハル提督。企業の株式構成など読み取れる軍人など聞いたこともない」

「……よく似た構造がどこかにあるんですよ」

「ブハ……君は面白い、非常に面白い男だな」

「恐れ入ります」

「フン……」

 そこまで話すとヴァッレ・ダオスタ公は再び韜晦するような表情に戻った。


 涼井は後を憲兵隊のロブ少佐に任せ、ロッテーシャ大尉と部屋を出た。

 その瞬間。


「死ねスズハル!」

 憲兵の一人が銃を抜き涼井にむけた。

 一瞬で涼井の血は沸き立ち血圧が急上昇する。反射的に手で顔をかばう。


 刹那、ロッテーシャ大尉は流れるような動作で拳銃を抜きその憲兵らしき男の心臓付近と首筋に銃弾を叩き込んだ。

 憲兵らしき男は銃を撃つことなく動作を止められ崩れ落ちた。

 他の憲兵が数瞬遅れて涼井を守るように覆いかぶさる。

 

 が、涼井の心臓は激しく動きすぎたのか、いつもと違う動作を見せた。

(これは……まさか心臓発作?)

 あの時・・・とよく似ていた。この世界に来た時だ。

 そうして、彼の意識は暗黒の中に落ち込んでいった。





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