第5話【要返信】クライアント様にプレゼンをお願いいたします
精悍さと端正さが混在する顔立ち。十分な体格に高級そうなスーツ。
口元には魅了するような微笑を浮かべた男。
――それが共和国大統領エドワルドの第一印象だった。
涼井に与えられた個室のデスクに立体的な映像として浮かび上がったエドワルドは微笑を笑みに変えた。
「やぁやぁスズハル君。久しぶりじゃないか」
涼井はすっと立ち上がって一礼した。
サラリーマンとして改心の会釈だ。
「どうもお世話になっております。……お聞き及びのことと思いますが戦闘中に頭を打った衝撃で記憶などに欠落がございまして……」
「ふむ、聞いているよ」
エドワルドは笑みを消し、一瞬探るような目つきをした。
(銀行員によくある目つきだな)涼井はそう思った。
戦闘の衝撃で床に叩きつけられたことで記憶を失っている……という設定にしたのだ。
そうすれば相手を覚えていなかったり、多少とんちんかんな受け答えをしてもさほど問題はない。
「……しかし以前よりもだいぶ礼儀正しくなったものだねスズハル君」
「恐れ入ります」
エドワルドは再び微笑を浮かべ、やや身を乗り出してきた。
「ぶっちゃけたところ君は、私のことを嫌っていただろう?」
「……記憶にはございません」
どうやら周囲によると、共和国の英雄スズハル提督と、共和国大統領エドワルドの確執はかなり有名らしかった。共和国国家の最中に堂々と座る、エドワルドの嫌悪感を周囲に隠そうともしない、など露骨な態度をとっていたらしい。
(サラリーマンにはありえない態度だ)
涼井は相手が取引先であればそれがどんな相手であろうが絶対に丁寧な態度を心がけるようにしていた。下請けでもクライアントでも、嫌な相手でも全く同様に。それがサラリーマンとしての彼の地位を保証していたのだ。
「……ふむまぁいい。ところでいつも君たち戦争屋は理解してくれないが我が国は財政面も非常に困窮している。君に迷惑をかけるのは分かっているが、前々から君が上申していた艦隊の増設は難しいぞ」
「心得ております」
エドワルドは意外そうな顔になった。数秒後に微笑に戻ったが、涼井の発言にずいぶんと驚いたようだ。
そのエドワルドに涼井は告げた。
「実は共和国の財政面を公開情報から見直し、あらためて軍政についてのレポートを作成しました」
「なんだと?」
「すでに詳細資料はお届けしていますが、まずはこの資料をご覧ください」
涼井が紙の資料を画面に見せる。パソコンらしきものがないので仕方がないのだ。急ごしらえの定規を使って図表もかなりきれいに作っている。日本語を読むことができるのか心配だったがエドワルドは真剣な表情で資料を見つめている。問題ないようだ。
「御覧のように共和国は重要な東部宙域と西部宙域の間の都市国家を数年前にいくつか帝国に奪われました。そのため東部と西部の間の
涼井はそれにはじまり、理路整然と共和国の現状とあるべき宇宙艦隊の姿をエドワルドに語った。
「……ですのでいまこの状況で各方面をすべて網羅するために艦隊を増設し共和国領域に広く展開するより、むしろ艦隊をいくつか集中させ機動運用することで帝国に対抗する。それとは別にアルテミス宙域でなく東部と西部の連絡線を回復することが優先度が高いであろうと思います」
エドワルドはしばらく黙っていた。
沈黙の時が流れる。
数分後、彼はようやく口を開いた。
「……スズハル君!」
「はい」
「いやスズハル提督、恐れ入った。救国の英雄と言われ天才的な戦争屋だったが軍政や経済にうとい。そんな印象を私は改めるよ。いまもらった提案は閣議でよく考えてみよう」
「恐れ入ります」
「……首都に戻ってきたらディナーでも一緒に。それでは」
映像はとぎれた。
どうやら渾身のプレゼンはちゃんとエドワルドに届いたようだ。
それにしても周囲の印象と違い、彼は物腰も丁寧で理解力もある。これまで確執があったのがウソのようだ。
涼井はサラリーマンとして培った提案力が確実に活かされたのを強く感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます