Folge 89 特技披露

 咲乃と、その……いわゆるイチャイチャとやらをして……。

 清々しい朝が甘々しい朝に変わった。


「咲乃の温もりがよく分かっていいんだけどさ」

「いいんだけど?」

「咲乃を温めるのが限界になってきた」

「結構あったかいことしたのに、冷えちゃったね」

「中に入るか」

「だね」


 二人で眩しくなった太陽を見る。

 少し朝靄あさもやのかかった山間やまあい

 しばし無言で眺める。

 そして、どちらからともなく別荘へと戻り始めた。

 言葉を発しなくても通じていると思えたのが嬉しかったな。


「まだみんな寝ているね」

「だな」

「どうする?」

「朝飯の準備が出来たらなと考えていたんだよ。少し時間が早いんだけどね」

「いいね」

「それで咲乃に料理の話を――」

「ああ」


 ああ、じゃなくてさ。

 ……教えてよ。


「出来る?」

「どうかなあ」

「やっぱり出来ないんだろ」

「出来ないのにマウント取らないの」

「あ、はい」


 まったくその通りです、はい。

 料理はさっぱりでして。


「……またボクをたっぷり構ってもらうからね」

「それは……こちらからもお願いしたいことだし」

「ふふ、ならオッケー。手伝って」


 手伝って?

 キッチン周りを確認して道具を手際よく準備し始めた。


「……咲乃? あの」

「えっと、そこの平皿は足りると思うけど、コップ類は人数分集めてみて」


 なんだか指示され始めたぞ。

 料理そのものでなければ手伝えるけれども。


「あ、ボクと美咲はそこのマグカップね。青いのがボク、赤いのが美咲だよ」

「はいはい。また種類が多いな、弟妹のイメージに合わせたくなる」

「ははは。少しだけなら悩む時間はあるよ。でもなるべく早くね」

「うん」


 ティーカップからエスプレッソカップ、マグカップ、ガラスのいろんな形……。

 ほとんど必要無いんじゃないのか? これ。

 こういう感じが別荘感を高めるよな。


「サダメ、スープ皿を人数分お願い」

「はいよ」


 段々いい匂いがしてきた。

 ちょっと待て――咲乃は料理している。


「出来るんじゃないか!」

「出来ないとは言ってないよ? 彼女にしてくれるまで内緒だったのにな」


 カルラや美咲より手際が良い様に見える。

 マジかあ。

 ヤバい――この子、すっげぇ魅力的だ!


「でも彼女級なのが分かったからサービスだよ。……んっと、サダメだから緩んじゃったかな」

「あのさ咲乃……き」

「待って。食べてから続きを教えてくれる? サダメは軽率に言いがちなんだ」

「あ、はい」


 素直に伝えようと思ったのに。

 何を言おうとしたかは分かったみたいだけどね。


「ここに平皿並べて」

「はいはい」


 見た目も匂いも完璧なオムレツが次々と乗せられていく。

 二つのフライパンで小ぶりに作ったようだ。

 卵料理を一度にたくさん作るのって、上手いんだろうな。

 作れない奴からすれば、何を作っても凄いんだけどさ。

 焦げてもいないし、可愛いくて美味しそう。

 横にはハッシュドポテトが並べられた。


「あと、そこのサラダもね」

「よろこんで~」


 いつサラダ作っていたんだ!?

 なんだか色んな野菜が綺麗に切られ、盛られている。

 あ、半熟卵も乗っているぞ。

 駄目だ――こういう凄い子は思いっきり構いたくなってしまう。

 使った道具を手際よく洗って片付けまで終了してゆく。

 これは上手いというより、得意? 寧ろ特技か!?


「ん? どうしたのかな、ボーッとして。さあ、みんなを起こすよ」


 ドヤ顔では無く、涼し気なのに可憐な笑顔をさりげなく見せていた。

 妹に続き、この子にもガッチリ手綱を握られてしまったような気が……。

 主従関係が逆転してしまう!?


「妹ちゃんたち可愛いなあ。……仲良くしていたいな」


 順番に妹の頬を撫でていく。

 弟の頬も撫でてくれた。


「タケル君ってさ、どう言ったらいいのかな……きれい」


 それは、兄として嬉しい。

 女子に対しての綺麗とは違うんだよ、こいつは。

 でも、言葉で表現すると綺麗としか言いようがないんだよな。


「美咲も疲れちゃったかな。まだ今日一日あるのにね」

「なんだよ、帰ったら会えないみたいに言うなよ」

「あん、寂しくなった? これだけ近づいたのだから、サダメから離れるわけないよ」

「ドキッとするから、そういうの」

「なんか嬉しいからもっとドッキリさせようか」

「やめてくれ」


 何も気にせず笑い合う仲になるなんてね。

 まったく。

 初めて会った時もインパクトが凄かった。

 あれからこんな仲になるとは思えなかったな。

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