第31話 Re:【終了】秋の黄昏作戦

 リシャール艦隊は前後に敵が出現したことに混乱した。

 しかしリシャール公は瞬時に前方の敵を撃破しそのまま後方のスズハル艦隊と対峙する決断を下し、一斉に前方に向かって進撃を開始した。

 戦端はリシャール公前衛の勇猛果敢な猛将ルーション子爵とノートン艦隊の間で開かれた。

 ノートン艦隊はセオリー通りに横隊を組み中央にノートン直轄の第1艦隊、右翼にルアック中将の第6艦隊、左翼にファヒーダ中将の第11艦隊を従え、海賊まがいの第13艦隊は遊撃として後方に置いていた。

 

 ルーション子爵は猛進し勇戦した。

 激しく突進を繰り返して至近距離から砲撃を繰り返し、第1艦隊を窮地に陥れた。

 ノートン大将は頬肉をふるわせながら汗をびっしょりとかき、あわや脱出するところだった。

 しかし第6、第11がうまく前進機動を行い、ルーション子爵の側面を叩きはじめた。


「クックク……! ちょうどいい放火が心地よいわ!」

 痩せた小男のルーション子爵は味方を激励してさらに突撃を繰り返させた。

 戦艦が破壊されてもその陰から巡洋艦が躍進して砲撃する。

 巡洋艦が破壊されたら駆逐艦が飛び出してありったけのミサイルをぶつける。

 損害をものともせず強引に進撃し、ルーション艦隊は小勢ながらノートン艦隊をやや後退させるのに成功した。


 その隙を見逃さずリシャール本隊が即座に行動し、迅速な機動でルーション艦隊の右側に出現。

 ファヒーダ中将の左翼艦隊を叩き始めた。

 ノートン艦隊は崩れ立った。


 しかしそこに急進した涼井艦隊がリシャール艦隊の後衛になだれ込んだ。

 涼井はやや斜行隊形に陣形を組み、左翼艦隊が前に、右翼艦隊が後ろになるような隊形にしていた。


(一度やってみたかったのだ)

 涼井は心の中だけでつぶやいて眼鏡をくいっとあげた。その背中にリリヤの熱い視線がつきささる。


 涼井の左翼・タナカ中将の率いる第12艦隊は治安維持のため巡洋艦や駆逐艦を中心とした集団だったが新造艦艇をかきあつめて普通の艦隊に近い編制にしていた。いきなりの実戦だったがアルテミス宙域会戦で鍛えられた彼らは躍動しながらリシャール艦隊の後衛・グルナッシュ男爵の艦隊を衝いた。


 グルナッシュ男爵は実直な人柄で直言を畏れずにリシャール公にも意見するなど幕臣としては立派な人物だった。

 今回もその人柄が買われて落伍した艦隊の収容や編制に力を尽くしていたが戦場の勇者ではなかった。

 グルナッシュ男爵の1万隻ばかりの艦隊にタナカ中将の1万2000隻の艦隊が猛攻を加え、さらに続けてカルヴァドス伯爵とヴァイン公リリザの合計1万6000隻の艦隊の火力が加わった。


 あっという間にリシャール公の後衛艦隊は消滅し雲散霧消した。

 

 一方、リシャール公の前衛を勤めるルーション子爵の艦隊はノートン艦隊を押し、そこにリシャール公が切り込む形勢となり、ファヒーダ艦隊とノートン直轄艦隊の陣形が乱れていた。

 リシャール公はその慧眼でその陣形のほつれを掴み、即座に予備にとっておいた側衛の老獪なランドック子爵の艦隊を投入しようとした。しかしそれは無駄だった。


 リシャール公爵の後衛を食い破ったスズハル艦隊のうち、タナカ中将、カルヴァドス伯爵、ヴァイン公の艦隊は掃討戦に移行していた。だが斜行隊形のため勢いを殺さずにそのまま涼井の第9艦隊と旧沿岸警備隊がランドック子爵の側衛艦隊に猛攻を加えていたのだった。

 沿岸警備隊も本来は商船構造の警備船であるところが、補修した艦艇や、軍艦構造の艦艇だけを選抜し立派な艦隊となっていた。 


 二倍以上の敵を背後に受け、老獪なランドック子爵といえど抗いきれずにその主力を喪失し、リシャール公に報告する間もなかったのだった。


 リシャール公は突然、自らが極めて危険な窮地にいることに気付いた。

 前衛のルーション子爵はすでに相手を撃退はしたがその戦力をほとんど失い突進力はなくなっていた。

 後衛艦隊は霧散し、予備の側衛艦隊もいま壊滅しつつある。

 無事なのは本隊だけだ。


 そこにノートン艦隊が無事なルアック艦隊を先頭に舞い戻り猛攻を加え始めていた。

 さらに後衛艦隊を飲み込んだカルヴァドス伯爵の艦隊が押し寄せリシャール公の艦隊の左後方から猛撃を加え始めていた。


 リシャール公は呆然とした。

 味方の損害や戦死を知らせるオペレーターの悲痛な声がどこか遠くから聞こえる。

 床面がゆがみ、全身から血の気が引いて行った。

 しかも共和国領土の奥深くで今、味方が失われ強力な敵が次々に襲い掛かってきていた。


 指示を出すにも現実感がない。

 そしてどこからともなく放たれた一発の質量弾が、リシャール公の座乗する戦艦オー・ド・ヴィの右側面装甲を破砕した。その衝撃でオー・ド・ヴィは吹っ飛び、赤色巨星の黒ずんだ血のような光線に残骸がきらきらと照らし出された。

 

 その直後、この乱戦の中で飛来したミサイルが戦艦オー・ド・ヴィの後部に直撃しリアクト機関を吹き飛ばした。

 その衝撃は艦橋を襲い、破片がばらまかれて大勢のオペレーターやスタッフが薙ぎ倒された。

 リシャール公もその一人だった。彼はどこか茫洋とした現実感のない世界の中で、どこまでも意識が吸い込まれるように暗い世界に落ち込んでいったのだった。

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