Folge 73 上書き

「最近の兄ちゃんってさあ」


 咲乃に纏わりつかれたまま。

 これも日常化しつつある。

 妹らは黙認したり憤慨したり安定せず。

 でも徐々に咲乃のごり押し効果が出ているかも。

 漂う雰囲気がね、殺伐感が減ってきたような。

 他人事のようにこれまでを振り返る。


「あたしたちのさあ」


 しかし、現在双子対決勃発中だ。

 そう、妹は憤慨モードなわけ。

 この時、咲乃は敢えて攻めを強める。


「匂いが上書きされていない?」


 上書き……。

 そこまでくっついていたっけ。

 キスは多い気がするけれど。

 妹に勝てはしないと思うが。


「一緒に寝ても昼間に消されているし」


 消せるほど一緒に……いるかも。

 平日昼間はずっと一緒だな。

 学校が無い時は妹と仲良く争いだ。

 他人事のように彼女らの様子を思い出してみる。


「ねえ、兄ちゃんたら。ツィスカを匂いたくないの?」


 ツィスカを匂う!? 魅惑的な響き。

 それはいつもしているはず。

 あん? 少々回数減っているかな。


「カルラの匂いは? ちゃんと覚えている?」


 カルラの匂い。

 ラベンダーオイルより甘く深く、安らぐ妖艶な芳香。

 ちゃんと覚えている。


「タケルにも甘えさせていないでしょ」


 タケルと話はしているけれど、甘えさせてはいないな。

 匂いや肌質は女子、他の男子は顔を赤くするほどの色気。

 でも違和感のない不思議な弟。

 あれ?

 覚えてはいるけども、随分久しいな。


「咲乃ちゃんストップ。そこで攻めないの!」

「サダメがこうして止まっている時はキスし放題だよ?」

「だよ? じゃないの。それにいつでもするじゃない」

「そりゃあいつでもするよ。好きだもん」


 咲乃の唇……。

 毎回濃厚だからどんな風か覚えていないな。

 極たまに軽いのをこっちからするけども。

 キスしているのに唇が思い出せないぞ。

 いや待った。

 これ、同級生との話だよな。

 そうなんだよ、相手は同級生女子。

 なんでこんなにキスしているんだよ。

 それもオレからもしていたり――問題だ。


「彼女じゃないんだから駄目なんだってば」

「いまさらぁ? もういいじゃん、キスは」

「キスだから駄目なんだよ!」

「妹がするのは?」

「それは挨拶だからいいの! 咲乃ちゃんはた・に・ん!」

「酷いなあ。他人扱いなのにその人の別荘に遊びに来たの?」

「そ、それは……友達、だから、でしょ」

「他人じゃないじゃん! 友達は傷ついたよ?」


 テーブルに両手をついたツィスカ。

 どうするのかな。


「う~、ごめん、ごめんなさい! これでいい?」


 やけくその謝罪だ。

 敵は強いね、ツィスカ。


「いいよ、ボクは心が広いからね。じゃあキスはいいよね?」

「だ~め!」

「ケチ」


 毎度の事なのだが。

 オレ抜きでオレのことを決めるのどうにかならないかな。

 ……なるならこの状況にはならないよな。


「サダメからしちゃうことがあるのよね。そこまで優しくしちゃだめよ」

「さくみさを助けようと思うとさ、一番効果的だから」

「やっぱりサダメが間違っているのが問題よ」


 カルラから指摘を受けちゃった。

 妹を助ける時と同じにしているんだけど。


「カルラとツィスカにしているのを基準じゃマズいのか?」

「だめでしょ!」


 ハモられた。

 駄目なのか。


「彼女ならいいけど違うから」

「なんだか面倒臭くなってきちゃった。二人共彼女ならいいの?」

「サダメ、なんてこというの!」

「だってさ、お前たち妹でも十分なのに彼女なんだろ?」

「そう、ね」

「それで、彼女なら今のやり方は通るんだろ?」

「彼女にする理由に問題があるのよ」


 分からん!

 分からないぞ!

 困ったからツィスカを呼ぶ。


「ちょっと混乱してきた。ツィスカ来て」

「なによ」

「ここに」


 膝に乗るように指を差す。


「え、もう突然どうしたの?」


 座ると同時に背中をぎゅっと抱きしめる。

 背中に頬を当てて鼓動を聴く。

 軽快なポンピング音。

 落ち着くなあ。


「しょうがないわねえ。結局あたしがいいんじゃない」


 うん。

 ツィスカ落ち着く。

 これは回数減っている証拠だ。


「ごめんな。抱きしめる回数減っているな。落ち着くもん」

「カルラ~、嬉しいよ~」

「わたしにもするのよ、サダメ」

「勿論するよ」


 手の甲にぽたりと温かい一滴が落ちた。

 長女は涙を流したようだ。

 それほどに構っていなかったのか。

 ほぼ毎日じゃれ合っていたもんな。

 寂しくさせてしまった。

 同時にオレも知らず知らずのうちに寂しくなっていたようだ。


「美咲、今日も負けたよ」

「勝ち負けじゃないのよ。サダメちゃんの気持ちを考えましょう」


 ダークブロンドの長髪が垂れていない側。

 そちらから次女と弟をチラ見してみる。

 長女からのもらい泣きなのか、自身から湧いたものなのか。

 それぞれの目は涙で潤んでいた。

 色々と翻弄されて日常が変わってしまっている。

 変化に付いて行く方法を考える間も無くここまで来た感じ。

 いい機会だ。

 ここで修正をしよう。

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