おっさんが狙われる件
第33話【内部監査】叛乱の季節
帝国軍による大規模な侵略作戦は決着がついた。帝国軍は宇宙空間に漂う屍山血河を作り出して撤収した。
未だにリシャール公は行方不明で、新たな権力争いの兆しがあった。
共和国では、重要な辺境を防衛しつつ、本格的に艦艇の修理、人員の休養や補給をはじめた。
共和国と協力した帝国貴族たちは暫定的に共和国市民権を与えられ、首都星ゼウスのもっとも近傍の星系のアテナ宙域に分散して住むことになった。
涼井も久々の休暇をとり、アテナ宙域への民間シャトルに乗った。
民間シャトルの居住空間はちょうど、地球のジャンボジェットと同じくらいで3列から4列のシートが並んでいる。
涼井はすぐに降りられてトイレにも立ちやすい通路側の席が好きだった。
今回はとある事情からビジネスクラスに乗り、大きめのシートにゆっくりと体を沈めて涼井は一息ついた。
「提督、何かお飲みものでも」
「いや、大丈夫だ」
はきはきした声がする。フライトアテンダントではない。
隣にはきっちりと軍服を着こみ緑がかった黒髪の女性が座っている。20代後半くらいのきりっとした目付き、同じくすっきりした短かめの髪型で前髪はほんのり右目を覆っているくらいの長さだ。
涼井は白シャツに緑のジャケットだが、彼女の軍服は黒味がかっている。陸戦隊の制服だ。
「しばらく座りっぱなしになることを考えますと水でもお飲み頂いたほうが」
「……わかった、ロッテ大尉」
彼女はぴっと敬礼をしてきびきびと歩いて行った。
涼井はため息をついた。
今回は完全に1人で休暇をとり、どうも素晴らしいビーチリゾートがあるというアフロディーテ宙域に向かうつもりだった。涼井は派手に遊ぶほうではないが、海を眺めながらのんびりしたいと思っていた。
人工重力を使った有名な景観らしい。
が。
「スズハル提督」
休暇届を出した後挨拶に立ち寄った大統領執務室でこう言われたのだ。
「君はすっかり英雄だ。謙虚なのは分かっている。しかし護衛をつけたほうが良いだろうな」
涼井はサラリーマンの習性で「しかし」を飲み込んだ。
最初は軍用の輸送艦で陸戦隊の一個中隊に護衛の駆逐艦まで付けるという話だったのをかろうじてロッテ大尉と数名の護衛ということで妥協したのだった。
そのかわり公務扱いということでビジネスクラスのチケットの手配やらをロッテ大尉がやってくれた。
彼女は軍人特権で拳銃を持ってシャトルに一緒に乗り込み、数名の部下はエコノミークラスに分散して乗っている。しかしロッテがひと声かければ陸戦隊の猛者がいつでも飛び込んでくる手はずになっていた。
涼井はあきらめてきびきびしたロッテの世話になることにした。
彼女は軍人としての生真面目さから涼井の好みもよく把握してくれていた。
涼井は彼女が用意した水を飲み、手元に浮かんだモニタで映画を観始めた。
どうということのないラブコメディだったが文化背景や文明の違いが涼井には興味深い内容だった。
そうこうしているうちに眠りに落ちる。
その安寧に満ちた眠りは、警報で破られたのだった。
『緊急放送! 緊急放送! 国籍不明船が接近中! お客様はシートベルトをお締めください! 我々は共和国艦隊に救援を求めています!』
またトラブルだ。
涼井は今回何度目かとなるため息をついた。
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