第6話 今更ながら、水属性に有効なのが土属性なのはおかしいと思い始めてきた。

 ■ 触手系女子? ■


 こいつは色々な意味でやばい。


 アインのせいで天魔てんまと戦わなければいけないことになった俺は傷は癒えるが胃と精神的疲労が治りきってないバッドコンディションで戦いの場に赴いている(半ば連行されている)。

 そして覇刃鬼達が封印されていた島とは別の島に出現した天魔──『ティアマト』が現界した島にいて、現在戦闘中だ。


 ティアマト、その属性は『水』。


 この広大な海の世界の生命を司る大天魔の一人で、現在海に生息する生物の8割以上がティアマトが昔産み落とし生物の子孫だというビックマザーもビックリ仰天のハイパービックマザーその人である。

 そんなハイパービックマザーに反して、容貌はやや幼げで、蒼髪碧眼の今にも眠りそうな垂れ目の顔貌かおかたちが年に見合わない可愛らしい雰囲気を醸し出している。

 豪勢で品溢れる丈の長いドレスが童話の中に登場するどこかの国のお姫様のような輝きさを放つ。

 しかし、やはり天魔であるのだからその全体のシルエットは覇刃鬼と比べると顔の作りや骨格が“上半身まで”は人間そっくりだが、へそ辺りから足のつま先に限っては人間の骨格ではなく完全に作りがクラゲの姿にそっくりだった。

 頭部から伸びたチューブ状の触覚、腰からクラゲの傘の透明なドームがドレスを膝上まで覆い、傘の円周軌道状に無数に生えた軟体生物らしい艶やかで湾曲の軌道を描く触手が妖しく揺らめ動き、棒状突起物でクラゲにとって足代わりでもある口腕が力強くなびく。

 全長45メートルも巨大なクラゲ女がぷかぷかと波に揺られるが如く浮遊する姿はこの世の神秘の具現化だろう。


 カータヴァルの鎧を装着した俺は覇刃鬼と戦った時と同じひたすら殴り続ける戦法を取ろうとティアマトに近づくが、ティアマトが水属性の魔物や魔獣や魔竜をその数およそ500匹を産み出し、城塞のように群がる魔物たちの肉壁で行く手を阻まれ中々前に進めない。

 一体一体どの程度の魔物なのかは分からないが、アインとばーさんたち以下の実力なので大して脅威にはならない。

 しかし、殴って殴って殴り続け、倒しても倒してもそれに比例するように次々に産み落とさる無尽蔵の魔物の数に恐怖なんかよりもだんだんと苛立ちが込み上がって来る。

 そんな一生懸命魔物を屠る俺が可笑しいのか、ティアマトは劇を楽しむ子供の目つきでほくそ笑んでいた。


 そんな楽しそうに見ないで……。

 できたら魔物を産むのをやめてくれると俺は嬉しいんだがな……。

 この子、どうやら俺の体力切れを狙っているらしく、さっきから全く魔物を産み出すだけで自分からは不用心に近づいて来ないし攻撃もしてこない。

 魔物に奮闘している俺を高みの見物気分で眺めて、体力が尽きたをぐらいを見計らって確実に倒しに来る戦法かよ。

 可愛い顔して、やることが鬼畜だぞ!

 天魔の間には魔力を持たない奴はじわじわといたぶってやろうとかが流行ってんのか!


 一般人はもっと優しく丁寧に扱ってください……!


 今回も武器の一つも持たしてくれない鬼畜所業のお陰で、俺が殴って蹴るぐらいしかできないがそこは相性を考えフォームチェンジ。

 腰に巻かれたキーホルダーとクレストホルダーから土のアブソーブキーとクレストボックスをそれぞれ取り出し、開錠アンロック する。

 右脚が土属性の魔力を宿す『ランドアタッチメント』へと換装される。

 それに共鳴するように右脚を中心にフォームチェンジする度に発生する該当する属性魔力の余波が大地を揺らし割れ、崩壊していき黄色の魔法陣から大地の雄大さと自然の繁殖力を強調するような意匠の重厚感溢れる両刃斧バトルアックス ──ランドアックスを両手に持つ。

 属性強化された各種の感覚器官を戦闘状態に移行させティアマトをその両刃の剣先を敵意をのせて向ける。


 水には土だ。


 どうして最初からフォームチェンジしなかったのかと言及されるかもしれないが……それはただ単に俺が余裕ぶっこいていたからに他ならない。

 ばーさんたちは俺が窮地に陥った際にのみ使用するよう修行精神で天魔に挑んでいると勘違いしてるらしいが、そんなやべーな精神は迷惑だし、俺にはカンフー並みの修行精神も備わっていない。

 毎日が平和に平穏に過ごせれたらそれでいい。

 スローライフ精神が俺のもっとうだ。 

 劇的な展開も莫大な富も伝説の聖剣魔剣もいらないし、神の恩恵も民衆に称えられる偉業も壮大なストーリーもいらんのです。

 俺はモサモサして癒しのアンズーを可愛いがりながらのんびりと日常をエンジョイライフを送りたいんだよ。

 主人公設定とか面倒な補正とかも村のフリーマーケットで買い取ってほしいと思うほどに俺にとっては邪魔でしかない。


「はあー。今度こそはこの疲れるフォームチェンジなしでいけると思ったのに……」


 そう。フォームチェンジは何も無償提供されるお得なサービス機能ではないのだ。

 どんな事柄にも対価が支払われることは当たり前として、その条件、待遇、利益が濃密に強力になるにつれて本来支払われる対価の価値が上がり大きなリスクを覚悟の承知うえで了承しなければならないこともある。

 錬金術は等価交換の法則が原則としてついて回るようだが、人生は等価交換の法則では縛れないのだ。

 暴力でも権力でも『力』を欲するのならリスクを回避すつことは事実上不可能に近い。

 この相手に合わせて有利な魔力属性にその都度換装させるフォームチェンジにも“急激な身体機能の低下”と俺自身ですらまだ気付いていない隠されてるもう一つのリスクがあるとばーさんは言うが、それも詳細のほどは分からない。

 属性によってその使用は大きく変わるが必殺技でもある『限界魔力集束オーバードライブ 』は急激な身体機能の低下を促進するもので、使用後は体内臓器の重量が0になかったかのような無重力感と体重が50倍にまで急激に増量したかのような重量と異物感に襲われたりする。


 正直、しんどい。帰って寝たい。


 フォームチェンジは戦況を有利にことを運べる切り札だが、その分疲労は大きい。

 だから、俺は序盤の初手でフォームチェンジを使用したりしない。

 絶対体の毒だアレは。使い続けると命に関わる的な感じの奴だ。

 俺も3人もの天魔を倒してきんだし、地獄の修行で鍛え抜かれてもいるから恩恵ゼロのクソ弱のアークフォームでも勝てるんじゃね? と血気盛んに挑んでみたものの、生身で戦っているのと大して変わらない、なんなら鎧を装直してる分その重量と行動制限が幅が狭まっている今の方が普段より弱いだろう。

 もうなんだこの鎧。邪魔なんですけど、次の粗大ごみで出してやろうかコイツ。


「まあ、今回もやるしかないか」


 諦観のこもった愚痴を吐き、集中力と呼吸、魔力を練りつつ視界を占める軟体類系統の色が強い魔物に右脚のランドアタッチメントの矛先を向けた。

 地面を思いきり踏みつけ隆起する大地の断罪の刃が正面付近の魔物の軍勢120体を串刺し、真っ二つに斬り分けるがこれじゃ足りない。

 八岐大蛇を彷彿させる水龍の魔物達が突進してくるが、それを無視してランドアタッチメントで強化した脚力と操作して再び隆起させた地面のカタパルトの射出速度で疾走し迫る来る水龍の群れをワンステップなしで振り抜いたランドアックスで斬り伏せる。

 もちろん、普通に斬っただけじゃティアマトの水の魔力で創造された魔物勢は時機に再生する。

 そのまま放置しとけば、プラスで産み出され続ける魔物とでその合計数が増え続ける一方。

 なら、ティアマト本体をぶっ潰すのが早い……って思うかもしなれないが正直この魔物群勢はキモいウザいヤワい生理的に受け付けない。

 ゴキブリを発見した時のゾワっとする感覚に近い。


 つまり、軟体魔物軍勢は

 ティアマト?やっこさんは次いですけどなにか?


 魔物の再生が飛び散った水滴が磁力で磁場中央に集中していく科学実験を見ているかのような抑揚した気分が胸の内に芽吹くが、芽吹いてほしいのは庭の野菜畑なんだよ! と憤慨しながらランドフォームの『強感覚』でティアマトから産まれる魔物と俺に向かってくる魔物の現在位置を特定。

 そこから敵軍勢全体の攻撃動作の予測。自分の最適な予備動作から攻撃動作へ至る流れの動作と走行ルートの作成と拡張を強感覚の『直感』で瞬時に脳内で作成しながら即座に実行に移して、魔物へ土魔法≪シャベルダイト≫の地面から生えた捩じれた土の槍で初めに軽く掃討する。

 それからは俺の一方的な殲滅だ。

 近寄る魔物が攻撃動作にシフトする前にランドアックスで斬殺していく。

 一振りで直径10メートル内にいる魔物を全滅させ、台風の迷惑横断のような破壊軌道に乗って10メートル、また10メートルと死神の台風の威力と速度が衰えることはない。

 20分後には800体はいただろう魔物畑は死神の台風によって荒らされ、一匹残らず駆逐された退廃の跡地となっていた。

 再生スピードは個体差はあるが平均5秒かかる。

 魔物の要塞に護られたティアマトに近づきさえできれば十分の俺には5秒間あればいい。この5秒が欲しかった。


 己を護る強固なベールが脱ぎ取られたティアマトは唖然とした態度と急激に押し寄せて来る恐怖の衝撃に千股を痙攣させているのが傍目にも分かる。

 そうして生まれた5秒間の隙を見逃さず、手足代わりの触手をランドアックスで斬り落としながら駆け上がり恐怖におのの くその顔に辿り着く。

 ティアマトにしてみれば瞳に写る俺の姿は恐怖の象徴以外の何者でもなかったに違いない。

 その証拠に戦場では相対している敵から目を逸らすことは自殺行為に他らならないのだが、ティアマトは俺を視界の外に追いやろうと視線を横にずらしていた。

 だかといって俺が今こうしている原因でもあるコイツに対して手を抜いてあげようなどという慈悲深い心は残念ながら持ち合わせにないので、俺は決着をつけるべく≪限界魔力集束オーバードライブ ≫を発動させランドアックスに魔力が集束していき、大きさが5メートルにままで達した。


限界魔力集束オーバードライブ ・ガイアザンバー≫!


 ドンッッッ!!!


 一つの山さえ斬殺しうるほどの破壊の刃が無情にも幼げな少女天魔へと振り下ろされた。


 やはりこの男、根性が腐っているかもしれない。


 ふとそんな声が聞こえたが俺は聞こえないふりをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る