第30話 【終了】秋の黄昏作戦
共和国のアルテミス宙域、および辺境宙域で発生した会戦は終幕に向かっていた。
涼井が率いてきた艦隊は麾下の全艦隊に加え、反リシャール派の貴族たちの連合艦隊。
そしてリシャール公本人と戦闘しているのは宇宙艦隊司令長官ノートン大将の率いる救援艦隊。
涼井はロアルド艦隊と連携してアルテミス宙域の帝国艦隊を徹底的に叩き潰した。
一方、ノートン艦隊は距離をとって後退しながら散発的な反撃を加えリシャール公の艦隊を奥へ奥へと引きずり込んでいた。
リシャール公は戦術的な勝利が得意なタイプだ。
相手を決戦に巻き込んで戦い倒す。それに関してはこの世界においては天才的な人物といえた。
しかし涼井の意見に従ったノートン艦隊は「戦わせてくれない」相手だった。
決戦を避けひたすら距離をとって後退する。
リシャール公は切歯扼腕した。
髪を振り乱し感情をあたりにまき散らしても事態は好転しなかった。
相手を翻弄する機動も、迎撃も、中央突破も、変幻自在な陣形変化による打撃も何もできなかったのだ。
逃げそびれた数十隻の艦艇を撃破したがリシャール公の戦果はそれだけだった。
そして共和国軍と違い帝国軍はこのあたりの宙域に詳しくなく、さまざまな危険なブラックホールやクェイサー、複雑な重力場を形成している連星の群などを乗り越えて後退するノートン艦隊に追いつくのは難しかった。
戦う気のない相手には決戦における戦術など無意味だった。
帝国軍は躍起になって進撃する間に危険宙域に入り込んで行方不明になる艦艇も出てきた。
「公爵、恐れながら……」
「何だ!」
幕臣の一人が進み出て進言した。
「これ以上は危険にございます。一度踏みとどまってここで陣容を再編成してはいかがでしょうか」
リシャール公は一瞬で頭に血が逆流するのを感じた。目をかっと見開いて幕臣を睨みつけた。
しかし冷静になるのも早かった。
「……そちの言う通りだ。一度陣形を整えよう」
幕臣はほっとして列に戻った。
リシャール公は一度すべての艦艇の進撃を止めた。
その間にノートン艦隊は悠々と探知範囲から消失した。
しかしやむを得ない処置といえた。
リシャール公は艦隊を掌握しなおし、近隣のペルセウス宙域に停止した。
ここは巨大な赤色巨星がかなり離れた艦隊のメインモニタにはっきり映し出されるほどの存在感を放っていた。
ハデス宙域などの白色矮星と比べると、ハデス宙域の都市惑星の軌道をすっぽり覆うほどの巨大さだった。
リシャール公は艦隊を整えたが、急進劇ではぐれたもの、行方不明のもの、ノートン艦隊との戦闘で失われた艦艇も多く、手元には38000隻ほどが残されているにすぎなかった。
落伍した艦艇も三々五々追い付いてきてはいるが指揮系統は乱れ、傷つき、あるいは弾薬を失っていた。
リシャール公はさらなる進撃を行うため、横幅の広い展開はせず、やや縦長の陣形に再編成した。
前衛に信頼する腹心のルーション子爵。若く攻撃的な性格の猛将でリシャール公爵の直轄艦隊で輝かしい戦績を誇り突進力を期待されて配置された。
本隊はリシャール公爵直轄。後衛にはさきほど艦隊を編成する旨進言したグルナッシュ男爵を抜擢して司令官とし、後方から追いついてくる味方を収容する役目を担った。そして念のため側面を援護する側衛艦隊を置き、軍歴の長い老獪なランドック子爵を配置した。
数日を経てリシャール公の陣容はようやく整ってきた。
帝国辺境領域で反リシャール派の貴族の掃討作戦に邁進していた第四梯団にも連絡艦を送り援護に来るよう伝達した。
前衛艦隊 ルーション子爵
本隊 リシャール公爵
側衛艦隊 ランドック子爵
後衛艦隊 グルナッシュ男爵
合計4万8000隻
これらはようやく進撃の準備を整えていた。
その時オペレーターから大声があがった。
「重力検知! 前方から35000隻ほどの敵艦隊! ……これはノートン艦隊です!」
「戻ってきおったか」
リシャール公は口の端に微笑みを浮かべた。
ようやく食い殺せる。そう確信している肉食獣のようだった。
「全艦……」
リシャール公が手を挙げて号令をかけようとした瞬間。
「さっさらなる重力を後方に検知! こっこれは……約5万隻! 旗艦ヘルメス確認! スズハル艦隊です!」
「何だと!」
前方からノートン艦隊、そしてリシャール艦隊の「後方」からのっそりと涼井の艦隊が現れたのだった。
今、秋の黄昏作戦最後の会戦が始まろうとしていた。
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